第16話 栗
○栗
商店街に続く大通りに黒塗りの高級車が停まる。
「どうぞ。こちらへ」
商店街の会長を先頭にしてその取り巻きたちが出迎える。
「さあさ。こちらへ〜」
商店街の会長の猫撫で声が通りに響く。
現在の商店街の会長は不動産屋を営む男だった。名前は刑部(おさべ)と言う。
刑部は幾人かの社員を連れて大手デベロッパーの会頭を出迎えた。
会頭の名前は実菅(さねすげ)と言った。主に商業施設の開発を得意分野として居た。
刑部は頭を低くして実菅を道々誘導して行く。
「さあさあ。足元お気をつけて」
実菅は刑部を無視して、周囲を見回しつつゆったりと歩いた。
(ふ〜ん・・・。いまでもこんな商店街が残って居たのか・・・)
実菅は古いタイプの商店街に開発の見込みを概算する。
(後は、住民の雰囲気か・・・)
刑部は商店街に入ると一軒、一軒、店の主人を呼び出した。
「うお〜い!魚屋〜。カネちゃん居るか〜?」
魚屋の主人は包平(かねひら)と言った。
「なんだよ?会長?今日は寄り合いの日じゃないだろう?」
「おう。居た居たカネちゃん。いやさ。いま商店街の視察をして居てさ」
「視察〜?なんだよ、そりゃ?」
「あれ?まだ聞いてないのかい?再開発の話・・・」
刑部は、まさかと言う顔をする。
「聞いているもんか!馬鹿タレ!」
包平は”プイッ”と顔を背けると店の奥へと引っ込んだ。
「あれれ・・・」
刑部は頭を掻くと、”エヘヘ〜”と愛想笑いを見せて実菅に言う。
「愛想が無くてすみません・・・。うちの商店街の奴らって、みんな大体こんな感じで・・・。職人気質って言うんでしょうか・・・。硬いんっすよねえ・・・」
実菅は興味が無いと言わんばかりに刑部の愛想を無視した。
そこに突然、マーラが姿を現した。
「これは、これは、先生」
実菅はマーラに頭を下げた。
「これは、これは、会頭さん。奇遇ですねえ」
「先生は?なぜ?こちらへ?」
「フフフ。私が商店街に居ては可笑しいですか?」
「いえいえ。滅相も無いことです。ただ、お珍しいことかなと思いましたもので・・・」
実菅は恐縮して言う。
「ここは、いま、お勧めの案件なんですよ。会頭さん」
マーラが言う。
「ほう。そのようですな」
会頭は相槌を打つように笑う。
「お知り合いでしたか?」
刑部は二人の会話に割って入った。
「おや?会長さん。ごきげんよう」
「こ、これはまた。マーラさん。ご機嫌いかがでしたか?」
「フフフ。会長さんも気が早いですねえ〜」
マーラは言う。
「いえ。マーラさんに実菅様をご紹介頂いて、私共、すぐにご挨拶に伺わせていただきましたところで・・・」
「そう。それは何より」
マーラは実菅を誘って商店街を歩き出した。
「ねえ?会頭さん?パッと見てあなたはどう感じたのかしら?この商店街、お金になりそう?」
マーラは”フフフ”と笑いながら言う。
「どうでしょう・・・。あまりに古く・・・。良くて総立退ですな・・・。もちろん、跡形も無く」
「まあ。そうなるでしょうね。古きものは去って、名残も残すことなく新しいものが据え変わる。それで良いでしょう?」
「問題は、住民の意識ですがね・・・」
実菅はあまり乗り気な様子を見せない。
「まあ。いまのところは誰もこの話に乗り気では無いでしょうねえ〜」
「マーラ先生は、どうしてここを?」
「ククク。因縁ですかねえ〜」
「因縁?」
「そう。因縁」
「商店街に何かお有りでしたか?」
「と言うよりも、そこに関わる人間たち・・・でしょうか?」
マーラは笑う。
実菅は商店街を端から端まで歩くと、車を近くに回して乗り込んだ。
「ああっ〜!お、お帰りですか〜っ!?」
刑部と若い者たちは急いで商店街の中を走って来る。
「出せ」
実菅は運転手にそう言うと刑部たちを待たずに車を出させた。
「はあっ。はあっ。行ってしまわれた・・・」
刑部はガクリと肩を落とすと膝に手を付いて息を荒げる。
「はあっ・・・はあっ・・・」
マーラは刑部の肩に手を置いて言う。
「まあ。急がないことですよ、会長さん。物事には時期と言うものがあるのです。それを見極めましょう、ね?」
刑部は顔を上げると、黙って首を振った。
(お、俺は、そ、そんなに待てねえぞ・・・)
マーラは刑部のその様子を見るとニヤリと笑った。
(フフフ。欲に目がくらんだ人間は自ら闇へと足を運ぼうとして良いですね〜。実にやりやすい・・・)
*
実菅の訪問の話題はあっという間に商店街中に広まった。
「会長もマジらしいぞ〜」
「あの会長と大手と一体どんなつながりなんだ?」
「不動産屋同士仲良しってか?」
「俺たち居場所が無くなるのかあ〜?」
「いや、まだ決まっちゃいないだろう・・・」
商店街の中は噂と憶測で持ちきりだった。
児珠はそんな商店街の様子に気を取られながらも八百屋の店番に精を出した。
「いらっしゃい、いらっしゃ〜い」
児珠は通りを行く人たちに声をかけ続ける。
「どうも」
マーラが八百屋に顔を出した。
「何だ、お前かよ〜」
児珠は、やる気が抜けたように声を出す。
「兄様はいつも冷たい・・・」
マーラは寂しそうに言って見せる。
「お前なあ〜。俺は、いま、児珠だって言ってるだろうがあ〜」
児珠はマーラに剣を振った。
「おや?龍の爪ですか?お珍しい」
「お前たちには珍しくもないだろう?」
「そんなことはありませんよ。龍たちは魔に属しません。高貴なる者たちですから」
「ふ〜ん。接点無かったんだな?」
「有るような・・・。無いような・・・」
(どっちだよ・・・)
児珠は苦笑する。
「それで?何しに来たんだよ?客として来たなら、何か買って行けよな?」
「八百屋さんの今日のお勧めは?」
「はあ?今日かあ〜。今日はな、秋だから栗だな。お前、栗って食べるのかよ?」
「マロンですか?ケーキに入っているのを食べますが」
「そもそもお前たちってさ、”物”を喰う生き物じゃなかったよなあ?」
「フフフ。そうとも限りませんよ」
「ばあ〜か。エネルギーだろう?負のエネルギー。それを生き物たちから吸い取って生きてる。そうだろう?」
「ええ。メインディッシュにはそうですが・・・」
「デザートまであるのかよ?」
「フフフ。もちろんです」
マーラは笑う。
「それで、悲しいエネルギーはわんさか採れそうか?この商店街から」
「さあ、どうでしょうねえ〜?」
マーラは”ククク”っと笑う。
「だって、児珠さんは、思う通りにはさせてくれそうに無いですし。天使たち、その上、龍とまで来たら、さすがのわたしも手の出しようが・・・」
「そのためにお前たちは人間の心を利用するんだろうが?」
「相変わらず人聞きのお悪い。ククク」
「まあ、いいさ。お前たちがその気なら、俺だって俺なりにやるさ」
「お互いにお手並み拝見ですね?」
「手の内、バレバレだろう?特にお前には」
児珠はマーラを見据えて言う。
「わたしも時代とともに進化しますよ。児珠さん」
マーラは八百屋に背を向けると何も買わずに立ち去った。
(おーい・・・。何も買わずに行きやがった・・・)
児珠は手に取った栗を元の位置に戻した。
「それにしても暇だなあ・・・」
児珠はこの商店街から人々が去り、閑散として行くイメージを描いた。
(人が居なくなる作戦かあ・・・)
児珠はマーラが残した残像を読み取って、マーラの企みを知る。
(噂の類はアイツのオハコだもんなあ・・・)
児珠はこの戦はマーラたちによる情報戦になると見た。
(人の噂も75日・・・。持久戦か、耐久戦か・・・。その前に痺れを切らして誰かが何かを起こすかだな・・・)
児珠は栗を手にしながら行き交う人の流れを見続けた。
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