第26話 舌鼓
○舌鼓
「はあ〜。腹減ったなあ〜」
児珠は商店街の中にある児童公園で遊具に座って居た。
(明美の奴・・・。一体、何なんだ・・・?)
児珠は満天の秋空を仰ぎ見る。
「如何なさいましたか?児珠さん。このような暗〜いところで」
「何だよ?マーラかよ〜。闇はお前たちの世界だったもんなあ〜」
「ええ、まあ。こんな夜更けに一人で公園とは我々に声を掛けられたいのでしょう?」
「んな訳ないだろうが・・・。俺はいま、腹が減ってんの」
「児珠さんは、いつも空腹ですねえ〜」
「るっせいやい」
児珠は、半べそで言う。
「これ、どうぞ」
「何だよ?これ?」
「コンビニで売っているドーナツです」
「ええっ!?い、いいのかあ?俺が食っても?」
「はい。もちろんですよ。兄様」
「お、お前、その呼び方なあ・・・。なあ〜んか、引っかかるんだけどなあ・・・」
「いいえ、どうぞ、お気になさらずに」
「そ、そうかあ〜?じゃあ、遠慮なく頂くからな。サンキューな、マーラ」
「どういたしまして。児珠さん」
「ところで、どうして?お一人でこちらへ?」
マーラが聞く。
「ああ・・・。何だか俺、明美のやつを怒らせちまって居るらしい・・・」
「ほほう・・・。目に入れても痛く無い妹君をですか・・・?」
「それは過去世の話だろう・・・?」
「いまもそうではないのですか?」
「そ、そうだけど・・・。明美は明美だからな〜」
「ふ〜む。その辺りは、しっかりと分けていらっしゃるのですねえ〜」
「当然だろう?俺たちは何回目の人間だろうとその都度、真新しい人間なんだぜ」
「フフフ。そのようですね」
マーラは笑う。
「んっ!・・・んぐっ」
「大丈夫ですか?児珠さん?」
「んっ・・・んんっ・・・」
「喉に詰まらせたようですねえ・・・」
マーラは水を差し出す。
「ゴキュッ・・・ゴキュッ・・・ゴクリッ・・・ぷっはあ〜」
「喉が通りましたか?」
「お前、水まで持ってるなんて用意が良いよなあ〜?」
「準備万端。用意周到。当然ですよ。フフフ」
(お、お前それ・・・。人間を嵌める時の”罠”の話かよ・・・)
児珠は苦笑する。
「それで?児珠さんは、明美さんに何をなさったのですか?」
「ん?ああ〜。何だろうなあ・・・?」
「ご自分では理解されて居ないと?」
「ああ、うん。俺、まったく理解できてないな・・・。多分」
「では、いつから明美さんのご様子がおかしいのですか?」
「え〜とだなあ・・・。あっ!あれだ、あれ」
「あれとは・・・?何ですか?児珠さん?」
「今日は夕暮れに新しい客が来たんだよ」
「ほう。どなたですか?」
「近くの専門学校の学生だってさ」
「女性ですか?男性ですか?」
「芽美って女だぜ」
「それで、児珠さんは何を?」
「何を・・・って。何もして無いぜ、俺」
「では、芽美さんは何を?」
「芽美?ああ、アイツは俺にタブレットを渡してくれて、これで連絡を取りましょうってさ」
「連絡・・・?ですか?」
「ああ、うん。そう言ってたな」
マーラは腕組みをする。
「児珠さん、その端末はいまも手元にありますか?」
「いや。座敷に置きっぱなしだぜ」
「児珠さん。あなた人間何回目ですか?」
「えっ?俺っ?いま居る人間たちの中で最多数の筈だけど」
「あなたは丸っ切り女心というものがお分かりではありませんね〜?」
「お、女ゴゴロ・・・?」
児珠は首を傾げる。
「児珠さん、あなた、これまでに恋愛のご経験は?」
「お、俺?俺は・・・」
児珠は過去世を含めて振り返る。
「俺は、これまで許嫁設定で来てるからなあ・・・。恋愛経験無しだぜ?」
「あなた・・・。それは威張るところではありませんねえ〜」
マーラは呆れて言う。
「そんなこと言ったって・・・」
児珠は口を尖らせる。
「今世でのミッションは?課題設定は何でしたか?児珠さんは」
「自由恋愛」
「自由恋愛・・・」
「な、何だよ。マーラ。何か言いたいのか?」
「児珠さん。あなた、自由恋愛と仰るのなら、その”芽美さん”とやらも対象に含みなさいな」
「はあっ?芽美をか・・・?」
「そうですよ。児珠さん」
「な、何でだよ?俺は、今世で明美を幸せにするんだぜ?」
「それだって児珠さん。過去世からの恋慕でしょう?」
「そ、そうなのかなあ〜?」
「自由と仰るからには、フラットにお願いしますよ、対象も」
「う、う〜ん・・・」
児珠は頭を抱える。
「一度、明美さんの待つ八百屋にお戻りになって、よく考えて見ると良いでしょう」
マーラは言う。
「そ、そうかなあ・・・」
「では、今夜のこのドーナツは貸しと言うことで」
「えっ?貸しなのか?くれるんじゃないのかよ?」
「タダより怖いものは無いって言うじゃありませんか?」
「た、確かに・・・」
(悪魔とその軍勢に人間が売れるものって”魂”しか無いよなあ・・・)
児珠は、”ブルッ”と身を震わせる。
「フフフ・・・。大丈夫ですよ、児珠さん。獲って食べたりしませんから」
マーラは”ニッタリ”と笑う。
(コ、コエ〜ヨ〜・・・)
児珠は鳥肌を立たせて震えた。
マーラが闇に消え去ると児珠は八百屋へと戻った。
八百屋の奥座敷からは、啜り泣く様な声が聞こえて来る。
「た、ただいま・・・」
児珠は奥座敷の襖を開けた。
「あ、兄様・・・?」
明美は泣き腫らした顔で児珠を見上げる。
「お、起きてたのか・・・?明美・・・」
「は、はい・・・」
明美は”グスリッ”と涙を拭う。
「何だよ?明美・・・。全然、食べてないじゃん。どうしたんだよ?」
「うっ・・・ぐずっ・・・」
明美は答えずに嗚咽をこぼす。
「なあ?俺が悪かったって。何が悪かったのかも分かってないけどさあ〜。許してくれよ、明美・・・」
「あ、兄様は、わ、悪く無いです・・・。わ、わたしが、勝手に・・・」
明美は鼻水を啜り上げる。
児珠は座敷の床に落ちているタブレットを拾い上げる。
”次はデートしましょう”芽美
児珠は画面に表示されたメッセージをそこで初めて読んだ。
「明美・・・。もしかして。これのことか・・・?」
「ち、違います・・・」
「じゃあ、何だよ?」
児珠はお預けをくらった犬のように座卓を眺める。
「わ、わたしを一人にしないでください・・・。兄様・・・」
「いつ、俺がお前を一人にしたんだよ?」
「い、いまです・・・。いま、置いてけぼりにされました・・・」
「はあっ?訳が分かんないやつだなあ・・・」
児珠は頭をポリポリと掻く。
「じゃあ、俺、これ食っちまっても良かったのかよ?」
「はい・・・。初めからそのつもりでした・・・」
「じゃあ、何で、”ダメー!”なんて言うんだよ?」
児珠は明美を見つめる。
「だ、だって・・・」
「だって、何だよ?」
(わたしよりその子の方が好くなったらどうしようって・・・。その子の料理を兄様が好きになったらどうしようって・・・。そう思ったら・・・。自分の手料理なんて・・・。恥ずかしくて・・・)
明美は言葉に出来ない想いたちを頭の中で叫んだ。
「あ、兄様・・・?」
「ん?何だよ、明美?」
「嫌いにならないで・・・」
「嫌いって・・・。成る訳無いだろう?」
「や、約束ですよ?」
「ああ、もちろんだろ」
「じゃ、じゃあ、食べても良いです・・・」
「おっ!マジか。やったー」
児珠は、満面の笑顔で食べ始める。
「うお〜っ。うんめえ〜」
明美は児珠が嬉しそうに食べる様子を眺める。
(兄様・・・、本当に美味しそうに食べてくれる・・・。嬉しいなあ・・・)
明美は思わず微笑む。
「おっ。明美もやっと笑えたじゃん?」
「えっ?」
「お前、夕方からずっと、変な顔しっぱなしだったぞ」
「そ、そうですか・・・?」
「ああ、変な顔だった」
児珠は笑う。
「そ、そんなに笑わないでください・・・。兄様・・・」
「ああ、そうだ。なあ、明美?」
「は、はい・・・?」
「その”兄様”もそろそろ卒業な?」
「えっ?」
「それって、過去の記憶のことだろう?」
「は、はい・・・」
「それはもう、俺たちは卒業だ。分かったな?」
「はい・・・」
明美は児珠を見つめる。
「俺は、児珠。俺は、明美を好きに成る。それで良いだろう?」
「は、はい・・・。児珠さん・・・」
明美は、ふと、不安が過ぎる。
(”兄様”は今世で”わたしだけのもの”と思って居たけど・・・。児珠さんは・・・)
明美は芽美が児珠に渡した端末をチラッと見つめる。
「くう〜、旨い〜♪」
児珠は明美の心配もツユ知らずに舌鼓を打った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます