【8話】秘密のコミュニケーション
教室に戻ってきたシルフィとレナルド。
席に着いた二人はそれから会話をせずに、朝のホームルームを迎えた。
朝のホームルームが済んだ後は、午前の授業が始まる。
途中で十五分の休憩を挟み、正午まで続いていく。
正午になり、午前の授業は終了。
一時間のランチタイムが始まる。
朝のホームルームからランチタイムに至るまで、シルフィとレナルドは一言も会話していなかった。
「レナルド様があんな風に話かけたのは、やっぱり何かの間違いだったんだわ」
「その通りよ。レナルド様は素敵な一匹狼ですもの」
無愛想で寡黙ないつものレナルドに戻ったことに、クラスの女生徒たちは安堵していた。
しかし、実際は違う。
他人に悟られない方法で、シルフィとレナルドはコミュニケーションをとっていた。
使ったものは、ペンとノート。
ノートの端に文字を書き、二人は筆談をしていた。
”シルフィの好きな食べ物は何だ?”
”特にないです”
”では逆に、嫌いな食べ物はあるか?”
”それもないですね。大抵のものは食べられます”
”それは素晴らしいな。俺は結構、好き嫌いが激しいんだ”
こんな風にして、午前の授業中、二人はずっと筆談をしていた。
最初の方は緊張して単調な返事しかできなかったシルフィだったが、だんだんと言葉のバリエーションが増えていった。
時間とともに緊張が和らいだのもあるが、そうなった一番の理由は、レナルドのコミュニケーション能力の高さだ。
話の引き出しが多い上に、やり取りしていて気持ちの良い文章をテンポよく送ってくれるのだ。
ランチタイムの今、二人は筆談を休憩していた。
多くの生徒が黒板に集中している授業中と違い、自由時間というこの状況。筆談をすれば、かなり目立ってしまう可能性があった。
(早く午後の授業にならないかしら)
自席でサンドイッチをもぐもぐしながら、シルフィはぼんやりと思う。
レナルドとの筆談を、シルフィはとても楽しんでいた。
午前の間だけで、彼の敏腕テクニックにすっかり魅了されてしまったのだ。
******
その週の週末。
休日を明日に迎えた今日も、レナルドと筆談をする日々は続いている。
彼との筆談は相変わらず、シルフィの心を弾ませている。
今では、とりとめのない話だけでなく、個人的な相談までするようになっていた。
午前の授業を教師が行っている中、シルフィはノートの端にペンを走らせる。
”私、来週のテストが不安なんです”
”確か、数学の小テストがあったな。シルフィは数学が苦手なのか?”
”恥ずかしながら……”
座学は優秀な成績をおさめているシルフィだったが、数学だけはいつも学年の平均点を下回っていた。
予習復習はちゃんとやっているのだが、どうも理解ができないのだ。
”俺が勉強を教えようか?”
”よろしいのですか!”
レナルドの成績は、なんと学年トップ。
前回の期末テストでは、全教科満点を取っていた。
そんな天才的な頭脳を持つレナルドに勉強を教えて貰えば、苦手な数学を少しは克服できるかもしれない。
”ぜひお願いしたいです!”
”分かった。さっそくだが、明日はどうだ?”
”空いてます”
”それなら、明日は俺の家に来てくれ”
「お家にですか!?」
驚きのあまり、つい筆談すべき言葉が声に出てしまった。
突然大声を上げたシルフィへ、クラスメイトたちは痛い視線を向ける。
授業をしていた教師が、怪訝そうな顔で肩眉をピクリと動かした。
「ルプドーラさん、どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありません。お騒がせしてすみませんでした」
しゅんとなるシルフィ。
恥ずかしさのあまり、視線を下に落とす。
教師は大きくため息を吐いてから、中断していた授業を再開した。
クラスメイトの視線が消えた頃、レナルドがペンを動かした。
”嫌だったか?”
”そういう訳ではありません。ただちょっと、びっくりしただけです”
”それなら決まりだな。明朝、君の家に馬車を向かわせる”
シルフィの明日の予定が決まる。
勉強を教えてもらえるのは嬉しい。
だがそれと同時に、シルフィはどきまぎしていた。
(これってお家デート――ううん、違うわ。明日はただ勉強を教えてもらうだけよ。それ以上の意味はないわ!)
そんな風に、強く自分に言い聞かせた。
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