第23話 初キッス♪

○初キッス♪


 ンンンン〜♪


  ンンンン〜♪


 明美のハミングが台所にこだまして居る。


 (児珠さんの好きなものって、結局、分からない仕舞いなんだよね〜)


 明美は、”クスクス”と笑う。


 (でも、冒険その他を見るとすれば、きっと、屋外で手軽に食べられるようなお料理が好きな筈だから・・・)


 明美は、これから山登りにでも行くかのようなお弁当のメニューをイメージして作る。


 (唐揚げ、おにぎり、サンドイッチ、卵焼き、ウィンナー・・・。他には・・・)


 明美はお弁当のメニュー本をめくりながら作業を進めた。


  ゴ〜ン♪


   ゴ〜ン♪


    ゴ〜ン♪


 旧式の壁時計が3時を告げる。


 「ただいま〜」

 「明美〜?居るの〜?」


 「は〜い!」

 明美は玄関まで届くようにと大きな声で返事をする。


 「うお〜!何だよ、明美〜。すごいご馳走じゃん?これ?俺にかあ〜?」

 「正樹くん、お帰りなさい。手は洗ったの?残念ながらこれは児珠さんになの」

 「え〜?児珠かよ〜」

 正樹はつまらなそうに言う。


 「まあ〜、すごいご馳走ねえ〜」

 「お姉ちゃん、お帰りなさい。晩御飯のおかずも一緒に作るからね」

 「いつもありがとうね、明美」

 「ううん。お姉ちゃんも正樹くんも忙しいんだし・・・」

 「ねえ?明美〜?」

 「なあに?お姉ちゃん・・・」

 「ちょっと、いま、良いかしら?」

 「うん。大丈夫だよ」

 「正樹も良い?」

 「何だよ〜?かあちゃ〜ん?」

 正樹は明美の手料理が満載された食卓テーブルの椅子に座った。


 「前からいつかはそうしたいと思って居たことなんだけどね・・・」

 初美は切り出す。

 「私と正樹は亭主のそばで暮らそうと思うのよ」

 「お義兄さん、海外の生活がまだ長引きそうなの?」

 「さすがに定期航路の操縦士をやって居るとね〜」

 「もうすぐ船長だろ?父ちゃん?」

 「う〜ん、本人はそう言ってるけどねえ〜」

 初美は正樹と笑い合う。


 「私も亭主も明美を一人にすることだけが気がかりだったのよ・・・」

 「明美はボーッとしてるもんなあ〜」

 正樹は料理を”パクリッ♪”っと、つまみ食いをして言う。


 「でもね、いまの明美なら私たちが居なくなっても大丈夫って思えるから」

 「お姉ちゃん・・・」

 「こお〜らあ〜、正樹はさっきから食べすぎでしょう〜?」

 「児珠が食べるだけじゃん〜」

 正樹は駄々をこねるように言う。


 「児珠が居るから安心だって母ちゃんは言いたいんだろ?」

 「こ、児珠さん・・・?」

 明美は顔を赤くする。


 「明美は、児珠くんのことが好きなんでしょう?」

 「お、お姉ちゃん・・・?」

 明美は、初美の目を見つめる。


 「明美のその気持ち、分かるよ」

 「母ちゃんは、父ちゃんにゾッコンだもんなあ〜」

 「こお〜らあ〜。正樹〜。またませたことを言って〜。大人を揶揄うんじゃないの〜」

 初美は正樹の頭を”コツン”とする。


 「俺も児珠なら許すぞ」

 「ま、正樹くん・・・?」

 「明美のことは、児珠なら許すって言ってんの〜」

 「私もね、児珠くんなら良いなって思って居るのよ」

 「お、お姉ちゃん・・・」


 「まあ、そう言うわけだから、私と正樹がこの家を出たら、あなたたちはここに二人で住みなさいねえ?」

 「えっ!?」

 明美は、手に持って居た箸を落とす。


  カラカラ〜ン・・・


 「キャハハハハ。箸が転がっても可笑しいお年頃〜」

 「こら〜、正樹〜」

 「若い娘はそうなんだろう?」

 「どこでそういうこと憶えるのよ〜、ませガキ〜」

 「知らねえよ〜だあ〜。キャハハハ」

 正樹は唐揚げを頬張る。


 明美は突然の話に時を止めて立ちすくむ。

 初美は床に落ちた箸を拾うと言う。


 「明美の好きにして良いからね。ちょっと考えてみて?その上で、この家が邪魔になるようなら、私たちはこの家を売りに出すつもりなのよ」

 「えっ・・・。この家を・・・?」

 「そう。亡くなった両親が残して逝ってくれた家だったけど、私も正樹もいつここに戻れるかも分からないし。明美は、明美で好きなところに行って欲しいし。過去のことに縛られて欲しくないのよ」

 「うん・・・」

 明美は頷く。


 「はい!じゃあ、この話はもうお終い。明美もこれから児珠くんのところに行くんでしょう?」

 「う、うん」

 「はい、じゃあ、準備して〜」

 「俺も行きたい〜。明美〜」

 「う、うん。もちろん。正樹くん、運ぶの手伝ってくれるんでしょう?」

 「重たい荷物は俺に任せろって」

 正樹は、”ドンッ”と胸を叩いて見せる。


 



  *




 夕方になって、児珠はようやく目を覚ました。


 「あれ〜?俺、寝ちまったんだ・・・」

 児珠は目覚まし時計を手に取って時刻を見る。


 「う〜ん・・・。明美と居たような気がしたけど・・・」

 児珠は髪の毛を”クシャクシャ”としながら起き出した。


 「ふあ〜あ。すっげ〜よく寝た〜」

 児珠は、気持ちよさそうに背伸びをする。


  ドンッ!


   ガチャガチャッ!



 外で手荒くドアが開けられる音がする。


 「お〜い!児珠〜」


 (あれ?正樹の声じゃん・・・)


 児珠は、部屋のドアを振り返った。


 「おい!起きてるか〜?児珠〜」

 「何だよ、正樹?ドアが開かなかったのか?」

 「違〜う。両手が塞がってたの〜」

 「はあ?両手?」

 「良いから、こっちに来いって」

 正樹は児珠の腕を引っ張った。


 児珠と正樹が教会堂の庭に出るとキャンプ用のテーブル、椅子、簡易キッチンセット他がズラリと並んで居た。


 「うわあ〜。どうしたんだよ、これ〜?」

 「僕がお手伝いしたんです」

 「刑部ジュニア〜」

 「こんばんわ。正樹くん」

 「圭一さん・・・」

 「刑部さんが貸してくださったんです。児珠さんとお食事したいって話したら」

 「君の家には食事を共にする部屋も無いって、明美ちゃんから聞いたからさ」

 「ありがとうな。俺、いまマジでビックリしてる・・・」

 児珠は目の前に広がる光景に驚きを隠せないで居る。


 「料理は明美ちゃんが用意したようですよ?」

 「児珠〜。明美の奴、一人で頑張ってたぞ〜」

 「よ、良かったら、どうぞ」

 明美は照れくさそうに言う。


 「じゃあ、僕はこれで」

 圭一は、即座に立ち去ろうとする。


 「ま、待てって」

 児珠は圭一を呼び止めた。


 「何か?児珠さん?」

 「一緒に食って行けよ」

 「邪魔者は去りますよ」

 「何の邪魔だよ?」

 「僕が居ても迷惑では無いと?」

 「迷惑なわけないじゃん。仲間だろ?」

 「昨日の敵は、今日の友ですか?」

 「別に争って無いじゃん」

 「フッ」

 圭一は笑う。


 「そう言うことでしたら、僕もみなさまにご馳走しますよ」

 「うわあ〜、何だよ、ご馳走って〜?」

 「キャンプといえばバーベキューでしょう?」

 「うお〜!肉かあ〜?」

 「正解、正樹くん」

 「やった〜!」

 正樹は喜ぶ。


 「明美さんと児珠さんは、向こうで座って居て下さいね」

 圭一はそう言うと車の中からクーラーを下ろし始めた。


 「お前、食材まで持参してたのかよ?」

 「きっと、児珠さんたちは僕を帰すようなことはしないと踏みましたので」

 「お前って、結構、頭が良いよな?」

 「今頃、気づきましたか?」


 (うん。ちょっと、発想がマーラに似てるんだよなあ・・・。コイツ・・・)

 児珠は苦笑いする。


 「はい、児珠さん」

 明美は紙コップにお茶を入れて児珠に差し出した。

 「おう。サンキュー」

 児珠は受け取ると明美の隣に座った。


 「今日は、ありがとうな」

 「楽しんでもらえましたか?」

 「”グウタラ、朝寝、二度寝、ダラける”のことか?」

 「はい♪」

 明美は楽しそうに笑う。

 「俺の好きなものってロクでも無いよなあ〜」

 児珠は笑う。


 「児珠らしいじゃん」

 正樹は”パクパク”とおにぎりを食べつつ言う。


 「俺も食ってもいいか?腹減ってんだよ、俺」

 「児珠さんが好きなものありますか?」

 明美は料理を広げて言う。


 「うっわあ〜!すっげえじゃん!」

 児珠は思わず食いついた。


 「クスクスクス。児珠さん、落ち着いてくださいね」

 明美は児珠の背中を摩る。


 「うっ。ゴホッ」

 児珠は”グイッ”とお茶を飲み干した。

 「ぷはあ〜」


 「喉につまらせるなよなあ〜。ダッセーなあ〜」

 「ま、正樹くんっ。シーッ!」

 明美が口に指を一本立てて言う。


 「すまん。すまん」

 児珠は照れくさそうに笑った。


 「正樹くん、こっち、こっち」

 圭一が簡易コンロの前まで正樹を手招きする。

 「おう!肉かあ〜?」

 正樹は飛ぶようにして圭一のそばに行った。


 明美は児珠の背中を摩って居る。

 児珠はその温もりを感じつつ明美の料理を口いっぱいに頬張った。


 「児珠さん、また、喉につまらせますよ?」

 明美は笑う。

 「ああ、そうだったな」

 児珠は、”モグモグ”と口を動かす。


 「ねえ?児珠さん・・・?」

 「ん?」

 児珠はお茶を注ぐ。


 「お姉ちゃんと正樹くんがお義兄さんのそばに行くって言うんです・・・」

 「へえ〜。単身赴任はもう、やめるんだな」

 「そうみたいです・・・」

 明美は俯く。


 「一人になるのが嫌なのか?」

 「い、嫌と言うか・・・」

 児珠は興味が無さそうに料理にパクついて居る。


 (児珠さん・・・。関心が無いみたい・・・)

 明美は、児珠の反応を様子見る。


 「お前を一人にはもうしない。俺、そう言ったよな?」

 「えっ・・・?」

 明美は聞き取れなかったかのように児珠に振り向く。


 「お前を俺は一人にはしない。そうお前に言ったよな?覚えてないか?」

 明美は、そう言われたような言われて居ないような曖昧な気持ちになる。


 「明美がそれを覚えて居なくても関係ないのさ。俺の中では、それはもう、今世の決定事項だからな」

 「こ、今世ですか・・・?」

 明美はそのスケール感に驚く。


 「俺の今世は、お前を幸せにする。その為にある」

 「こ、児珠さん・・・?」

 「なあ〜んて、言ったら、明美はどうする?」

 児珠はニタニタと笑って見せる。


 「も、もう〜。冗談ですか〜?」

 「本気でも良いぞ?」

 「揶揄わないでくださいよ、もう〜」

 明美は児珠の背中を”バンバン”っと、叩いた。


 「痛って〜。お〜い、明美〜」

 「もう〜、知りません〜」

 明美は、困ったように言う。


 「お〜い!出来たぞ〜!」

 正樹が手招きをして呼んで居る。


 「おう!いま、行く〜」

 児珠は正樹たちに手を振る。


 「ほら!明美、行くぞ」

 児珠は明美に手を差し出す。


 明美は児珠の手を見つめると、ギュッと児珠の手を握りしめた。

 「俺を離すなよ、明美」

 児珠は、明美の両眼を見つめて言う。

 「はい!兄様」

 明美は喜んで、児珠の唇にキスをした。

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