【4話】クラスメイトとの遭遇
翌週、午前十時。
今日はグレイと、王都の街で買い物をしなければならない。
シルフィは今、集合場所である噴水広場でグレイを待っているところだ。
「はぁ、面倒くさいわね」
大きなため息を吐く。
猫を被る必要がない一人の今、胸のうちに溜まっているものを吐き出す。
「あそこにいる子、メチャクチャ可愛くないか」
「デートの待ち合わせかな。くそっ、相手が羨ましいぜ」
噴水広場にいる多くの男性たちが、シルフィに好意的な視線を送っていた。
それもそのはず。
シルフィのメイクは、ルートリオ王国の男性の好みを集約しているのだ。
この国では、庇護欲をそそる甘々で可愛らしい女性が好まれている。
反対に、クールでビシッとしたキレイ系の女性は人気がない。
王国に住まう男性の多くが、そんな考えを持っている。
元婚約者であるグレイの好みもそうだ。
クール系のシルフィを捨て、甘い見た目のシアンと婚約した。
そして今は、シアンよりもさらに甘々なルリルにぞっこん中だ。
「本当に軽い男よね」
呆れ顔で空に吐き捨てる。
ちょうどそれと同じタイミングで、グレイが走って向かってきた。
笑顔で手を振っている。
一瞬でルリルへモードチェンジするシルフィ。
きゃぴきゃぴした笑顔でグレイを迎える。
「ごめん、結構待たせちゃったかな?」
「いえ、私も今来たところです」
「良かった。それじゃあさっそく行こうか」
「はい」
ギュッと手を繋ぎ、二人は歩き出した。
ジュエリーショップやドレスショップなど、色々なお店を回っていく。
その間ずっと、本心から嬉しそうにしていたグレイ。
一方のシルフィは、取り繕った笑顔の仮面をずっと被っていた。
内心では、早く帰りたい、としか思っていなかった。
そうして二、三時間ほど過ぎて、時刻は正午になる。
次の店に向けてグレイと歩いているシルフィは、見知った男女を発見する。
(レナルド様とイレイシュ様だわ)
艶めいた黒髪に、サファイアのような青い瞳をした美丈夫。
レナルド・ロクソフォン公爵令息。
その隣には、鮮やかで可愛らしいピンク色の髪に、ルビーのような赤い瞳をした美少女。
イレイシュ・リリンク侯爵令嬢がいる。
絵に描いたような美男美女の二人は、ジョセフィリアン学園の生徒だ。
さらには、二人ともシルフィと同じクラスに在籍している。
(こうして並ぶと、とってもお似合いの二人ね。付き合っているのかしら?)
そんな能天気なことを考えていると、レナルドとイレイシュが正面からこちらへ向かってきた。
(まずいわ!)
ここで正体がバレたら、これまで積み上げてきた復讐計画が水泡に帰してしまう。
気が気でないシルフィの額に、大きな汗が浮かぶ。
しかし、その焦りはすぐに吹き飛んだ。
今のシルフィは普段の面影などいっさいない、究極に愛らしい美少女。
まともに面識のないレナルドとイレイシュが、正体に気がつくことはありえないだろう。
(何だ、まったく問題ないじゃない)
冷静さを取り戻したシルフィは、何食わぬ顔で歩いていく。
レナルドとイレイシュとの距離が縮まっていき、ついにすれ違う。
その時、レナルドがシルフィの顔をじっと見てきた。
(まさか、バレたの!?)
予想外の事態にシルフィはその場に立ち止まる。
今にも心臓が爆発しそうだ。
しかしレナルドは、何もしなかった。
無言でシルフィから視線を外し、そのままイレイシュと歩いていく。
(どうやらバレなかったみたいね。焦ったわ)
ほっと安堵の息を吐く。
「急に立ち止まって、どうしたんだいルリル?」
「いえ、なんでもありません。お気になさらないで下さい」
ニコッと笑い、再び足を動かし始めた。
デートは続いていき、空が茜色に染まり始める。
そろそろお別れの時間だ。
やっと解放されると思うと、本当にせいせいする。
「グレイ様とのお店巡り、とても楽しかったです! アクセサリーもいっぱい買ってくださって、本当にありがとうございました! 宝物にします!」
「別に気にしないで。……それより、来週はルーブルに来るよね?」
「はい、もちろんその予定です」
「来週、大事な話があるんだ。だから、絶対に来て欲しい」
覚悟を決めた顔で、グレイはまっすぐにシルフィを見つめる。
その瞳に映っているのは、メイクをしたシルフィだけだった。
シアンはもう、どこにも映っていない。
となると、来週は恐らく婚約を申し込んでくるのだろう。
(完全に落ちたわね)
グレイの心は今、ルリルだけに向いている。
シアンには近々、婚約破棄を突きつけてくれるはずだ。
あとは、ルリルが姿を消すだけだ。
それでシルフィの復讐は完成する。
「分かりました。必ず伺います」
「ありがとう。それじゃ、また来週」
「お待ちください」
帰ろうとしたグレイを呼び止めたシルフィは、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「私、グレイ様のことを心の底から愛しています!」
大きな声で愛の宣言。
頭を深く下げたシルフィはグレイに背を向け、逃げるようにその場を去って行く。
(やったわ!)
口元が自然とにやけてしまう。
復讐をほとんど成し遂げたことによる達成感が、シルフィの心を満たしていた。
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