第17話 好きなもの

○好きなもの


 明美は昨日から明日にかけて3連休を貰っていた。児珠が八百屋で働くようになってからは明美も休みを貰い易くなっていた。


 今日は、明美は古い観光地に来て居た。そこでは、伝統工芸品を扱う店がいくつか並んで建っていた。明美は、その中でも木彫りのアクセサリーを好んでよくここまで足を運んだ。


 「児珠さんと店長に何かお土産を買いたいなあ・・・」


 明美は二人が何が好きそうかを考えようとした。


 (店長は髪飾りがいいかなあ・・・?)


 (児珠さんは・・・)


 明美は児珠のことを考え始めると、そう言えば彼のことを何も知らないことに気づいた。


 「そう言えば児珠さんって・・・。どこから来て、どうして教会堂に住んで居て、何をして来た人とか、ご家族とか、全然知らないんだ・・・」


 明美は工芸品を手に取りながら児珠について考えた。


 (だれに聞いたらよく分かるんだろう・・・)


 明美は児珠のことをよく知って居そうな人たちを思い出そうとする。


 「天使さんたちかなあ・・・?」


 (児珠さんのことは後で教会堂に行って聞いてみよう・・・)


 明美は、そう考えると美柑へのお土産を包んでもらった。



 

 *




 明美は観光地からの帰り道に教会堂へと寄る。

 教会堂の時計塔は3時を示していた。


 明美は入り口のドアを開けると静かに礼拝堂へと歩み入った。


 「こんにちは〜」


 明美はキョロキョロとしながら小声で挨拶をする。


 (勝手に入っても良いのかなあ・・・?)


 明美は静かにドアを閉めるとゆっくりと祭壇へと近づいた。


 「わあ〜」


 明美が祭壇を見上げるとドーム上の天井からステンドグラスを通した光が射し込んで来た。


 「きれい〜」


 明美は口を開けてドームの光に見入って居た。


 いくらかの時間が過ぎて、明美はハッと我に帰る。

 

 「そ、そうだった・・・。児珠さんのことを知りたいんだった・・・」


 明美は祭壇の前で膝を着くと手を合わせ組んで祈りのポーズを取った。


 「え、え〜と・・・。もしもし神様?」

 明美は、祈ったことの無い自分でも通じるのだろうか?と恥ずかしがる。


 「も、もしも、よろしければ・・・。児珠さんのことを教えてください。神様なら何でもお知りになるでしょうから・・・」


 明美は目を閉じて祈った。


 明美が祈りを捧げても祭壇には何も起こらなかった。


 (や、やっぱり・・・。勝手なお願いだと神様も困っちゃうわよね・・・)


 明美は、フフッと自笑して立ちあがろうとする。


 ”何か用かの〜?”


 明美は、声が聞こえたような気がして足を止めた。


 ”お前さん?何用じゃ?”


 明美はこれが空耳では無いことを確かめようとする。


 「あ、あのう〜。も、もしかして、教会堂の・・・か、神様でしょうか・・・?」


 ”いかにも。ワシじゃがの〜”


 明美は驚いて足を震わせる。


 ”そんなにビクビクせんでも。獲って喰ったりせんわい”


 神は笑う。


 「あ、あのう・・・?」


 ”何じゃ?”


 「児珠さんってご存知でしょうか?」


 ”児珠?とな?ここに住んでおる”


 「そ、そうです。その児珠さんです」

 明美は嬉しくなって声が弾んだ。


 ”奴に何か用か?それとも奴に何かされたのか?”


 「い、いいえ。決してそのようなことでは・・・」

 明美は首を大きく横に振る。


 ”では?何用か?”


 「児珠さんがお好きなものってご存知ですか?」


 ”お前さんじゃろう?”


 「えっ?あ、あの・・・。ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと聞き取れなくて・・・」

 明美は思わず聞き返した。


 ”うおっほん。ん〜と、じゃなあ〜。そうじゃのう〜。児珠が好きなものは・・・”

 (だから、お前さんだと言うとるのに・・・)

 神は黙る。


 「や、やっぱり神様でも分かりませんよね・・・」

 明美はうなだれた。


 ”そなた自身を知れ”


 「えっ?」


 ”汝自身を知れと申しておる”


 「は、はい・・・」


 明美は狐に抓まれたかのようになってポカ〜ンとする。


 (汝自身を知れ・・・か・・・)


 明美は立ち上がると祭壇に木彫りの箸を置いた。


 「神様にプレゼントしますね〜」


 そう言うと明美は礼拝堂を後にした。




  *




 明美は美柑にお土産を先に渡したくて商店街へと寄ることにした。


 「店長〜?」

 明美が大きな声で美柑に声をかける。


 「おや?明美ちゃん。どうしたの?」

 美柑が嬉しそうに店の奥から出て来る。

 「これを。店長に・・・」

 明美は木彫りの髪飾りを手渡した。


 「まあ〜。キレイね〜。ありがとう。明美ちゃん」

 美柑は陽の光に照らして木彫りの艶を楽しんだ。


 「店長?児珠さんは?」

 「ああ、坊やはいまおつかいに出てるよ」

 「お使いですか?」

 「ああ。今日は天使さんたちはお留守らしいんで。近くの医院までね。カゴの配達さ」

 「じゃあ、いまは店番は店長一人ですか?」

 「ああ、いつものことさ。これまではずっとそうだったんだからねえ」

 美柑はウィンクをして見せる。


 明美は児珠が戻って来るまで店番を手伝った。


 「あれ?明美じゃん?どうしたんだよ?せっかくの休みだろう?楽しんで来いよ」

 「児珠さん。お疲れ様です」

 「おう。別に疲れてはないけどな〜」

 児珠はケタケタと笑う。


 「児珠さんが好きなものを知りたくて、ずっと考えて居たんです・・・」

 「はあっ?俺が好きなもの〜?」

 (そ、それって、俺が明美を好きだってことかあ?も、もう、バレちゃってるのか?俺・・・)

 児珠は焦りを隠せずに居る。


 「お土産に何かを・・・と思って、児珠さんのことを考えて居たんですけど。何も思いつかなくて・・・」

 「唐揚げとかでいいぞ」

 「か、唐揚げですか?」

 「おう。明美が作ってくれた料理は全部、美味かった」

 「そ、そう言うことでしたら・・・」

 明美は呆気ない解答に右往左往する。


 「坊やが好きなものを知りたいんだろう?明美ちゃんは?」

 美柑が助け船を出した。

 「そ、そうです・・・。店長・・・」

 明美は頷く。


 児珠は二人の会話を聞いて、あることを思いつく。

 「俺が好きなものってさあ・・・」

 「は、はい」

 「モノによるけど?」

 「も、モノですか?」

 「そう」

 (人ならお前だろう?明美・・・)

 

 明美は児珠に何を聞きたいのかを逡巡する。


 「え、え〜と・・・。児珠さん?」

 「何だよ?」

 「好きな食べ物は?」

 「カレーだろ」

 「好きな色は?」

 「青だろ」


 「好きな人は?」

 「好きな人は〜って、おい!何言わせるんだよ?」

 「坊やがハッキリしないから明美ちゃんが困るんだろう〜?」

 美柑は素知らぬ顔をして言う。

 「シーッ!」

 児珠は口に指を当てて美柑に黙るように促す。


 「児珠さん?」

 明美はキョトンとした目で児珠たちを見つめる。

 「俺が好きなものはさ、後でレポートにして渡すから、それで良いだろう?」

 「レ、レポートですか?」

 明美はクスクスと笑う。

 「可笑しいか?」

 「いいえ」

 明美は笑いながら首を横に振った。


 「そろそろお帰り、明美ちゃん」

 「おう。せっかくの休みなんだし。わざわざ職場で時間を使うなって。それとも俺たちに会いたくなったのか〜?」

 児珠は揶揄うように言う。


 「べ、別に・・・そ、そういうわけでは・・・」

 明美は顔を赤くして後ろへと退く。

 「そこまで送って行ってやろうか?」

 「だ、大丈夫です・・・」

 明美は恥ずかしがって後ろを向いた。

 

 (なんだあ?明美の奴・・・)


 児珠は明美の様子を不思議そうに見つめた。


 「坊やはまだまだだねえ〜」

 美柑はそっと笑った。

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