第19話 本心

○本心


 「店長〜。そろそろ帰りますね〜」

 夕刻になって明美が仕事を上がる時間になった。


 児珠は帰り支度を始めた明美を呼び止めて言う。

 「お〜い、明美〜。これ」

 

 児珠は昨日から準備しておいたレポートを明美に差し出した。

 「ああ〜っ。もしかして、好きなものレポートですか?」

 明美は楽しそうに覗き込む。


 「そう言うこと。見るか?」

 「はい!」

 明美ははしゃぐように返事をする。


 「え〜と・・・」

 明美は、首を傾げる。


 「こ、児珠さん・・・?」

 「ん?何だよ?」


 「こ、この遠泳って、何ですか・・・?」

 (あれっ?遠泳って今の時代には無かったのかなあ・・・)

 児珠は独りごちる。


 「こ、児珠さん?」

 明美は不思議そうに児珠の顔を覗き見る。


 「えっ?いや・・・。だから・・・。この遠泳っていうのはさあ・・・」

 「はい?」

 「島から島へ泳いで渡るのさ」

 「島から島へですか?」

 明美は想像もしたことが無いような顔をする。


 「そう言うこと。そういう海が昔はあったんだよ。いまでは遠浅の海なんて開発、埋め立てでほぼ全滅かもな〜。そう云うことが出来る海も減ったんだなあ〜」

 児珠は言う。


 「あ、あの・・・。じゃあ・・・。冒険と言うのは・・・?」

 「ああ、それな。宝探しみたいなものさ。過去に埋められたものを探り当てるみたいな」

 児珠は笑う。


 「過去って・・・。それは、児珠さんの過去?」

 明美は聞き返した。


 「う〜ん。俺の過去って言うか・・・」

 (何って言うんだろうなあ・・・)


 「知ってる過去・・・かな?」

 「知ってる過去・・・ですか・・・」

 明美は何かを考えるように言う。


 「どうしたんだよ?明美?」

 「児珠さんの過去って、わたしはよく知らないなあって思って・・・」

 「俺の過去?俺の過去がどうしたんだよ?」

 「児珠さんって、ずっと教会堂に居たんですか・・・?お生まれは?ご出身は?ご家族は・・・?わたしは何も知らないな・・・って」

 「俺のことが気になるのかよ?明美は?」

 「気になる・・・と言うか、謎に包まれていると言うか・・・」

 「俺のことが怖いか?」

 児珠は明美の瞳を見つめる。


 明美と児珠はじっと見つめあった。


 「こんばんわ」

 

 「うわあっ!」

 「きゃあっ」


 二人は店の前に振り返った。

 

 「すみません。お話し中に・・・」

 二人が振り返るとそこには松葉杖をついて立っている圭一の姿があった。


 「あ〜、アンタ!昼の奴だよな?」

 「児珠さん・・・?でしたよね?その件は、どうも・・・」

 圭一は頭を下げた。

 

 「どうしたんだよ?休んで居なくて良いのか?」

 「親父に美柑さんにお礼を言いに行くように言われたばかりで・・・」

 「ああ、お前の親父さんも来てたぞ。日中に」

 「そうそう。その親父です」

 圭一は気まずそうにクスッと笑った。


 「店長を呼んで来ますね?」

 明美が言う。


 「あ、お願いします・・・」

 圭一は軽く頭を下げた。


 「どうした?何か気になるのか?」

 「児珠さん、あの女性の方は?」

 「ああ、明美か?ここで働いてる。一応、俺の先輩」

 「明美さんと言うのですか・・・」

 「ん?明美のことが気になるのか?」

 「ああ、いえ・・・」

 圭一は下を向いた。


 「俺が気になるから、何かあるなら言えよ?」

 「ああ・・・。はい・・・」

 

 圭一は児珠の目を見て言う。


 「妹に似てるんです・・・」

 「妹?」

 「ええ・・・。ちょっと訳ありで・・・」

 圭一は苦笑する。


 「ふう〜ん。まあ、いいや。アンタが言いたく無いことまで俺から詮索はしないさ。明美のこと知りたいなら店長なり、俺なりに聞けば良い。もちろん、本人にもさ」

 児珠は、気にしないそぶりで圭一に進言する。


 「ありがとうございます・・・。ご親切に・・・」

 「いや、いいって。困った時はさ、お互い様だって」

 「はい」

 圭一は頷いた。


 「あらあ〜。圭ちゃん、久しぶりね〜」

 「美柑さん、ご無沙汰しております」

 「随分、大人びて〜。子供だった筈なのにねえ〜」

 「あの頃とはもう・・・」

 圭一は、顔に影を落とす。


 「まあ、上がって。お茶でも飲んで行って頂戴なあ〜」

 美柑は圭一を誘う。


 児珠と明美は圭一を店の奥座敷に案内した。美柑は、よろこんで圭一と座卓を囲んで話し始める。


 児珠と明美は二人を奥座敷に残して、自分たちは店先に立った。


 「俺のことを知りたいならいつでも教会堂に来いよ。何でも話すからさ」

 児珠は明美に言う。

 「はい。また遊びに行きますね」

 「おう」

 「では、また明日」

 「じゃあな。お疲れ〜。気をつけて帰れよな。また明日〜」

 児珠は明美に手を振る。明美は児珠に手を振ると、それきり振り返らずに人混みに紛れた。


 明美が去ってしばらくすると圭一が店の奥から出て来た。

 「児珠さんは、まだしばらく店番ですか?」

 「ああ、俺?俺は、片付けもあるしな」

 「明美さんは、児珠さんの彼女か何かですか?」

 「はあっ?俺が?んな訳ないじゃん」

 児珠は笑う。


 圭一は真剣な顔になって言う。

 「僕、彼女のことが好きです」

 「えっ!?」

 「児珠さんがフリーなら僕が好きになっても構いませんよね?」

 「えっ・・・。いや・・・。良いって言うか・・・。良いも悪いもないよな・・・。明美のことだし・・・。俺たちにはどうもこうも・・・」

 児珠は突然のことに面食らう。


 「僕、好きになったら後悔をしたくないんです」

 「後悔?」

 「そうです。後悔・・・。どんなに大切に想っても、跡形もなく消えて去って行く・・・。僕はもう二度としたく無い。だから、気持ちは素直に伝えたいんです・・・」

 「ああ、うん、まあ、そ、そうだよな・・・」

 (て、展開が、きゅ、急だな、おい・・・)

 児珠は、青天の霹靂という顔をする。


 「今日、出会って、何ですが・・・。また、僕、ここに会いに来ますね?」

 「ああ、うん。いいんじゃないか?多分・・・」

 「児珠さんも僕に協力してくれますよね?」

 「えっ?ああ、うん、まあ・・・」

 (俺の本心はどうなんだろう・・・。う〜ん・・・)

 児珠は腕を組んで考える。


 「あの、僕、これで失礼します」

 圭一は児珠に頭を下げる。


 「ああ、うん。今日は大変だったな。気をつけて帰れよな?」

 「児珠さん、ありがとうございました。それでは、また」

 圭一は、器用に松葉杖を操り歩いて行く。


 「本心かあ・・・」

 児珠は空を仰ぎ見た。

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