第20話 家路

〇家路



秋も深まり行楽シーズンになって居た。

商店街を行き交う人々の流れもどこか活気づいて居る。

八百屋で働く児珠と明美は、店番をしながら話していた。


 「なあ?明美?」

 「どうしました?児珠さん?」

 「この間の奴、また来てたのか?」

 「刑部さんですか?息子さんの方?」

 「どっちでもいいけど、息子さんの方」

 「あれから何度かいらしてますよ。主には店長が御用で・・・」

 「明美には、何も無いのか?」

 「次のお休みに遊びに行こうって誘われました」

 「遊びって・・・。どこに行くんだ?」

 「川でキャンプだそうですけど・・・」

 「明美も泊まるのか?」

 「いいえ~。まさか~。ウフフ」

  明美は笑う。


 「じゃあ、どうするんだよ?」

 「キャンプ中の刑部さんにお邪魔するだけですよ」

 「一人で行くのか?」

 「えっ?」

 「だから、独りで行くのかって?」

 「そ、そうですけど・・・」

 明美はキョトンとした顔で言う。

 

 (男が居るところに一人で行くなんて・・・。明美の奴、怖くはないのか・・・)


 「児珠さん?」

 明美は児珠の顔を覗き込む。


 「大丈夫なのか?一人で」

 「ど、どうしてですか・・・?」

 「いや、だって、アイツ。男だろう?」

 「だ、男性ですけど・・・。それが何か・・・?」

 明美は不思議そうに児珠を見る。

 「紅葉がキレイな季節だからって・・・。それだけですよ?」

 

 (明美の奴、無防備過ぎるんだよ・・・。だから、正樹の奴がませて、明美を心配するんだ・・・)


 「一人で行っても良いからさ、日にちだけ教えて?」

 「い、いいですけど・・・」

 明美は店のカレンダーに印を付けた。


 「この日です。この日はわたしもお休みですからね。児珠さん、お店と店長のことよろしくお願いしますね」

 明美は笑顔で児珠に言う。


 児珠はカレンダーの印の日を目に焼き付けた。


 



  *





 週末の夜に、明美と正樹が教会堂に遊びに来ていた。

 「児珠~」

 正樹は、はしゃいで児珠に飛びついた。

 「元気にしてたか?正樹~?」

 「俺が元気が無い訳ないだろう?何言ってんだよ児珠~」

 「悪い悪い」

 児珠は正樹の髪をくしゃくしゃにして笑う。


 「あ、あの。児珠さん?」

 「うん?何だよ明美?」

 「この間の続きを聞いてみても良いですか?」

 「ああ、俺の詳しいことか?」

 「はい・・・」

 「まあ、いいけど。何が聞きたいんだ?」

 「ご家族とか・・・?」

 「ああ、俺は家族設定は無いんだ」

 「ご家族はいらっしゃらないんですか・・・?」

 「そう言うこと」

 「では、ずっと、こちらで・・・?」

 「そうだなあ~。子供時代の設定は適当だったからなあ・・・」

 児珠は、首を傾げる。


 「児珠さんって、本当に不思議な人ですよね?」

 「俺の得体が知れず、怖いか?」

 児珠はニカッと歯を見せて笑う。


 「児珠が変なのはいつものことじゃん」

 正樹は分かり切ったことを言うと云った表情で答える。


 「明美は何か気になるのか?」

 「い、いえ・・・」

 「何だよ?何かあるなら言えって」

 「そ、それが・・・」


 明美は一通の手紙を取り出して見せる。

 「今朝、店長から渡されて居て・・・」

 「何だよこれ?」

 「圭一さんから預かったそうなんです・・・。わたし宛にって・・・」

 「読んだのか?」

 「は、はい・・・」

 明美は俯く。


 正樹は手紙をじっと覗き込んで見る。

 「ラブレターだろ?これは?」

 「ラ、ラブレターって、おいっ!」

 児珠は焦りを見せて言う。


 「そ、そうなのかよ・・・?明美?」

 明美は下を向いて俯く。


 「キャンプの日に返事を聞かせて欲しいって書いてあって・・・」

 「ああ~。今度の休みに川沿いのキャンプ地に行くってあれか?」

 「はい・・・」

 明美は頷く。


 「どうすんだよ?明美~」

 正樹が言う。

 

 児珠は腕を組んで黙りこくる。


 「ど、どうしましょうか・・・?」

 明美は顔を上げて笑って見せた。


 児珠は、明美の作り笑顔を見ると黙って体を抱き寄せる。

 「お前はどうしたいんだよ?明美?」

 「えっ・・・?」

 「お前の本心だよ。どうしたいんだ?」

 児珠は明美の身体を離して、明美の顔を見やった。


 「こ、児珠さんは、止めてくれないんですか・・・?」

 「俺が?どうして・・・?」

 「わたしがどうしたいのか児珠さんに聞きたかったんです・・・。どうしても・・・」

 明美は泣き出しそうな顔で言う。


 (俺に止めて欲しいって言われてもなあ・・・。俺も応援するって約束しちまったし・・・アイツと・・・)

 児珠は、明美に背中を向けて立ち去ろうとする。


 「児珠~。どこか行くのか?」

 「いや、ちょっと外の空気でも吸って来ようかな・・・」

 「俺も行く~」

 正樹は児珠の背中に飛びついた。


 児珠は明美に振り返ることもせずに部屋のドアを閉めた。


 一人で部屋に取り残された明美は、膝を折って頽れる。

 

 (や、やっぱり・・・。ずるかったよね・・・。わたし・・・)

 明美は涙を拭うと児珠のベッドに座り込んだ。


 明美が周囲を見渡すと、児珠のベッドの周りには可笑しなものがたくさん並んで居る。

 

 「なんだろう?これ・・・?」


 明美は、小さな石を手に取って見る。それは光に翳すと万華鏡のようにさまざまな輝きを見せた。

 「き、きれ~い」


 明美は、素直な笑顔を見せる。


 児珠の寝泊まりする部屋には他にも面白そうなものがたくさん置いてあった。


 「これは、先日、見せてもらった剣ね・・・」

 明美は剣を手にすると少しだけ振って見る。その剣は軽くしなやかでヒュッと音が鳴った。


 剣を元の場所に戻すと、鉱石のようなもの、木の実、枝のようなもの、作りかけの木彫り、描かれたスケッチなどを目にした。


 「児珠さんって、冒険が好きって言うだけあって、宝探しみたいね・・・」

 明美は児珠の世界を楽しむかのように、部屋に並ぶ小物たちを手にした。


 明美は児珠の机から一冊の日記帳を見つけた。


 「児珠さん・・・。日記も書くんだ・・・」

 明美は、日記帳に手を触れる。


 「児珠さんの日常・・・。わたしもその中に居たいなあ・・・」


 明美は、それを本心と気付かずに思わず声に出して居た。



  *


 

 教会堂の外では、児珠と正樹が男同士の話をして居る。

 「児珠~?お前、良いのかよ?明美のこと、獲られちまうぞ~」

 「正樹こそ、良いのかよ?明美を守るんじゃなかったのかあ~?」

 「んなこと言ったって・・・。明美が好きなら仕方ないじゃん・・・」

 正樹は口をとがらせて言う。


 「正樹は、アイツのこと、どう思うんだ?」

 「刑部ジュニアってこと?」

 「そう言う事」

 「俺は、よく知らないけど・・・」

 正樹はつまらなそうに言う。

 

 「俺、アイツのこと応援する~なんて言っちまったからなあ・・・」

 「バカだな~、児珠~」

 正樹は児珠を小突いて言う。

 「心にも無いことを言うなよな~。児珠~」

 「痛っ!」

 児珠は涙ぐむ。


 (そうは言ってもなあ・・・。アイツもあの時は、ケガして傷ついてたし・・・。慰めてやりたかったんだ・・・俺・・・)


 正樹は沈黙する児珠にタックルを仕掛ける。

 

 「どりゃあ~!」

 「うわ~おっ!おいっ、正樹~」

 児珠は地面に転がって正樹と組み合う。

 「どうだあ~、児珠~?」

 「お、おうっ!強いな~。正樹~」

 

 児珠は、小さな子供をあやすように、寝転んだ状態から両手両足で正樹の身体を宙に浮かした。

 「きゃはははっ!」


 正樹は幼いころに父親にそうしてもらったかのように喜んだ。


 「何してるの~?」

 明美が外に出て来て、二人の様子を見ていた。


 「明美~」

 正樹は大はしゃぎで児珠に浮かされて遊んでいる。


 「正樹くん、良かったね~」

 明美は児珠の様子を見つめた。


 児珠は正樹を地面に下すと、ゆっくりと上体を起こした。

 「明美もやってみるか?」

 児珠は笑顔で言う。


 「クスクスクス・・・」

 明美は可笑しくなって笑い出す。


 「明美もやってもらえよ~」

 正樹がからかいながら言った。





 *





 正樹と明美は、そろそろ初美が心配するからと言って帰り支度を始めた。

 「明美?返事は決めたのか?」

 児珠が言う。

 「う、うん・・・。多分・・・」

 

 明美は、名残惜しそうに児珠を見つめると何も言わずに俯いた。

 「じゃあな、児珠~」

 正樹が明美の腕を引っ張りながら言う。


 「おう!気をつけて帰れよな~」

 児珠は、いつまでも顔を上げない明美を詮索せずに言う。

 「じゃあな」


 明美はコクリと頷くと正樹に引きずられるようにして家路へと就いた。

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