第18話 兄妹

○兄妹


 「児珠さん。面白いレポートを書いているんですってねえ〜?」

 天使たちが言う。


 「好きなものを教えてって明美が言うからさあ〜」

 「明美さんでしょう?児珠さんが好きなものって」

 天使たちは真顔で言う。


 「うおっほん。それじゃあ、話が終わっちまうだろうがあ〜」

 児珠は呆れたように言う。


 「いえ。話が終わるよりも始まりでは無いのですか?」

 「何が?」

 「明美さんと児珠さんのラブ・ロード的なあれですよ、ア・レ」

 天使たちは胸元でハート・マークを作って見せる。


 (き、気持ち悪いなあ・・・お前たち・・・)

 児珠は苦笑いして後ずさる。


 


 *



 

 天使たちが去ると児珠はレポートを書き上げた。

 「よ〜し。これで完成だ。明美の奴、喜ぶかな?」


 児珠は書き上げたレポートを読み返してニヤニヤする。


 ”好きなもの”


 ”掃除、洗濯、芝刈り、雑事全般”


 ”狩猟、冒険、山登り、素潜り、遠泳”


 ”グウタラ、朝寝、二度寝、ダラける”


 ”以上”


 (こうして見ると俺、ロクなことして来て居ないんだなあ・・・)

 児珠は過去世からの”好きなもの”を思い返す。


 (本当はもっと有ったはずなんだよなあ・・・)

 児珠は過去世の楽しかったことを思い返した。

 けれども、そのいずれもが過去に過ぎ去ってしまったことであり、何度も焼き直しているようでその楽しみには現実味がなかった。


 


 *




 翌朝、児珠は龍が来る川へと登った。


 空には雲ひとつ無く、風も無く、穏やかだった。

 児珠は空に龍の爪と葦で出来た剣を翳した。


 その切先は日光を反射してキラリと光った。

 その煌めきを合図とするようにして空には龍の姿が現れた。


 「また、そなたか?ほほう・・・。なかなか良い剣だ」

 龍は言う。

 「沢の精霊たちに作って貰ったんだ。良いだろう?」

 「ああ。上出来だ」

 龍は、珍しく褒める。


 「これを使ってさあ、手伝って欲しいことがあったら言ってくれよな?」

 「うむ。心得た」

 龍はヒュ〜っと天高く上がると、シューっと空に姿を消した。


 児珠は龍を見送ると街へと川を降り始める。


 (あれ?何だろう・・・?)


 河原を歩いていると浅瀬に人の姿を見つけた。


 「お〜い。大丈夫かあ〜?」


 児珠は河原を下りて近づいて行く。


 「ううっ・・・」


 どうやらその人間は、足を挫いたようだった。


 「お〜い?大丈夫かあ?」

 児珠は肩を持ち上げて言う。


 「かたじけない・・・」

 男は、痛みを堪えつつ答えた。


 (この辺りの人間では無さそうだ・・・)

 児珠は男のその出立ちからして、外部の人間だと判断する。


 「一人で来たのか?」

 「あ、ああ・・・。うん」

 男は答える。


 「名前は?聞いても良いのか?」

 「ああ、うん。俺は、刑部」

 「えっ?」

 「ああ、すまない。俺は、刑部圭一。地元がこの辺りなんだ」

 「そうか。知ってる苗字と同じだったから驚いただけだ。俺は、児珠。立てるか?」

 「いや・・・。さっきから試すんだが、無理そうなんだ・・・」

 「そうか。分かった。じゃあ、俺におぶされ。運んでやるからさ」

 「お、男一人抱えるのは大変だぞ・・・」

 「しょうがないだろう?俺しか居ないんだしさ」

 「助けを呼んでくれたら良いんだが・・・」

 「お前は、どうしてそうしなかったんだよ?携帯は?電波が通じないのか?」

 「い、いや・・・。落としてしまったんだ」

 圭一は川の流れを見やる。


 「なるほど。だが生憎、俺も携帯は持ってないんだ」

 「いまどき、珍しいんだなあ・・・きみ?」

 「そうか?まあ、そうかもな」

 児珠は笑う。


 「よし、つべこべ言わずに、ホラ。行くぞ〜」

 児珠は圭一を背中に負うとゆっくりと歩き出した。


 「どうして川になんて行ったんだよ?」

 児珠が言う。

 「昔、親父に連れて行って貰ったこと思い出してさ」

 「親父さん、何かあったのか?」

 「あまり仕事がうまく行って居ないらしい・・・」

 「それをアンタが気にするのか?」

 「おかしいか?」

 「おかしくはないけどさ。優しんんだな」

 「親父はああして誤解されやすいところがあるんだ」

 「ああしてって?何したんだ?」

 「・・・」

 圭一は黙った。


 (何か言いにくそうなことがあるのかなあ・・・)

 「おいしょっ」

 児珠はずり落ちた圭一の体を持ち上げた。


 「詳しいことは分からないけどさ。危ないことはするなよな」

 「ああ、すまない・・・」


 児珠たちは道沿いまで下りて来る。

 「通りまで出たら、そこでいい・・・」

 圭一は言う。

 「こんな何も無いところでどうするんだよ?」

 「まあ、何とかするさ」

 「いや、でもしかし・・・」

 児珠は渋る。


 「いいから!下ろしてくれ!」

 圭一は背中から飛び降りそうな勢いで言う。


 「わ、分かったって・・・。危ない奴だなあ〜」

 児珠はゆっくりと圭一を下ろした。


 「すまない・・・。大きな声を出したりして・・・」

 「いや、いいさ」

 「この借りはいずれまた・・・」

 「いや、いいって。俺も忘れるしさ」

 児珠は笑う。


 「じゃあ、本当にここで良いんだな?」

 「ああ、すまない。助かった」

 「了解。じゃあ、気をつけて帰れよ」

 「ああ。またな」


 圭一は、道路に座り込みながら児珠に手を振り続けた。


 


 *




 児珠は遅れて商店街へと辿り着いた。

 「ああ〜っと・・・。て、店長・・・、明美・・・、そ、その・・・?」

 児珠はバツが悪そうに二人に言う。


 「児珠さん!児珠さん!」

 明美が慌てたように言う。


 「ど、どうしたんだよ?明美?」

 「商店街の会長さん宅が大変らしいんです」

 「な、何だよ?急に」

 「息子さんが行方不明らしいの・・・」

 美柑が店の奥から出て来て言う。


 「”息子さん”?って、誰だよ?」

 「刑部圭一26歳、独身。男性らしいですよ」

 明美は言う。

 「刑部って・・・」

 児珠は先ほど別れた男のことを思い出す。


 「えっ!?お、俺、さっきまでその男と一緒に居たぞ、多分・・・」

 「ほ、本当ですか?児珠さん?」

 「う、うん・・・。多分」

 児珠は頷いた。


 事情を聞かれた児珠は洗いざらいすべてのことを話した。

 間も無くしてすぐに商店街から数人の人手が捜索に出かけた。

 

 「無事だと良いですけど・・・」

 明美が心配そうに言う。

 「大丈夫さ」

 美柑が明美の背中をさすりつつ言う。


 児珠は商店街の数人と男と別れた場所へと向かった。

 児珠たちがたどり着くとそこにはもう男の姿は無かった。


 「どこに行ってしまったんだろう・・・」

 児珠は通りをグルリと見回した。


 「お〜い!見つかったらしい〜」

 商店街の数人は、それぞれの連絡網に安否の報告が入ったことを話し合った。


 「児珠くん、ありがとう。無事に保護されて居たよ」

 「そうですか。それは良かった」

 児珠は胸を撫で下ろす。


 「みなさんは、その刑部圭一さんってよくご存知なんですか?」

 「圭ちゃんか?そりゃあ、お前さん。商店街の人間ならよく知ってるだろう?」

 「ほら、会長の息子さんだよ。不動産屋」

 児珠は頷いた。


 「川に親父さんと来たことがあるって言ってたけど、二人は川が趣味なのか?」

 「ああ、以前、ここで妹さんを亡くしたことがあるんだよ。圭ちゃんは」

 「そ、そうだったんすか・・・」

 「そう。それ以来、よく川で見かけることが多くなったな」

 「ああ。そうだな」

 男たちは頷きあう。

 

 (妹さんか・・・)

 児珠は明美のことを思って居た。




 *




 商店街に戻ると八百屋に商店街の会長である刑部が店の奥の座敷で児珠の帰りを待って居た。

 「おう!八百屋の若いの。え〜と。名前は何だったっけ?」

 「児珠」

 「おう!児珠くんね。失敬、失敬」

 会長は笑う。

 

 「おっさん、息子さんは?」

 「おう、そうだ!圭一の件、礼を言う」

 会長は立ち上がり児珠の手を握ると頭を下げる。

 「助かった。恩に切る」

 児珠は冷静に言う。


 「うまく行ってないのか?商売?」

 「な、なんの話だ・・・?」

 「息子さんが心配してたぞ。親父さんは、誤解されやすいってさ」

 「け、圭一の奴・・・。そ、そんなことを・・・」

 「家族にまで心配かけるようなことしてるのかよ?おっさんは?」

 「うう・・・。むむむ・・・」

 会長は返答に喉を詰まらせる。


 「俺たちにはよく分からないけどさ・・・」

 児珠は言う。

 

 「でも、あんま心配かけるなよ」

 「う、うるさいぞ・・・。こ、小僧・・・」

 刑部は苦しそうに答える。

 

 児珠は刑部の様子を見ると口を閉ざした。


 「お茶でも飲みなさい」

 美柑が刑部にお茶を差し出す。

 「美柑さん、いつもすまない・・・」

 会長は頭を下げた。


 「不動産も大変だろう〜?このご時世じゃねえ・・・」

 「うちだけが大変って訳じゃ無いでしょう・・・。八百屋も花屋も魚屋も・・・。商店街はいつでも渦中にある・・・」

 「そんなに大変?商売って?」

 「どうかねえ・・・。そうだねえ・・・」

 美柑は答える。


 「どこまで行ってもキリが無いのさ、児珠くん・・・」

 「キリ?」

 「ああ、そうさねえ〜」

 美柑は湯呑みを手にして言う。


 「どこまで行ってもピラミッドの頂点は見えず。だから、ほんの少しでも甘い蜜を吸いたくなる・・・。どうせトップに立てないのら、せめて、そこで美味い蜜をね・・・」

 会長は言う。


 「それでマーラに吸い取られた訳か・・・」

 「吸い取られる・・・?何を・・・?」

 「気づいてないの?おっさん?」

 「何をだ?小僧・・・?」

 刑部は児珠を見つめる。


 「マーラは人の悲しみが大好きなんだぜ?」

 「悲しみ・・・?」

 「そう、悲しみ。その為なら手段を選ばずだ・・・」

 児珠は過去世からずっと見通すような瞳で言う。


 「わ、ワシが悲しいとでも言いたいのかい?」

 「さあな。でも、蜜が欲しいなんて悲しく無いのか?」

 「お前だって甘〜い蜜を差し出されたら欲しかろう?」

 「そうかなあ〜?」

 児珠は首を傾げる。


 「小僧はまだ、家族を持って居ないから分からないんだろう?家族を持ち、社員を持ち・・・」

 刑部は遠くを見つめて言う。


 「言ってて空しくなったか?」

 「はっ?」

 刑部は児珠に視線を落とした。


 「いまのおっさん、遠くを見つめて居たぜ?」

 「そんな風に見えたか?」

 「ああ、そうだな」

 児珠は刑部を見上げる。


 刑部は児珠の両眼をじっと見つめると視線をパッと放した。


 「と、ともかくだ。今日は倅が世話になった。礼を言う」

 刑部は改めて頭を下げる。


 「これ、持って行きなさい」

 美柑は陳列台からバナナを一房取り出した。

 

 「これは、どうもありがとう」

 会長はバナナを受け取った。

 「圭ちゃんにも顔を見せにおいでって、伝えてくれるかい?」

 「ああ。また伝えるよ。改めて礼に来させるから」

 「礼はもう良いけどさ。待ってるから」

 美柑は答える。

 

 刑部が去ってから児珠は美柑に聞いた。

 「なあ・・・。妹さんが川で亡くなったって、どう言うことだ・・・?」

 「ああ、圭ちゃんの双子の妹さんだね・・・」

 「双子だったのか・・・?」

 「そうねえ・・・。可愛い子だったよ・・・」

 「どうして川だったんだよ?」

 「そうだねえ・・・」

 美柑は思い出したように言う。


 「二人が川に行く理由なんて他には何も無かった筈なんだよねえ・・・。ただ、どうしてもあの時、兄妹は、川へと行った。誰も帰れなくなると思って川へと行く者は居ないんだからねえ・・・。どちらが先に言い出したとしても悔いが残るだろうねえ・・・」

 「そうか・・・」


 児珠は、”悔いが残る・・・”と言う美柑の言葉に悲しみを思い出した。

 (俺だってそうだ・・・。俺たちもそう・・・。だから、こそ、いまは・・・)


 児珠は前を向くとバナナが一房分だけ空いたスペースに、新しいバナナを加え整えた。

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