【5話】バレていました


 満足いく結果を残せた買い物デートから、一夜が明けた。

 

 午前七時。

 朝食を済ませたシルフィは、馬車に乗ってジョセフィリアン学園へ向かう。

 

 一人きりの車内で、シルフィは浮かれていた。


 昨日の興奮が、未だ冷め止らぬままでいるのだ。

 こんなに高揚感を感じているのは、生まれて初めてかもしれない。

 

 

 二十分ほどして、馬車が学園に到着した。

 

「ありがとうございました!」


 御者にかけたシルフィの声は、元気で満ちあふれていた。

 

 こんなにハイテンションでお礼を言ったのは初めてだ。

 お礼自体は毎回しているのだが、いつもはもっと静かで淡々としている。

 

 御者は困惑しながらも、「行ってらっしゃいませ」と口にした。

 

 

 在籍しているクラス――二年A組の教室に入ったシルフィは、自席へ座る。

 

 それからしばらくして、クラスを受け持つ講師が教室に入ってきた。

 

「皆さんおはようございます。朝のホームルームを始めます」


 いつものように、朝のホームルームが始まる。

 連絡事項をいくつか話した後、講師は小さく咳払いした。

 

「本日は席替えを行います」


 講師がそう言うと、教室が一気にざわついた。

 

「レナルド様の隣になれたら、私、嬉し死にしちゃうかも!」

「イレイシュさんの隣は俺のものだ!」


 美男美女であるレナルドとイレイシュは、学園のアイドル的存在だ。

 

 ジョセイフィリアン学園では横長の机を二人一組で使っているので、隣席になれば距離はグッと近くなる。

 それが目的で、狙っている生徒はかなり多い。

 

 多くの生徒が盛り上がっている中、シルフィは冷めていた。

 

 特別仲の良いクラスメイトがいない彼女は、隣席が誰になろうと構わなかった。

 希望があるとすれば、最前列の席だけは避けたいところ。周囲から目立つのはどうも嫌だった。

 

「はい、静かにして下さい!」


 両手をパンと叩いた講師が、盛り上がっていた場を静めた。

 

 席決めは、公平にクジ引きで行われた。

 

 シルフィが引き当てたのは、最後列窓側の席。

 教室において、最も目立たない最高の席だ。

 

(なんて最高のくじ運なの!)

 

 元々ハイテンション状態なのも相まってか、シルフィは嬉しさが止まらない。

 スキップでその席まで向かい、勢いよく着席する。

 

 その時だった。

 教室中の女生徒たちから、刺さるような視線を向けられる。

 

 その中でも特に鋭いのは、最前列真ん中の席に座っているイレイシュだ。

 殺気すら感じる視線に、シルフィは鳥肌を立てた。

 

(いったいどういうことなの)


 その疑問の答えを、シルフィは一秒後に知ることとなった。

 

「昨日ぶりだな」


 そう言ってシルフィの隣席に座ったのは、学園のアイドル、レナルドだった。

 彼の隣席を引き当てたことで、シルフィは女生徒たちの怒りを買ってしまったのだ。

 

(せっかく良い席を引き当てたと思ったのに、どうしてこんな――ん、ちょっと待って)


 心の中で悪態をついていたシルフィだったが、その途中、何か違和感のようなものを感じた。

 それは、つい先ほどレナルドが口にした言葉だ。

 

「……あの、昨日ぶりってどういう意味ですか?」


 レナルドが言っていることは事実だ。

 

 だが、それを知っているのはシルフィだけのはず。

 シルフィの変装メイクに気付かなかったレナルドが、真実を知っているのはおかしい。

 

「私、昨日は家から一歩も出ていません。人違いではないでしょうか?」

「なぜごまかすんだ。王都の街を、茶髪の男と歩いていただろう」


 シルフィの背筋が凍りつく。

 

(バレていたんだわ! どうしよう!)


 このことをもし、グレイに告げ口でもされたら最悪だ。

 ほぼ成功していた復讐が、一気にひっくり返ってしまう。

 

 ごまかすのは無理そうだし、何とかして口止めしなければならない。

 

 机の中からノートを取り出すシルフィ。

 端の部分を千切り、ペンを走らせる。

 

”放課後、校舎裏に来てください”

 

 殴り書きしたそのメモを、レナルドに渡した。

 

 

 その日の放課後。

 影に覆われた人気ひとけの無い校舎裏に、シルフィとレナルドはいた。

 

「まずは、来てくれてありがとうございます」

「気にするな。それで、話とは何だ?」

「単刀直入に言います。レナルド様と私は昨日会っていない――そういうことにして下さいませんか!」


 レナルドにどう話を切り出したものか。

 今日一日、授業そっちのけでシルフィはそんなことを考えていた。

 

 その答えが、この直球勝負だった。

 色々ごまかしても、レナルドの青い瞳に全て見破られてしまう気がしたのだ。

 

 レナルドは面食らっていた。

 いきなりこんなことを言われて、きっと訳が分からないのだろう。

 

(理由を話すしかないわよね)


 誰にも言いたくなかったのだが仕方ない。

 これも復讐を最後まで成し遂げるためだ。

 

「少し長いのですが、聞いていただきたいお話があります」

「あぁ、聞こう」

「私の両親は妹ばかりを溺愛して、私には無関心でした。それを見て育った妹も、私のことをないがしろにしてきました。そんな中、元婚約者のグレイ様だけが優しくしてくれたんです。けど、私は裏切られた――」


 どうして復讐しようと思い至ったのか。どういう復讐計画なのか。

 

 その全てを、包み隠さずレナルドに話す。

 

 

 しばらくして、シルフィの話が終わる。

 

 最初から最後までずっと、レナルドは真剣に話を聞いてくれていた。

 

 引かれると思っていただけに、シルフィは少しだけ心が軽くなった気がした。


「私の復讐は、もうすぐ成功するんです。ですからどうか、今のことを誰にも言わないでいただけないでしょうか。もちろんタダでとは言いません。私にできることであれば、何でもいたします」

「ほう、何でもか。ならば、俺の願いを一つ聞いてもらおう」


 まさかさっそく、願いを叶えろ、と言ってくるとは思わなかった。

 

(何をさせられるのかしら……)


 ちょっと怖気づいてしまう。

 

 しかし自ら言った手前、シルフィは退く訳にはいかない。

 頑張って平静を装う。


「シルフィ・ルプドーラ、君に告白させてくれ。俺は君のことが好きだ」

「…………はい?」


 シルフィの呆けた声が、校舎裏にこだました。

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