倒叙ミステリー、『残された事実』

村田鉄則

残された事実①犯行実行

 プシュー、プシュー。

 スプレーから内容物が吐き出された音がする。

 夫は胸を抑えながら、私を憎悪の目でにらんできた。

 私はその様子を見てほくそ笑んだ。

 良いザマだ。


 ―――平日、夫が有休を取った日のお昼頃、昼食を作っているであろう匂いが外に漂い始めたころ、

 私は


「こちらO市消防署です。どういたしましたか?」

「ssuすぅ、すいません!おtっと夫が…風呂場で倒れてて…」

 声を震わせ、何度も言い詰まることで、突然夫に先立たれ動揺している不幸な妻を表現した。我ながら良い演技である、と言いながら思った。

 5分後、救急車が自宅マンションに着いた。

 

 救急車に布で隠されて運ばれていく夫を見て私は涙を流した。

 という体の演技をした。本当は笑いをこらえるのに必死だった。

 夫が死んでいるのはもう知っているのだから。

 

 救急車が去った後、ソファに寝転がり、私はスマホで最近配信された映画を観始めた。日本の小説をハリウッドが映画化したもので、殺し屋たち同士が戦うアクションものだ。私も殺し屋になったのだな、とそれを見ながらふと思った。


 映画が終盤になった頃、


 ピンポーン

 

 チャイムの音が部屋に響いた。

 モニターを見ると、黒いスーツ姿に、黒いワイシャツ、黒いネクタイ、黒い靴を組み合わせた全身黒ずくめの男が居た。髪の毛はセットしていないのか、寝癖だらけである。髭もぼうぼうで、不審者かと思った。私は110番しようと思い、ポケットに入れていたスマホを即座に取り出そうとした。そのときのことだ。


「すいません、私O警察署のものでして。先ほどの事件についてお話お聞かせいただけますか?」

 モニターのカメラに向かって、男は警察手帳を突き出していた。


 そこには、『巡査部長Police Sergeant 浜田hamada 大鋸屑ogakuzu

 と書かれていた。おがくずって、あの虫かごに入れるおがくずが名前の由来なのだろうか。変わった名前だ。


 私は「はい…」と涙交じりの声(もちろん演技である)で言った。

 その時、モニターに写る男の目が少し細まった気がした。

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