第28話 鳥肌
○鳥肌
「児珠ちゃん?タブレット出して見せて〜?」
「ああ?これだろ?」
「”デートしよう”って書いてあるでしょう?」
「ああ、これな」
「お返事は?」
芽美は児珠に促す。
「大体さあ・・・。デートって何をするんだよ?」
「デート〜?”好き合う二人が一緒に居ること”でしょう?」
「一緒に居ればデートなのかよ?」
「まあ、一応ね。クスッ」
芽美は児珠の腕に絡みつく。
(じゃあ、俺と明美は毎日デート中だよな・・・)
児珠は”ニヤリ”とほくそ笑む。
「んん〜?児珠ちゃ〜ん?いま、変なこと考えていなかった?」
「はあっ〜?な、何も無いだろう・・・?」
「そうかなあ〜?」
芽美は児珠を覗き込んだ。
「ねえ、児珠ちゃんって、好きな人は?いるの?」
「俺?居るじゃん、そこに」
「えっ?私のこと?」
芽美は自身を指差す。
「いや、違うぞ。明美のことだ」
「なあ〜んだ。がっかり〜」
芽美は児珠の腕を”フリフリ”しながら言う。
「だから、俺と明美は、いまこうしてデートしてるってことだよな?」
「う〜ん・・・。児珠ちゃんさあ・・・?」
「な、何だよ・・・」
「デートの条件、聞いてた?ちゃんと?」
「一緒に居れば良いんだろう?」
「そこ?」
「そこ?って、おい、何だよ?」
「”好き合う二人が”って、肝心の主語が抜けてるじゃ無い?」
「好き合う二人って言ったのか・・・?」
「はい。そこ大事です〜」
芽美は”イーッ”とした顔で言う。
(好き合う二人かあ・・・)
児珠は明美を目で追う。
「明美さんの気持ちは?まだ児珠ちゃんは告白もして居ない訳?」
「告白〜?そんなもの要らないだろう?俺は明美が好きなんだぜ?」
「だ〜か〜ら〜ね、児珠ちゃん?」
「な、何だよ?」
「”好き合う”って言ってるでしょう?分かる〜?」
「お、おう・・・」
児珠は、怪しげに首を傾げた。
「児珠ちゃんは、まずは、明美さんの気持ちを知らないと・・・」
「お、俺には明美の気持ちなんてモロ分かりだぞ?」
「え〜?本当かなあ〜?」
芽美は疑いの目で児珠を見る。
「ほ、本当だって・・・」
児珠は取り繕うように言う。
「でも、さっき、明美さん、涙目でしたよ?」
「えっ?いつだよ?」
「だから、つい、さっきです〜」
芽美は”プイッ”として、児珠から離れる。
「児珠ちゃんは、明美さんを泣かせても気づきもしないんですよ〜」
「そ、そんなこと・・・ない・・・。多分・・・」
児珠は言い終わる前から明美に”チラチラ”と視線をやる。
「まあ、いいわ。この辺にする。じゃあ、児珠ちゃん。またね?」
「お前、何しに来たんだよ?」
「だから、クッキーっ」
芽美は笑いながら言う。
「ああ、ありがとうな」
「また持って来るね?」
「ああ、頼む。楽しみにするからな」
「返事もちゃんとしてよね?」
「ああ、うん。やってみるさ」
「待ってるから。じゃあねえ〜」
芽美は手を振ると颯爽と人混みへと消えた。
児珠は店先に立つ明美に声をかける。
「なあ?明美?」
「ぐずっ・・・」
明美は鼻水を啜る音を響かせるだけで答えない。
「おい?明美?泣いてるのかよ?」
「・・・、泣いてません・・・」
(マジか・・・、泣いてるじゃん・・・)
児珠は半歩退く。
「わ、悪い・・・。俺が泣かせちまったのか・・・?」
「べ、別に・・・。そう言うわけでは・・・」
「えっ?そうなのか・・・?」
児珠は嬉しそうに胸を撫で下ろす。
「児珠さんの所為にはしないだけです・・・」
「び、微妙なんだな・・・」
児珠は苦笑する。
「なあ?明美?クッキー一緒に食べるか?」
「芽美さんからですか?」
「ああ、アイツ、毎日何かを作ってるらしいぞ?」
「毎日、届けてくれるんですか?」
「なんか、そうみたいだぞ?嬉しいよな?」
「う、嬉しいなんて・・・」
「何だよ?明美は嫌なのか?毎日、ご馳走だぞ?」
「そ、そう言う問題では・・・」
「明美のご飯が俺には一番だけどな。でも、お店の料理みたいでいいじゃん?芽美の料理はさ。将来は、金を出さないと食べられなくなるんだぜ?そこは間違いない」
児珠は美味そうにクッキーを頬張る。
(こ、児珠さん・・・)
明美は児珠の言葉に喜びを覚える。
「わ、わたしのご飯、好きですか?」
「ああ、俺、一番好きだな」
「ほ、本当に?」
「ああ、本当だって。嘘なんてつくかよ」
「嬉しいです、児珠さん」
「おお。やっと、笑ったな〜。明美〜」
「はいっ♪」
明美は顔の涙を拭った。
「おっし。機嫌が直ったところでさ、そろそろ片付けようぜ?」
「はい。今日も閉店の時間ですね?」
「ああ、まあまあ売れたんじゃねえ?」
「アハハ、まあまあでしたね」
明美は笑う。
*
明美は先に店を出ると今夜の夕食のためにと商店街を歩いた。
「今夜のオススメは・・・」
いくつかの店先でセール品やタイムサービスの品を見比べて行く。
「児珠さんは、何が良いのかなあ・・・?」
明美は児珠が好きそうなものを見繕う。
「よしっ。今夜は店長御用達の電気プレートをお借りして、鉄板焼きにしましょう」
明美は、必要な具材を揃えると八百屋へと戻った。
「ただいま帰りました〜」
明美が店の奥座敷の襖を開けると、タブレットと睨み合う児珠の姿を見つける。
「児珠さん?」
「おうっ。明美か。おかえり。早かったなあ?」
「そ、そうですか?」
明美はそれでも1時間以上は過ぎている時計の針に目をやる。
「どうしたんですか?児珠さん?」
「ああ、これ?文字入力ってやつ?なんか慣れなくてさ」
「お返事を書くんですか?」
「まあな」
「わたしで良ければお手伝いしましょうか?」
「ああ、頼む」
児珠は明美にタブレットを渡す。
「そこにさあ、デートしましょうってあるじゃん?」
「はい、確かに・・・」
「芽美が言うにはさあ、好き合った二人が一緒に居ることって言うんだぜ。明美もそれで良いのか?」
「う〜ん・・・。大まかには、そうかもしれません・・・」
「それならさあ、俺と明美は、ずっとデートじゃん?」
「えっ?」
明美は驚きを見せる。
「えっ?って、お前、明美は違ったのかよ?」
「ち、違うって、な、何がですか・・・?」
「好き合う二人だろう?俺たち?」
「へっ!?あ、あのう・・・」
「俺は、ずっとそうだと思ってたわけ。明美は違うのかよ?」
「ち、違うと言うか・・・」
「何だよ?」
児珠は突っ立ったままの明美を見上げた。
(こ、児珠さん・・・、急に、そう言うことを言うから・・・)
明美は”ドキドキ”する胸の高まりが止みそうに無い。
「わ、わたしは・・・」
「わたしは・・・?何だよ?明美?」
「す、好きですけど・・・」
「好きだけど、何だよ?」
「も、もう少し色気が欲しいかと・・・?」
「色気?」
「雰囲気と言うか・・・」
「お前、そういうとこにこだわるんだなあ〜?」
「お、女の子はみなそうだと思いますけど・・・」
明美は俯く。
「確かにそうだな。俺と明美って色気も雰囲気も無かったなあ〜」
児珠は頷く。
「よっし。分かった。俺がお前を女にしてやる」
「えっ!!こ、児珠さん・・・?」
明美は両腕でガードするように体を抱え込んで後退りする。
「ばあ〜か。そう言うんじゃ無いって。なに変な妄想してんだよ?明美〜」
児珠は笑い転げる。
(こ、児珠さんの意地悪〜・・・)
明美は”プンスカ”と照れ隠しの態度を取ると台所へと引きこもる。
「明美の奴、怒っちゃったかなあ〜?」
児珠は、”ソオ〜”っと、台所を覗き見る。
「もう〜っ。児珠さんの意地悪〜っ」
明美は一人で喚きながら、”ストンッ”と包丁で玉ねぎを切り落とした。
”ストンッ”
”ストンッ”
”ストーーーンッ”
「コ、コエ〜(泣)」
児珠は体を震わせて鳥肌を立たせた。
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