残された事実②変な刑事の変な行動
大鋸屑刑事は、他の事件の捜査をサボって、個人的な捜査で私の家に来たという。
名前も見た目も変わっているが、性格も変わっているのか。
私が気を利かせて出したハーブティーを大鋸屑刑事は飲むのを拒否した。
「毒がある可能性があるので」
それが理由だった。
私はかなり疑われているようだ。
リビングで一対一、面と面を合わせて、取り調べのようなものが始まった。
「今回の事故、僕は怪しいと思ってまして…」
私は何を返せばわからず、無言で返答した。
「なんで有休取った日、しかも、雨の降っていない日にわざわざ、旦那様は防水スプレーを浴室で息子さんのカッパにかけておられたんでしょうか?」
私はその言葉を聞いて、素早く今度は声を出して返答した。涙交じりの声で。
「明日、雨が降る予定でしょ?息子は幼稚園バスの集合場所に行くまではカッパを着ているんです。傘は尖っている部分があって危ないからとウチの園では禁止されていて。それで、息子のことを思って、明日に備えて、カッパに防水スプレーをかけていたんだと思うんです。私が気付いたときはもう…夫は倒れてて…なんであんなところで防水スプレーを噴射してたかまではわからないですが」
私は両瞼から大粒の涙を流させた。
そんな私を見ても大鋸屑刑事は動揺しない。というか先程より目を細めて、それはまるで人間の食べ物を狙うトンビの目のようだった。
「そうですよね。旦那さんが浴室でスプレーをしていたことは明らかに変です」
そう言い終わると、大鋸屑刑事は急に椅子から立ち上がって、のっそりと浴室の方に向かった。私は彼の後を付いて行った。それが自然だと思ったからだ。
浴室の手前に着いた。大鋸屑刑事はそこで足を止めて、急に立ち竦み始めた。私がその挙動不審な行動が怖く、少し眉根を寄せたときのことだ。
突然、大鋸屑刑事は私の両肩を掴み、すごい力で浴室の中に私を押しやった。
狼狽する私の様子を見ながら、大鋸屑刑事は浴室のスライド式のドアを8割方閉め、懐から出したスプレー缶をその隙間から浴室に向かって勢いよく噴射した。そして、ドアを閉め、ドアが開かないように取っ手を抑え始めた。
ドアの曇りガラスに映る大鋸屑刑事のシルエットは全身が黒ずくめなこともあってとても不気味だった。
ドンドン
「早く開けて!」
ドンドン
「早く!」
私は何度もお風呂のドアを叩くが、大鋸屑刑事は無反応。
依然、ドアを抑えて出られないようにしている。
まさか、刑事と言うのは嘘で彼は、夫の遺族が雇った殺し屋だったのか???
そんなことを思いさえもした。
あの犯行時と同じで、換気扇は止めてあるし、もしも、彼が放ったものが防水スプレーなら…もしくはもっと危ない成分の入ったものであった場合、私は死ぬ…
死…
死の実感が迫ってきた
「早く開けてください!」
私は死の恐怖から大きな声でそう叫んだ。
すると、彼はようやく、ドアをゆっくり開けたのだった。
こう言い放ちながら。
「なんでそんなに怖がるんですか?これは酸素スプレーですよ」
私はその言葉を聞いて勘付いた。
これは嵌められた。と。
私のパニックぶりは相手に有利な証拠を与えた…
そう実は、大鋸屑刑事がやった行為こそが私が夫を殺した殺害の方法だったのだから。
倒叙ミステリー、『残された事実』 村田鉄則 @muratetsu
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