第13話 前世
○前世
明美と児珠は水音を追って境内の裏手へと出た。
「あちらから聴こえませんか?」
明美は手の平で音を集めるようにして、耳に手を当てて言う。
「ああ。確かにこっちだな?」
児珠は明美が指す方向へと道を進んだ。
二人が歩き進んで行くとやがて道は無くなり、獣道のようになった。
「まだ行くのか?」
児珠が明美に聞き返す。
「い、行ってみたいです・・・」
「俺は、良いけど・・・。じゃあ、無理はするなよ?明美」
「は、はい」
明美は震えながら頷いた。
道とは言えない道を二人は歩く。
道は登り坂になって、枯れ木や小石がそこいらに散らばる。
パキッ
パキッ
二人が歩く度に小枝が割れる音が響く。
「大丈夫か?明美?」
児珠が止まって明美の手を引く。
「児珠さん。ありがとうございます」
明美は児珠の手を握り返した。
二人は手を繋いだまま黙って山道を登る。
行く先には木々や葉、石や土ばかりが見えている。
「こっちで良いのかなあ・・・?」
児珠は時折、耳に手を当てて水音に耳を澄ませた。
”ザーザーザー”
少しずつ水音が大きくなる音がする。
児珠は明美と頷き合って水音の方向へと近づいて行く。
「あっ!」
「おう?どうした明美?」
「ほ、ほら。目の前を・・・」
「おお!」
先ほどまでは居なかったはずのクロアゲハ蝶が二人の前をヒラヒラと飛んで行く。
「道案内してくれるみたいだな?」
「は、はい・・・」
児珠と明美は蝶が飛んで行く方へと歩んだ。
”ザーザザー ザーザザザー”
水音が強くなり飛沫の音まで聞こえそうだった。
クロアゲハ蝶は水の音へと消えて行く。
「ああっ!」
児珠が見上げるとそこには大きな滝が見えた。
滝の奥には空洞が見え、どうやら洞窟が奥に広がるようだった。
「わあ〜!」
明美は滝を見上げた。
小高くなった山間から小川の水が流れ落ちて来るようなそれは、水飛沫を上げて、とても美しかった。
「きれいですね〜」
明美は、ただ、じっと見つめて言う。
児珠はポケットに入っていた龍の爪の破片を取り出した。
「それは?なんですか?」
「ああ。これか?まあ、おまじないかな?」
児珠は笑うと龍の爪を翳して滝を見た。
そうして翳して見ると、爪はきらりと光った。
「ここの洞窟は、悪いところじゃ無さそうだぞ。中に入って見るか?」
「はい・・・」
明美は不思議そうに児珠について歩いた。
洞窟に入って見るとそこには底から光り輝くような水が池のようになって溜まって居た。
「奥には入れないようだな・・・」
児珠は言う。
「ここから見ているだけでも充分ですよ。児珠さん」
明美は言う。
「明美が来たかったのは、ここか?」
「ここかどうかは分かりませんが、水が溜まる場所と言うのはそうだったと思います・・・」
「それって、気を失ったことと関係があるのか?」
「そうかもしれませんし・・・。そうではないのかもしれません・・・」
明美は俯く。
「洞窟と言えばさ・・・」
「えっ?」
水飛沫で聞こえなかった明美は児珠に聞き返した。
「ああ、いや。何でもないんだ。こっちの話・・・」
児珠は誤魔化す。
(洞窟の中で長剣を翳して、舞を待ったんだよな俺たち。あれが、俺と前世の明美との最期だったなあ・・・)
児珠は池のように溜まった水に向き合うようにしてしゃがみ込んだ。
明美は少し離れたところから児珠の様子を見て居た。
(児珠さん、何を言おうとしたんだろう・・・?)
明美は、児珠に聞いてみようか迷う。
明美が迷っていると児珠が振り返って言う。
「そろそろ帰ろうぜ?」
明美は、焦って、しどろもどろに答える。
「は、は、は、は・・・い・・・」
児珠は、
「?」
と首を傾げた。
*
二人は無事にバス停まで戻って来た。
二人がバス停に着くとちょうどバスが来たところだった。
「結構、遅くなっちまうけど大丈夫か?明美」
「はい。児珠さんも?大丈夫ですか?」
「俺は、平気だろ?一人だし」
児珠は笑う。
「ねえ、児珠さん?」
二人は最後列に並んで座って話した。
「ん〜?」
「洞窟で言おうとしたことって何ですか?」
「洞窟〜?何だっけ?」
「ほ、ほら。何でもないって・・・途中で言うのをやめたことがありましたよね?」
「ああ・・・。あったかな・・・、そう言うの?」
「ありましたよ。気になって居たんですから・・・」
「そ、そうかあ〜?」
「はい・・・」
明美は児珠をじっと覗き込んだ
「明美はさあ?前世って信じる?」
「前世ですか・・・?」
「そう。むかし、むかしは、こうでした〜みたいな奴」
「え、えっと・・・。あまりにもかけ離れたことでなければ恐らくは・・・」
「じゃあ、さ。俺と明美が許嫁とかだったらどうする?」
「い、許嫁・・・ですか・・・?」
「うん。じゃあ、兄と妹とかだったら?」
「え、え〜と・・・」
明美は目をパチパチさせて児珠を見つめる。
「現実感が無いよな?」
「そ、そうですね・・・。はい・・・」
「前世って、そんな感じ。だから、何でも無いって言ったんだぜ、俺」
「そ、そう言うことでしたか・・・。わ、わたしはてっきり・・・」
「てっきり、なんだよ?」
「水の舞を見せてもらえるのかと・・・?」
「水の舞?何だよ、それ?」
明美は、夢で見る場面を話し始めた。
飛和と呼ばれる青年は、青く光る洞窟の中で白装束に身を包み長刀を前に座る。
洞窟には月明かりが差し込み、洞窟の内部に溜まる水がそれを反射した。
飛和は立ち上がると岩場で舞を踊り始めた。
飛和が舞うと長刀は鞘を抜け出し、宙に浮き始めた。
飛和は長刀を誘うように水の上へと舞いの矛先を向ける。
長刀は舞に誘われて池のように溜まった水の真ん中で宙に止まった。
飛和は岩場から水中へと飛び込んで行く。
飛和が水中で舞を始めると水の中の光が柱となって水の上に昇った。
長刀はその光に導かれて水の中から溢れ出す光をその刀身に溜め込んで行く・・・。
飛和が舞う。
水が煌めき水中が光り輝く。
水上に伸びる光の柱は長刀の刀身と乱反射を繰り返し渦のようになって光り輝く。
それは、永遠に続くかと思わせるような水と光の演舞だった。
長刀が静かに鞘に収まると、光も消えて洞窟はキーンっと静まった。
池の中から飛和が浮かんで来る。
その姿はまるで水死体のようで、飛和の体は浮かんだまま静止した。
夢を見ている明美は、青年が死んでしまったのでは無いかと池に飛び込もうとする・・・。
そこでいつも目が覚めるのだった・・・。
児珠は黙って明美の話を聞いて居た。
「・・・と、こんな夢を見るんです・・・」
「へえ〜。それで、あの時、長刀を見て明美は・・・」
「は、はい」
明美は頷いた。
「長刀は、わたしの夢にもよく出て来ていて・・・」
「長刀が何者かも知りたいのか?」
「は、はい・・・。でも、いまはそれよりも・・・」
「それよりも?」
「あの青年のことが知りたいです・・・」
「その舞の青年?」
「そ、そうです・・・」
明美は下を向いて頷いた。
児珠はバスの天井を見上げる。
(明美の奴、どこまで思い出すんだろうな・・・)
児珠は、明美の肩にそっと触れる。
明美は児珠の手にそっと手を重ねた。
「明美さあ・・・。知りたいのはそれだけか?それだけが知りたいのか?」
「え・・・?」
「いや、さあ・・・。他にもあるのかなって。知りたいことがさ・・・」
「えっと・・・」
明美はまた下を向いてしまう。
「まだ、分かりそうに無いか・・・」
児珠はボソッと独り言のように言う。
「?」
明美は児珠を見つめている。
「い、いやさ・・・。せっかく、いま俺たちこうして、ここに居るんだからさ」
「は、はい・・・」
「いまの俺たちを見て欲しいなって」
「いまのわたしたちですか?」
「そう。俺と明美。いま、こうしてここに居る」
「は、はい・・・」
「どうしても過去が知りたいのか?」
「え、えっと・・・。気になってしまうと言うか・・・」
「誰かを悲しませた?」
「そ、そうかもしれません・・・。誰かをわたしは・・・」
「もしも、そうならさ。俺もそうだぜ、きっと」
「児珠さんもですか?」
「ああ。多分な」
児珠は笑って見せる。
「だからさ、過去で悩むときは、俺の所為にして良いぞ」
「こ、児珠さんのですか?」
「そう。俺」
明美は、戸惑いながらも、なぜだか嬉しくなって笑う。
「児珠さんって、たまに、変ですよね?」
「そうかあ〜?」
「だって、わたしの過去の話なのに・・・。児珠さんの所為にしろなんて・・・」
明美は笑う。
「ほら、笑えただろう?」
「えっ?」
「いま笑ったじゃんかよ?明美」
「あっ・・・」
明美は再び笑う。
「クスクスクス」
「ほらな?」
「はい。笑ってますね?わたし。フフ」
明美は児珠と向き合って笑った。
*
「ブッブー。プッシュウー」
商店街の入り口でバスは停まった。
明美と児珠は揃ってバスを降りた。
「家まで送らなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。商店街でお買い物をしているお姉ちゃんたちと合流することになっているので」
「そうか。じゃあ、気をつけて帰れよ」
「はい。児珠さんも」
「俺は良いんだよ。男だし」
児珠は拳を上げて見せる。
「児珠さん!」
明美が児珠を呼び止める。
「今日はありがとうございました」
明美は直角に腰を折り曲げて児珠に頭を下げた。
「明美〜?」
児珠が言う。
「は、はい」
明美は顔を上げて児珠を見つめた。
「明日もよろしくな」
「はい!」
明美は、その日一番の笑顔を児珠に見せた。
児珠はその笑顔を受け取って、大きく両手を振った。
「俺たちは、”いま”だからな〜。明日はもっと、今日よりもっと楽しめるんだぜ〜、俺たちは」
明美は高く手を振り上げて、歩いて去って行く児珠に手を振った。
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