第11話 無意識

○無意識


 朝焼けの頃、夜が白むと、児珠は川に向かって歩いて居た。昇る朝日を背に受けて川上へと児珠は歩いた。


 龍が遊びに来るエリアまで辿り着くと児珠は空に向かって言った。

 「お〜い。龍神たち〜。居るか〜?」


 児珠はしばらくそこで待つ。

 児珠が待っていると、それまで雲一つなかった空に一筋の雲の流れが現れた。

 「お主か?」

 上空から声が下りて来る。


 「俺、児珠って言ったろう?」

 「小僧だな?」

 「良かった。憶えてたんだな」

 「何用か?」


 「何か困ったことはあるか?」

 「以前にもそれを聞いたな?小僧」

 「そう言うこと。何かある?」

 

 「前にも言ったが何もない」

 「そうか。そりゃあ残念・・・」

 「小僧の方に頼み事があるのではないのか?」

 「頼み事ってほどでもないけどさ・・・」

 「なんだ?言ってみろ?」

 「龍の爪。生え替わってないか?カケラでいいんだ。もらえないかなって?」

 「爪か。何に使う?」

 「剣を作ろうかと思ってさ」

 「剣か?戦でも始めるのか?」

 「んなわけないじゃん。護身用」

 「ほほう。そんなに強い相手が現れたのか?」

 「ああ。もう。強い強い」

 児珠は”うんうん”と頷く。


 「よかろう。ちょうど剥がれかけたところがあった」

 「俺も手伝うか?」

 「いや、いい」


 龍は、そう言うと、岩の淵にカキーンっと爪の端を当てた。

 「パリーンッ」


 ガラスが割れるような音を響かせて龍の爪は剥がれた。

 「わずかだが人間の剣には使えるだろう」

 「ありがとうな。この借りは必ず返す」

 「ふふ」


 龍は川を昇り空に上がった。


 児珠は空を翔ける龍に手を振ると川を街へと下りた。


 

 *



 児珠は教会堂まで戻ると龍の爪を丁寧に削る。削ると言ってもタケノコの皮を剥ぐような仕組みだった。

 「この剣先に相応しい”柄”を探さないとなあ・・・」

 (昔は・・・って、今もか。エイの皮を使ってたみたいだけど・・・。エイは俺にとっては海友だからなあ・・・。沢に登って精霊たちに聞いてみるかなあ・・・)


 児珠は皮のように薄く剥いだ爪を丸く円筒にした。

 (凶器を作りたいわけじゃあ無いからな・・・)


 それでも元の爪の丸みのために円筒の先は円錐状になる。

 (先端が尖ると危ないからなあ・・・)


 児珠は先端をパキーンッと割り落とした。割り落とされた先端は空洞が見えるようになった。

 「これなら刺さらないな・・・」


 児珠は時計を見ると慌てて作業を止めた。

 (いっけね〜。また遅刻しちまうぞ、俺・・・)


 児珠は急足で商店街へと向かった。



 *



 商店街の入り口には花屋さんがあった。

 児珠はまずは花屋へと寄った。


 「おはようございま〜す」

 「あらあ〜、児珠くん。おはよう〜。今日はどうしたの?八百屋さんは?」

 「これから行くところで・・・。まだちょっと早いですけど、花を買っても良いですか?」

 「もちろんよ。誰にプレゼントかなあ〜?児珠くん?」

 「か、揶揄わないでよ〜。花屋のおばちゃん」

 「もう〜、児珠くんったら。オバチャンじゃなくて〜。名前で呼んでって言ったじゃな〜い」

 「さ、沙織さん?」

 「そう。花屋の沙織って私のことね。よろしく児珠くん」

 「は、はい・・・」

 (沙織さんって明美の姉ちゃんくらいの歳かなあ・・・)


 「それで?誰にあげるの?朝からお花なんて・・・」

 「店長と明美。後は、正樹かな・・・」

 「随分、身近ね・・・。明美ちゃんは分かるけど・・・」

 「感謝の花なんで・・・」

 「へえ〜。児珠くん、意外にピュアだったのね〜」

 「い、意外って・・・。俺、どんなキャラですか?沙織さん」

 「う〜ん。ヤンチャ坊主?」

 「花とか買いに来そうに無い?」

 「うん。そんな感じ。花より団子タイプね」

 沙織はキャハハと笑う。


 「団子の方がいいんっすかねえ〜」

 児珠は通りの真ん中にある団子屋を見つめる。

 「お団子屋さんは後にしなさいよ。まだあそこは準備中。児珠くん、ほら、お花を選んで。どれにするの?」

 「じゃあ、そのバラ。一本ずつください」

 「デコレーションは?要る?」

 「いや、男が買う花なんで。そのままで」

 「分かったわ。じゃあ、紙に包んであげるから。はい」

 「お代は、これで」

 「はい。確かに。児珠くん、ありがとうね〜」

 立ち去ろうとする児珠を捕まえて沙織は言う。

 「女の子を口説くなら、せめて花束にしなさいね」

 沙織はウィンクをして見せた。



 *



 「おはようございます」

 児珠は八百屋に着くと明美と店長に声をかけた。


 「おはようございます」

 「おや。坊や。おはよう」


 児珠は手にしていた花を一輪ずつ明美と店長に渡した。

 「これ、初めての給料からお礼。明美と店長に。後、残りの一輪は正樹にさ」


 「坊や。ありがとう〜。男の子にお花をもらうなんていつ以来だろうねえ〜」

 「じいさん以来とか?」

 「まあ、坊や。ダーリンのことはナ・イ・ショ」

 美柑はシーッと指を一本立てて口に当てて見せた。


 「児珠さん。ありがとう」

 明美はバラの花を鼻先に当てながら言う。

 「す〜っ。はあ〜っ。いい香り〜」

 明美は嬉しそうに笑った。


 「わたしは、初めてです」

 「ん?何が?」

 「お花を男性からもらったことです」

 「えっ?マジか・・・。俺で良かったのか・・・?俺からが初めてで」

 「フフ。良いか悪いかは分からないですけど、嬉しかったです」

 「そ、そうか・・・。なにか俺、複雑な気分・・・だな」

 「えっ?嬉しかったですよ。児珠さん」

 「う、うん・・・。お、俺も・・・」

 「どうしちゃったんですか?児珠さん?」

 「ああ、いや・・・。昨日、怒ってたじゃん明美・・・」

 「帰り際のことですか?」

 「う、うん・・・。そう・・・」

 「店長に事情を聞きましたから。店長へのプレゼントだったんですよね?」

 「店長だけじゃなくって、明美にも・・・だろ?」

 「そう言うことだったんですね・・・。知らなかったから、つい・・・」

 「ヤキモチだったのか・・・?もしかして・・・?」

 「ヤキモチ・・・」

 明美はその場面を思い出して”カア〜ッ”と顔を赤くした。


 「あ、あのっ」

 明美はしどろもどろになって、言い訳を探し始めた。


 「あ、あれは・・・。その・・・。え〜っと・・・」

 明美は、慌ててその場を立ち去ろうとする。


 「嬉しいよ。俺は」

 「えっ」

 明美は振り返る。

 「受け取ってくれて、ありがとう」

 ”うん”と明美は頷く。

 「誤解でもさ、感情を向けてくれたら嬉しい。怒りでも涙でも。明美なら嬉しい、俺」

 児珠は真剣な眼差しで明美を見つめる。


 明美は児珠のその瞳の強さに何かがフラッシュバックするような錯覚を憶える。

 (あれっ・・・?なんだろう・・・)


 明美は急に頭を押さえてしゃがみ込んだ。

 「おい!大丈夫か?明美?」


 児珠は明美に走り寄る。

 明美は、そのまま眠りに落ちるようだった・・・。


 「おーい、明美」


 遠くで名前を呼ぶ声を聞きながら明美は意識を手放した。

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