第25話 後悔

○後悔


 児珠が八百屋の店先まで戻ると初美と正樹が来て居た。


 「お〜い。児珠〜」

 正樹が背伸びをして両手を大きく振って居る。

 「お〜い。正樹〜♪」

 児珠は片手を大きく振り上げて答えながら歩みを進めて行く。


 「児珠君、お疲れ様〜」

 「明美の姉ちゃん?こんばんわ」

 「初美よ。よろしくね」

 「俺は児珠。よろしくです」

 「児珠くんのことは明美と正樹からよく聞いて居るわ」

 初美は笑う。


 「どうせロクな話じゃ無いんでしょう?俺」

 「そんなことないわよ〜。ウフフ」


 「お、お姉ちゃん・・・」

 初美たちの声に気づいた明美が店の奥から出て来る。


 「明美〜、お前たち今日からここで寝るんだろう?」

 「ど、どうして?正樹君がそれを・・・?」

 明美は不思議そうな顔をする。


 「さっきまでねえ、美柑さんと話して居たのよ」

 「えっ?店長とかよ?」

 児珠が言う。

 「そうだぜ、児珠〜。ばあさんが俺たちに言ったんだぜ〜。明美と児珠が八百屋に引っ越すってさ〜」

 「ま、正樹君・・・。そ、それは・・・、ま、まだ・・・」

 明美は打ち消そうとするかのように言う。


 「あらあ〜?良いじゃないのよ、明美〜?」

 「えっ?お、お姉ちゃん・・・?」

 「だって、ねえ〜?」

 「そうだぞ、明美〜」

 初美と正樹は目配せをする。


 「せっかくのチャンスなんだし・・・?」

 「お、お姉ちゃん・・・?」

 「照れるなよ、明美〜?」

 「ま、正樹君・・・?」

 「と言うわけだから、児珠君。明美のことをよろしくお願いしますね」

 初美は頭を下げる。


 「児珠にやるってさ、明美のこと」

 「こら〜、またあ〜、正樹〜。生意気なこと言って〜」

 初美は正樹を捕まえる。


 「俺は、別に良いけどさあ・・・」

 児珠は明美の様子を窺い見る。


 (明美の奴、固まっちまってるよなあ・・・)


 児珠は、表情が凍る明美の様子を見やる。


 「明美〜?」

 「お、おねえちゃん!?」

 「何よ、ボ〜ッとしちゃって。固まってたわよ、あなた?」

 「そ、そんなこと、な、無いよ・・・」

 「明美がボーッとしてるのは天然だろ?」

 「確かにそうね〜」

 初美は頷く。


 「必要な荷物だけ取りに戻りなさいよ。明美?」

 「う、うん・・・」

 明美は頷く。


 「俺が店番してるから、明美は正樹たちと帰っても良いぞ?」

 「おお、良いとこあるじゃん?児珠〜」

 「まあな〜」

 児珠と正樹はくすぐり合う。


 「ウハハ」

 「キャハハ」

 「くすぐったいぞ、正樹〜」

 「児珠もだろ〜」


 「はあ〜い、そこの二人〜」

 ”パチパチ”と初美が手を叩いた。


 「じゃあ、一旦、正樹と一緒に明美を連れて帰りますね。児珠君」

 「よろしくっす。じゃあな、正樹〜」

 「またな。児珠〜」

 正樹は児珠の体から離れる。


 「明美もまたな?」

 「は、はい・・・」

 明美は頷いた。





 *





 明美たちが去ると児珠は一人で店番を続ける。

 「いらっしゃ〜い、いらっしゃ〜い」


 児珠は陳列を揃えつつ、大きな声で通りを行く人々に声をかける。


 (今夜はあまり売れないみたいだなあ・・・)


 児珠は、そろそろ片付けに入ろうかと腰に手を当てて店内を見回した。


 「あ、あのう〜。いま、まだ、よろしいですか・・・?」

 「えっ?ああ、はいは〜い」

 児珠は振り向く。


 そこには見慣れない女性が一人立って居た。


 「へいっ。いらっしゃいませ〜」

 「クスクスクス」

 女性は笑い出した。


 「な、何か?可笑しかった・・・?」

 「えっと。その。だって・・・。”へいっ”て言うから、可笑しくて・・・」

 女性は笑う。


 (今の時代って”へいっ”って言わないのかなあ・・・?)


 児珠は首を傾げる。


 「今の季節って、お勧めは何になるんですか?」

 「ああ、今は、師走前だから、冬野菜かなあ〜」

 「お鍋みたいな?」

 「大根、白菜、葉物かな」

 「確かにお安く成ってますよね〜」

 「一人で買い物に来てるのか?」

 「どうしてそう言うことを聞かれるんですか?」

 「ここ八百屋だぜ?滅多に若い女が一人では来ないからさ」

 「主婦専門ですか?」

 「主婦って言うか・・・」

 「ファミリーですか?」

 「まあ、そんなとこ」

 「クスクスクス」

 女性は笑う。


 「私、この辺りに引っ越して来たばかりなんです」

 「へえ〜」

 「それで、近くにどんなお店があるのかを歩いてみて居て・・・」

 「ああ、そこでこの店があったと言う訳か?」

 「いまどき、商店街って珍しいなって思って・・・」

 「良い店があったか?」

 「ここのお店には興味を持ちましたよ」

 「えっ?ここか?変わってるなあ〜」

 児珠は頭を掻きつつ言う。


 「店員さんが面白いので。クスクス」

 女性客は笑う。


 「俺かよ?俺は児珠。アンタは?」

 「私は、芽美。その通りを曲がったところにある専門学校の学生です」

 「ああ、製菓と料理の専門学校だな?」

 「そうです。そこです。よくご存知でしたね〜?」

 「配達にたまに行くんだ」

 「食材ですか?」

 「うん。そう。ケーキの飾り用の果物とか旬の野菜とか」

 「ふ〜ん。じゃあ、もしかしたら学校でも会いますかね?」

 「う〜ん。どうだろうなあ・・・」

 児珠は首を傾げる。


 「もしも学校に来た時は、連絡ください。私、出て来ますから」

 「良いけど、俺、携帯持ってないぜ」

 「へえ〜。珍しいですねえ〜。いまどき」

 「よく言われる」

 児珠は笑う。


 「じゃあ、これを使ってみませんか?」

 「何だよ、それ?」

 「端末です」

 「端末?」

 「そうです。タブレットですけど、持ち運びも便利ですし」

 「ふう〜ん・・・」

 児珠はタブレットを覗き込む。


 「商店街も学校もフリーでWi-Fiも使えるでしょうし、設定だけしておきますね」

 「ああ、うん・・・」

 児珠は芽美が操作するところを覗き込む。


 「適当にアドレスとアカウントを作りましたから」

 芽美はそう言うと、「YAOYA」アカウントでメールも設定もパスした。

 「パスワードは・・・」

 芽美は、果物のラベルからアルファベットの羅列を入力した。

 「はい。これでOKです」


 「俺が、これを使うんだな?」

 「はい。後でご自由にパスワードは変更してくださいね」

 「おう。サンキュー」

 「では、また。児珠さん」

 「また、礼はするからな。待ってろよ」

 「はい。楽しみにしますね」

 芽美は笑顔で手を振ると去って行った。



 「あ、あの・・・。児珠さん・・・?」

 振り返ると明美がそばに立って居た。


 「うわおっ!ビックリするなあ〜。お前〜。何だよ、明美〜?」

 「いまの方って、どなたですか・・・?」

 「ああ、さっきの奴か?芽美だってさ。最近、この辺りに引っ越して来たらしいぞ」

 「そ、それで、児珠さん・・・。その手に持っていらっしゃるモノは・・・?」

 「ああ、端末だってさ。これで、連絡を取ろうって」

 「れ、連絡ですか・・・」


 (な、何の?連絡ですか・・・?児珠さん・・・)

 明美は、泣きそうな顔で児珠を見つめる。


 「どうしたんだよ・・・?明美・・・?」

 児珠は急に様子がおかしくなった明美を覗き込む。


 「な、何でも無いです・・・」

 「そうか・・・?」

 児珠は、納得の行かない顔で明美を見る。


 「こ、児珠さん。か、片付けましょうか・・・?」

 「おう。そうだな。今日はもう終わりにするか?」

 「はい・・・」

 明美は俯く。


 児珠と明美は店先の片付けを終えるとシャッターを閉めた。


 児珠はさっさと店の奥の座敷へと上がり込む。


 「はあ〜。つっかれた〜」

 児珠は手足を伸ばして畳に寝転がる。


 明美は遅れて座敷へと上がった。


 「どうしたんだよ?明美?」

 児珠は明美に話しかける。


 「児珠さん・・・」

 「何だよ?」

 「どうしてさっきの女性と連絡を取るんですか?」

 「ああ、配達に来たら連絡くれってさ」

 児珠はハキハキと答える。


 (そ、それって・・・)

 明美は、芽美の思惑を想像する。


 「何だよ?さっきから。俺、何か明美に困らせる様なことしたのか?」

 「そ、そう言うわけでは・・・」

 明美は困った顔を見せる。


 「ほら。いま、困った顔をしてるじゃんか?何だよ?明美〜?」

 「そ、そんなこと・・・。な、無いです・・・」

 「ふう〜ん。そうか・・・」

 児珠は興味が無い風に言う。


 即座に明美は立ち上がると台所へと消えた。


 児珠は畳に寝転がったまま天井を見上げると、そのまま寝息を立てて眠りこむ。

 「ス〜ス〜・・・」


 座敷には児珠の寝息だけが響き渡る。


 「児珠さん・・・?」

 明美が台所から顔を出して座敷の様子を見る。


 (眠ってしまったようですね・・・)


 明美は出来立ての手料理を座敷の座卓へと並べた。

 (起こしても可哀想かなあ・・・)


 明美は児珠の体に何かを掛けようとして立ち上がる。


 ”ピンコ〜ン♪”


 その時、タブレットから着信を知らせる音が響いた。

 明美は思わず画面に視線を奪われる。


 ”次は、デートしませんか?”芽美


 明美は画面上に映し出されたメッセージに体を強張らせた。


 (こ、児珠さん・・・)

 明美は押し入れから毛布を取り出すと児珠の体に掛けて行く。


 (ど、どうしよう・・・)

 明美は言われの無い不安に取り憑かれる様だった。


 「う、う〜ん・・・」

 ”ハッ”と明美が振り返ると児珠が目を擦って起き上げるところだった。


 「あ、あれえ?明美・・・?お、俺、眠ってた?」

 「お疲れ様です。児珠さん・・・」

 「お疲れって、お前も同じじゃん?明美も一緒に働いてるんだし?そうだろう?」

 「わ、わたしはま、まだ、こ、子供ですから・・・」

 「子供って・・・。俺より若いってだけだろう?何言ってんだよ?変な奴だなあ〜」

 児珠は笑う。


 「それよりさあ、これって、食べても良いのかよ?」

 児珠は目の前の料理に目を輝かせた。


 「児珠さんって、美味しいものには目がないですよね・・・」

 「何だよ。明美?美味いものに食いつかない奴なんて居るのかよ?」

 「そ、そうですよね・・・」

 明美はますます、不安になる。


 「いただきま〜す」

 児珠は手を合わせて食べようとする。


 「ダ、ダメーーッ!」

 明美は大声で叫ぶ。


 「お、おいおい。何だよ、明美?ビックリするだろうが・・・。何がダメ何だよ?」

 「こ、児珠さんは、食べたらダメです・・・」

 「えっ?俺は、食べられないのかよ?」

 「わ、わたしの為に作ったんですから・・・」

 「ま、マジかよ・・・。てっきり俺の分もあるのかと・・・」

 児珠は座卓から溢れんばかりに盛られた料理たちを眺める。


 「わ、わたしは一人で大食いですから・・・。こ、これで、わたしの一人分何ですよ・・・」

 明美は、手を合わせるとバクバクと料理を口に運び始める。


 (ま、マジかよ・・・)

 児珠は、仕方がなさそうに席を立つ。


 「ど、どこに行くんですか?児珠さん・・・」

 「俺の飯が無いなら、外に行って来るよ・・・」

 「い、いまからですか・・・?」

 「だって、目の前に旨そうなモノがあったら、じっとしてらんないし・・・」

 「そ、それは、そうですね・・・」

 「何か、今日の明美、変だしさ・・・。俺、一人で外で寝るわ。じゃあな」

 「こ、児珠さん・・・」

 明美は、後悔が先に立った。


 (ど、どうしよう・・・。わ、わたし・・・)

 明美はツマラナイ嫉妬心に後悔を募らせる。


 (児珠さんと仲良く二人で食べる筈だったのに・・・)

 明美は座卓に並んだ手料理を見つめて涙ぐむ。


 「ぐずっ・・・ぐずっ・・・」

 

 その夜は、一晩中、明美の泣き声が店奥に響き渡ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る