第14話 沢
○沢
児珠は朝早くに沢まで登っていた。
「お〜い。お前ら〜。居るのか〜?」
サワサワサワ
サワサワサワ
「クスクス」
「フフフ」
辺りから笑い声だけが聞こえて来る。
「お〜い。居るならちゃんと返事してくれよ〜」
児珠は拗ねたように言う。
「クスクスクス」
「何の用だよ〜?ガキンチョ〜?」
「キャハハハハ。ガキンチョ〜」
精霊たちがハシャイデいる。児珠はそれらの揶揄いを無視して言う。
「なあ?龍の爪をもらったんだけどさ、剣にしたいんだよ。柄の部分はどう作ると良いんだ?」
先ほどまでザワついて居た精霊たちは一堂にして静まる。
「何だよガキンチョ〜」
「いや、俺、いまは、児珠な。名前」
「児珠?」
「そうだよ。俺は、児珠なの。いまの名前」
「児珠。児珠。児珠・・・」
「おっ。名前、気に入ってくれたみたいだな?」
「児珠。児珠。児珠。ウフフフフ」
精霊たちは笑い合う。
「盛り上がったところで悪いんだけどさあ〜。俺の話も聞いてくれる?」
「何だよ?児珠〜。ウフフフフ」
「ん?だ、だから、さあ〜」
「龍の爪で剣にしたいんだろう?」
「おう。そうだ。話が分かるじゃんか?」
「それなら俺たちが作ってやるよ〜」
「やるよ〜」
「やるよ〜」
「やるよ〜」
「お、おい。おい。どこまで木霊すつもりだよお前たちは?」
「キャハハハハ」
「ウフフフフ」
精霊たちははしゃぐ。
「まあ。貸してみなって」
精霊たちはそう言うと児珠が握って居た龍の爪を手の平から浮かび上がらせた。
フワ〜リ〜
フ〜ワリ〜
龍の爪は宙をツツーッと滑るように行くと、沢の水の上に浮かんだ。
「どうするんだよ?それ?」
「葦に巻きつけるのさ」
「葦に?」
「そうだ。葦だ」
「葦ってあれだろ?水辺にあって浄化してくれる植物だよな?」
「そうだ」
「お前たちもしかしてそれ、龍の爪と合わせて、水の浄化を司る剣にするつもりなのかよ?」
「他にどんな使い道があるんだ?児珠〜?」
「えっ?いや〜。何の考えも無かったけどさ・・・」
「龍もよろこぶ」
「よろこぶ〜♪」
(まあ。いいか・・・。正樹と決闘って言ってもさ・・・。戦うわけじゃ無かったし・・・。俺は受け身で受けるだけだしさ・・・)
児珠は、諦めた顔で笑う。
沢の精霊たちが剣を仕上げると、それは、タクトのような細くしなやかな剣となった。
「ほら。出来たぞ。児珠〜」
沢の精霊たちは喜んで、そのタクトを宙に舞わせた。
新しい剣は宙を舞って、光の粒を水上に舞いき散らして行く。
水上に舞い落ちた光の粒は、音符のように音を弾かせて、さざなみのメロディーを奏でた。
サラサラララ〜♪
サラララ〜♪
「おお〜。良い音だな〜」
児珠は岩場に座って足を投げ出した。
「児珠も踊れよ〜」
精霊たちは誘う。
「う〜ん。俺もかあ〜」
児珠は岩場から水に下りると、タクトのような剣を手にして過去世で憶えた水上の舞を披露した。
タタタンタッタンッタタン♪
ピシャン♪ピシャン♪パシャン♪
児珠は水飛沫を渦のように舞わせると自身はその中心で高く舞った。
タタンッ!
児珠が動きを止めると、水飛沫は一気に沢に降り注いだ。
ザザ〜ンッ!
沢に水滴が舞い上がると精霊たちは歓声を上げた。
「キャハハッハ」
「ワハハッハハ」
静まった水辺から一匹のカエルが姿を現した。
「ゲコゲコ」
「なんだよ?タニグクかよ?どうしたんだよ?こんなところまで」
「ゲコゲコ」
「カエルの鳴き真似するなって」
「おい。小僧」
(また小僧呼びかよ・・・)
児珠は苦笑する。
「ハイハイ。何でございましょう?」
「お前、仕事はいいのか?」
「えっ?仕事?」
「時間だ。時間」
「えっ?時間って・・・?」
「お前、時刻が分からないのか?」
「いや、だって、俺・・・。時計なんて持ってないし・・・」
「バカ者!それでお前は人間何回目なんじゃ?よくそれで人間生活を送れておるワイ」
「いやいや・・・。時間に厳しいカエル殿もなかなかだと思うぞ」
児珠は乾いた笑いを見せる。
「いまはもう8時じゃぞ」
「えっ?マジかよ。もうそんなに時間が経ってた?」
「キャハハッハ」
「遅刻〜」
「遅刻〜」
「遅刻〜」
(ち、遅刻なんて・・・そ、そんな概念・・・・。どこで憶えるんだよ精霊たちまで・・・)
児珠は慌てて沢を下りようとする。
「タニクグのおっさんも精霊たちも今日はありがとうな〜」
「遅刻〜」
「遅刻〜」
「遅刻〜」
精霊たちは”遅刻〜”と言う言葉を木霊する。
「いや、まだ俺、遅刻って決まったわけじゃねえし・・・。それよりお前ら、また必ず礼はするからな〜。ありがとさ〜ん」
児珠は両手を振って精霊たちに別れを告げた。
*
「ぜえ、ぜえ。はあ、はあ」
児珠は全力で沢を下り切った。
(こ、ここから商店街まで・・・。あ〜。あと、どれくらいだ・・・?)
児珠は街中で見ることが出来る時計をチラチラと見ながら走り続ける。
ようやく商店街の入り口までたどり着くと、何やら様子が可笑しいことに気づいた。
(何かあったのか?)
児珠は早速、商店街の入り口にある花屋の沙織に話しかけた。
「おはようございます」
「あら。児珠ちゃん。おはよう〜」
「な、何かあったんすか?」
「ああ、あれね〜。数年ごとによく持ち上がる話でね・・・」
「?」
「地上げ?って言うの?再開発の話・・・」
「何っすか?再開発って?」
「ほら〜。よくあるじゃない?街の区画を一手に買い占めて、大型施設に建て替えちゃうみたいな・・・。この商店街もねえ、そういう話がチラホラ出るのよ。まあ、恒例行事みたいな?」
「それにしても妙ですよね?」
「そう?私はもう慣れちゃったから」
沙織はケタケタと笑う。
児珠は沙織と別れると八百屋まで急いだ。
「おはようございまっす」
児珠はセーフをアピールする。
「坊や、まあ、遅刻か、どうか。迷うところだね〜」
美柑は明るく言う。
「児珠さん。おはようございます」
明美は嬉しそうに笑いかけた。
児珠は明美の笑顔を見ると、それまでの憂いもキレイさっぱりと忘れてしまう。
「児珠さん、聞きました?」
「えっ?何が?」
「再開発じゃよ。坊や」
「ああ。さっき、チラッとね」
児珠はコクリと頷いた。
「私もここは長いけどね〜」
美柑は言う。
「こう言う話はチョクチョクあってねえ〜」
美柑は手慣れた様子で話し出す。
「昔はもっと酷かったものさ。何せ、やれ立退だの。やれ金をやるからだのってね〜」
「そんなに酷かったんですか?」
「まあ、今よりは、勢いがあったかもねえ〜」
「でも、そうならなかったんだろう?」
「何故か、そう言う時に限って”神風”が吹いたのさ」
「”神風”?」
「そうさ。私たちはそう呼び合ってたんだよ」
「う〜ん・・・。何だかなあ・・・」
児珠は思い当たるような、思い当たらないような節がして煮え切らない。
「今度の話は何がきっかけだったんですか?」
「なんでもねえ〜。商店街の会長がね、占いで言われたんだってさ」
「う、占い〜!?」
児珠は思い当たる節が大アリで、身を乗り出した。
「何でも、今年は金運が絶好調で。この商店街そのものが金のなる木。大山になるんだって占い師が言うんだそうな」
「へえ〜」
明美は感心したように言う。
「ここが大山になれば商店街の人間全員に福が行き渡るからって会長が大張り切りでね〜」
「でも、それって、開発する大手が来るってことだろう?」
「そりゃあ、まあ。そうだろうねえ・・・」
美柑は言う。
児珠は、この展開はどうも怪しいと腕を組む。
(マーラの奴・・・。また、人間どもを拐かしてやがるな・・・)
明美は、美柑の話を聞き終わらないうちに店の準備に取り掛かった。
「フフンフフンフ〜ン♪」
明美は楽しそうに支度を進めて行く。
児珠はおそらく近いうちにマーラがその大手のボスとやらを引き連れて姿を現すだろうと見越した。
(今度は好きにはさせないからな・・・。マーラ・・・。そして、おそらく、前世では強国の長だったアイツらだな・・・)
児珠は、明美の心地よい鼻歌を聴きながら、生憎の役者たちが揃う日が来ることに身構えた。
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