第22話 愛

○愛


 「ううーっ・・・」

 (お、俺・・・。食べすぎたか・・・)

 児珠は水を飲みたくなって目を覚ました。


 夜空はすでに白み始めて朝日が輝き出すところだった。


 「おや?坊や?目が覚めたのかい?」

 美柑が児珠の様子に気づいてそばに来る。


 「店長?あれ・・・?俺・・・」

 「あのまま寝ちまったんだよう、坊やは」

 美柑は”フフフ”と笑う。


 (ああ、俺・・・。寝ちまってたのかあ・・・)


 児珠は頭を掻きながら布団を剥いで起き出した。


 「店長。悪い。俺、寝てしまって・・・」

 「いいんだよう。坊やは。何ならここで寝泊まりしても良いんだよ。遅刻しなくて済むだろう?」

 ”フフフフフ”


 美柑は楽しそうに笑う。

 

 (そりゃあ、まあ、そうだけど・・・)

 児珠は、起き出すと顔を洗いに洗面室へと向かう。


 美柑はせっせと朝食を用意すると児珠のためにと座卓に並べる。

 「店長〜?」

 「なんだい?坊や?」

 「これさあ・・・」

 「ああ、それかい?」

 「これだろう?店長が言ってた龍の落とし物って・・・」

 「坊やは、何でもお見通しなんだねえ〜」

 美柑は笑う。


 児珠は、古い小枝のような”それ”を翳して言う。

 「これってさあ、地の龍?天の龍?」

 「さあさね〜、どっちだろうねえ〜?」

 「店長も知らないのか?」

 「ウフフ。だって、それは、ダーリンからの贈り物だったから」

 「じいさんからの〜?」

 児珠は”神”をじいさんと呼んで居る。


 児珠はそれを元の位置に戻すと座卓についた。


 「さあ、坊や。お食べなさい」

 「ありがとう。店長」

 児珠は手を合わせると”いただきます”と頭を下げた。


 美柑はお茶を淹れながら児珠に話しかける。

 「坊やは?どこにも怪我も何も無いのかい?痛むところは?」

 「俺?無いよ、そんなもの」

 「本当に?昨日は朝早くに何も食べずに出て行っちまうし・・・。あまり無理すると体を壊すからね〜」

 「分かってるって。店長だって人のこと言えないだろう?」

 「ウフフ。そうでした〜」

 美柑は頷きつつ笑う。


 「それで?明美ちゃんとはどうなってるの?坊やたちは?」

 「グフッ!ゲホッ。ゴホッ」


 児珠は味噌汁を吹き出した。

 

 「ゲホッ。ゲホッ」

 「まあまあ。坊や〜。大丈夫かい?」

 美柑は児珠の背中をさする。


 「ば、ばあさんが、へ、変なことを急に言うからだろう?」

 「あら?いやだ。都合が悪くなると”ばあさん”呼びだなんて〜。可愛らしいわねえ〜。坊やは。フフフ」

 美柑は吹き出した味噌汁を拭いてやる。


 「お、俺と明美は・・・」

 「うんうん。坊やと明美は?なあに?」

 (だあ〜、もお〜。やりにくいんだよ、ばあさん・・・)

 児珠は、美柑から目を逸らして言う。


 「ま、まだデートだってしたことないんだぜ・・・俺たち・・・」

 児珠はボソリと呟く。


 「ウフフ」

 美柑は微笑むと急須を持って席を立った。


 児珠は朝食を食べ終えると座敷に残したままの布団を片付け始めた。

 美柑は座敷に戻ると児珠に言う。


 「あなたたち、今日はお出かけして来なさいませよ〜」

 美柑は笑いながら言う。


 「お、おでかけって、ど、どこへだよ?」

 「そうさねえ〜。池の女神にでも会って来たらどうだい?」

 「俺と明美が最初に出会ったところだ・・・」

 「あの池は恋が叶うって有名だろう?」

 「う〜ん。まあ、そうだったような・・・」

 「なんだい?他に行きたいところがあったのかい?」

 「う〜んと・・・。そ、そうだなあ〜」

 児珠は腕を組んで考える。


 二人が話し込んでいると店先に圭一の姿が見えた。

 「おはようございます」

 「あら?圭ちゃんじゃないの?どうかしたの?」

 「ああ、いえ。美柑さん。僕、親父の仕事を継ぐことにしたんです」

 「まあ、まあ。圭ちゃんはそれでいいの?」

 「僕、ライターに成りたかったんですけど。そろそろ見極めどきかなって」

 「そうかい。男の子が一人で決めたなら、そら、まあ頑張りなさいね」

 「はい」

 圭一は頷く。


 「なあ?」

 「何だい?児珠くん?」

 「明美のこと、まだ好きなのか?」

 児珠は圭一に問いただす。

 「うん。そうだったね・・・。でも、僕は、もう良いんだ」

 「諦めるのか?」

 「諦めるとかじゃないさ。ただ、もっと、相応しい男にならなきゃって・・・」

 「相応しくないのか?お前?」

 「ハハハ。いまの僕では力不足さ」

 圭一は笑って見せる。


 「その間に明美に好きな奴が出来たらどうするんだよ?」

 「それは仕方のないことさ。お互いに言いっこ無しだろう?」

 圭一は児珠の両眼に視線を合わせる。


 「俺は明美のことが好きだぜ」

 「それはもう分かってる・・・」

 「俺が好きで良いんだな?」

 「それはそれで良かったのさ。次は僕が君たちを応援するよ」

 「分かった。男の約束だな」

 「ああ」

 圭一は歩み寄って、児珠と拳を合わせた。


 「ところでいま、何の相談をして居たんだい?美柑さんと」

 「ああ、俺と明美で今日はどこかに出かけて来いって言うからさ〜」

 「デートかい?」

 「うん、まあ、そう成りたい的な・・・。感じで・・・」

 児珠は煮え切らない返事をする。


 「じゃあ、ここに行って来るかい?」

 圭一は端末を取り出した。

 

 「オーソドックスだけど、映画館さ」

 「映画?」

 「映画は見ないの?児珠くんは?」

 「う〜ん。そういえば俺、見ていないなあ・・・」

 「なら、なおさら良いじゃないか?暗がりで隣り合う二人。良いシチュエーションだろう?」

 圭一は笑いながら言う。


 (コイツ・・・。何気にスケベなんだよなあ・・・。一々・・・)

 児珠は川辺で圭一が明美をテント内に誘おうとしていた場面を思い出す。


 「いまならこれがお勧めだよ」

 圭一は、ホラー映画を差し出して見せる。


 「こ、これって、怖い系だろう・・・?」

 「もしかして、ホラー苦手でしたか?児珠くん?」

 圭一はズイッと端末の画面を児珠に押し示す。


 「そ、そう言うの好きな奴って居るのかよ・・・」

 児珠は逃げ出しながら言う。

 「クスクスクス。僕は結構、好きですよ」

 (ど、どういう神経してるんだよ・・・)

 児珠は鳥肌が立った。


 「では、これはどうでしょう?」

 圭一は、アニメ映画を指し示す。


 「ああ、これなら正樹も一緒に誘えるな?」

 「はあっ?正樹くんですか?」

 圭一は、訝しがる。

 

 「何だよ?ダメなのか?」

 児珠は言う。


 「児珠くん?デートにしたいって先に言いましたよね?」

 「デートにならないのか・・・。正樹と一緒だと・・・?」

 圭一は頷く。


 「もう、それならこれしかないですね?」

 圭一は、最後にラブストーリーを指し示す。


 「う、う〜ん。ラブストーリーかあ・・・」

 児珠は画面を恥ずかしそうに見つめる。

 

 「これだと、いかにも誘ってる感じがするじゃん・・・」

 児珠は小声になって言う。

 「だから、誘うんでしょう?」

 圭一はニヤニヤしながら言う。


 「おはようございま〜す」

 明美の大きな声が店先から響いて来る。


 「明美ちゃん、おはようございます」

 「あれ?刑部さん?今日は、どうしてこちらへ?」

 「ああ、ちょっとだけ美柑さんにお会いしたくて」

 「そうでしたか。店長には会えましたか?」

 「ええ、僕はもう用事は済みましたから」

 圭一は、目配せをしてその場を離れた。


 「明美、おはよう」

 児珠は言う。


 「児珠さん、おはようございます。起きても、もう大丈夫ですか?」

 「俺か?俺は大丈夫さ。明美は?どこも悪くないか?」

 「はい。もちろんです」

 明美は明るい笑顔で答えて見せる。


 「明美ちゃん、おはよう。今日はもう大丈夫なの?」

 「店長〜。おはようございます」

 明美は元気に挨拶をする。


 「今日はねえ、二人にご褒美」

 「何ですか?店長?」

 明美が言う。


 「二人でデートして来なさいな」

 「で、デート!?」

 明美は、驚いて退く。


 「お、おいっ。て、店長・・・」

 児珠は慌てて美柑の口を塞ごうとする。


 「あら、いいじゃない。ハッキリ言わなくっちゃねえ〜。あなたたち二人には」

 美柑は楽しそうに言う。


 「て、店長・・・。デー、デートって・・・。そ、その・・・」

 明美は照れくさそうに言う。


 「明美ちゃん、児珠くんとデートして来なさいな」

 「僕からもお勧めしますよ。明美さん」

 圭一も顔を出して言う。


 明美は児珠の様子を見つめる。

 児珠はバツが悪そうに頭を掻いて座敷の縁に座って居た。


 「児珠さん?」

 明美が言う。


 児珠は顔を上げて明美を見る。

 「デ、デートだそうですけど・・・」

 明美は顔を赤くする。


 「ああ、ばあさんがしきりに勧めるんだ・・・」

 児珠は困ったように言う。


 「あ、あの・・・。わ、わたしとでは、嫌ですか・・・?」

 明美は勇気を振り絞って言う。


 児珠は、明美の様子を見ながら答える。

 「嫌なわけ無いだろう・・・。け、けどなあ・・・」


 児珠は、ニヤニヤと見つめる美柑と圭一の二人の前では、素直に成れないで居る。

 明美は児珠の手を取ると店の外へと引っ張り出した。


 「児珠さん、行きましょう?」

 「行くって、どこへだよ?」

 「任せてください」

 明美は児珠に振り返ると手を引っ張ってズンズンと歩いた。




 

  *





 明美が児珠の手を引いて辿り着いた先は、教会堂の一室だった。

 「明美・・・。ここって、俺の部屋じゃん・・・」

 「はい」

 明美は頷く。

 「何でここなんだよ?」

 「児珠さん、好きなものに”グウタラ、朝寝、二度寝、ダラける”ってありましたよね?」

 「ああ、うん・・・」

 「わたしの為に、いま、それをここでやって下さいませんか?」

 「いま?ここでか?」

 「ハイ」

 明美は楽しそうに頷く。


 「ハハハハ」

 児珠は顔を上げて大笑いする。

 「そ、そんなに可笑しいですか?」

 明美もつられて笑い出す。


 「そりゃあ、可笑しいだろう?」

 「そ、そうでしょうか・・・?」

 明美は児珠を覗き込む。


 児珠は明美を見つめる。

 明美は見つめて来る児珠に微笑んだ。


 「”グウタラ”って、こうするんだろう?」

 「きゃあっ」

 児珠は、明美を抱きしめて言う。


 「ありがとうな。俺のことを気を遣ってくれてさ」

 「い、いいえ・・・。そ、そんなことは・・・」

 明美は児珠の手をギュッと握りしめる。


 児珠は明美の体温と髪の香りに包まれるうちに、ウトウトと眠くなる。

 明美はそっと、児珠の体をベッドへと滑り込ませた。


 「ゆっくり眠って下さいね」


 明美は児珠に布団をかけると部屋から退室する。


 明美はそのまま礼拝堂へと歩み出る。

 礼拝堂の祭壇には天窓のステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。


 明美は祭壇の前で膝をつくと、神に祈った。


 (児珠さんをありがとうございます・・・)


 明美は立ち上がると児珠を起こさないように教会堂を後にした。


 「よ〜しっ。一度、家に戻って児珠さんにお弁当を作ろう〜っと♪」


 明美は、児珠の好きなものを想像しつつ、何を作ろうか献立を考える。

 (児珠さん、喜んでくれるかな〜)


 明美は、ただそれだけで楽しい自分の”いま”が愛おしかった。

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