第9話 弁当
○弁当
ンン〜♪ンン〜♪ンン〜♪
ンン〜♪ンン〜♪ンン〜♪
「おーい。明美〜。朝から何だよ〜?」
「正樹くん、おはよう〜。早いじゃない?今日」
「明美がうるさいから目が覚めたあ〜」
「え〜?」
明美はクスクスと笑う。
「こおらあ〜。正樹。嘘ついて〜」
母親の初美が言う。
「へへへ。バレたか〜」
正樹は明美が弁当用に作った唐揚げをつまみ食いにした。
「も〜らったあ〜」
「もう〜」
明美は、笑いながら許した。
「明美?そのお弁当は?」
初美がもう一つ用意されたお弁当箱を指差す。
「一緒に八百屋で働く人がお弁当も持って来ない人だったから・・・」
「それで作ってあげてるの?」
「うん。変かなあ〜?」
「明美らしくていいと思うわ」
初美は明美の頭を撫でた。
「うん。お姉ちゃん。ありがとう〜」
明美は出来たばかりの弁当をまずは初美に渡した。
「はい。これ」
「いつもありがとう〜。明美〜」
初美は明美のおでこにキスをした。これは小さい頃からのスキンシップだった。
「お〜い。かあちゃん。行くぞ〜」
正樹が玄関で催促をする。
「は〜い。いま行く〜」
今日は初美と正樹は一緒に出かけるらしい。
「お姉ちゃんたち、いってらっしゃ〜い」
「明美も気をつけてね〜」
「じゃ〜なあ〜明美〜」
三人はそれぞれに手を振って別れた。
明美は児珠用のお弁当箱を包むとカバンに入れた。
朝の後片付けを済ませると明美は商店街へと向かった。
*
「おはようございます」
明美は出会う一人一人に挨拶をした。
「おう。おはよう」
明美は商店街の人たちとも段々と顔見知りが増えて来たところだった。
「おはようございます」
「おはよう。明美ちゃん」
店長は早くから店先で動いているようだった。
「児珠さんは?」
明美は店長に聞いた。
「坊やは、まだ来てないようだねえ」
「そ、そうですか・・・」
明美は、児珠を待ちつつも店の準備を始めた。
「お〜い、悪い悪い。俺、遅刻かなあ?」
児珠が遅れてやって来る。
「児珠さん。おはようございます」
「明美さん、おはようっす。俺ってやっぱり遅刻かなあ?」
「坊やはまだセーフだよ」
店長の美柑が言う。
「やっべえ〜俺。やっぱ朝が苦手だわ」
児珠は汗をかきつつ笑った。
「朝ごはんは食べたのかい?」
店長は言う。
「俺?あるわけないじゃん」
児珠は堂々と答える。
「坊やはもっと食べなさい」
美柑はそう言ってバナナを一房、児珠に与えた。
「ほれっ」
児珠は受け取ると一本もぎ取った。
「サンキュー」
そう言うと児珠は、美柑と明美にももぎ取って差し出した。
「私らにまでいいんだよ、坊やは」
「独り占めって俺、好きじゃ無い」
「そ、そう言うことならわたし、いただきますね」
明美は児珠からバナナを受け取った。
「若いもんが食べなさい」
そう言って、美柑は一度、そのバナナを受け取ると仏壇に供えるようだった。
「後で、お食べ〜」
「児珠さん、朝ごはん食べない派ですか?」
「派とかじゃなくて、食べ物蓄えていない派かなあ」
「フフフ。そういう派もあったんですね?」
「さあな。俺だけかもな」
児珠は二カッと白い歯を見せて笑った。
「お昼はわたし、作って来ましたからね」
「えっ!?本当に作ったのか?俺の分も?」
「はい。約束しましたから」
児珠は嬉しすぎて涙が溢れた。
「えっ?ちょ、ちょっと児珠さん?」
「ああ、俺。涙もろくてさ」
児珠は笑う。
明美は心配そうに児珠を見つめた。
開店時間を過ぎるとにわかに店内が活気付いた。
(あれ?なんか今日は人が多いような・・・)
児珠は首を傾げた。
奥に入っていた明美が驚いた様子で児珠に言う。
「店長から頼まれたのですけど・・・」
「な、なんだよ?」
「お見舞い用の盛りカゴがこれまでだけで10件は注文があったそうで・・・」
「えっ?それって珍しいのか?」
「普通は、週に2、3回あれば良い方で・・・」
「じゃあ、10件って!?」
「多すぎて気味が悪いかもですね・・・」
明美は困惑顔で言う。
「それに、配達には天使さんたちをご指名だとかで・・・」
(あいつら〜・・・)
児珠は思い当たる節を思い出しては、ウロウロする。
「それって、店にとっては悪いことじゃないんだよな?」
児珠は念を押すように言う。
「そ、そうですけど・・・。仕入れが・・・」
「あっ。足りないのか?品物が?」
「あまり出るようだと、余計に仕入れておかないと・・・」
「なるほどなあ・・・」
児珠は頷く。
「松風さんに頼んでみます」
明美はそう言うと奥へと入って行った。
児珠は、今日に限ってまだ姿を現さない天使たちを未だかまだかと待ち構える。
「おはようございます。マダム」
ようやく天使たちが顔を出した。
「遅い!」
児珠が言う。
「珍しいですね。児珠さん」
「おはよう、ハンサムたち」
店の奥から美柑が出て来て出迎えた。
「天使さんたち、おはようございます」
明美も店の奥から出て来た。
「早速で悪いんだけど・・・」
美柑が言う。
「配達を頼まれてくれるかい?今日も」
「もちろんですよ。マダム」
「助かります」
明美がペコリと頭を下げる。
「また同じようにお見舞いのカゴ盛りを届けてくれるかい?」
「はい。喜んで」
ニッコリと答える天使を背後から引っ張って児珠は言う。
「何かしただろう?」
「何かとは?」
「お前たちがやりそうなことだよ」
「やりそうなこととは?」
「病室での騒ぎって何だったんだよ?」
「ああ、それですか?ちょっとばかり奇跡を・・・」
「わあっ。バカっ。お前。まさか病人に奇跡を起こしたのか?」
「はい」
天使たちはニッコリと笑う。
「奇跡は天使のオハコですよ。児珠さん」
変わらずキラキラの笑顔で天使たちは言う。
「患者には奇跡でも病院には営業妨害だろうがそれ!?」
「そうでしょうか・・・?」
「ま、まさかそれを続けるのか?」
「神がお許しになるのなら」
「じいさんまで関係してるのかよ・・・」
トホホと児珠は肩を落とす。
「し、知らねえぞ・・・。俺」
明美が盛りカゴの準備を済ませると天使たちは方々へと散った。
盛りカゴの準備で午前中をほぼ終えた児珠たちは店の奥へと入った。
「さあ、休憩しましょう」
そう言って、三人は奥に入って座卓を囲んだ。
「はい。児珠さん」
明美が弁当箱を差し出す。
「い、いただきます」
児珠は両手でそれを受け取って、”ははあ〜”っと頭を下げた。
「大げさですよ。児珠さん」
明美はクスクスと嬉しそうに笑った。
「おやおや。まあまあ」
美柑は若い二人をニヤニヤとしながら見つめた。
「な、なんだよ店長?」
「顔を赤くして、坊や。可愛いこと」
「う、うっせいやい」
児珠は弁当を抱えて背中を向けた。
「こ、児珠さん?」
明美は心配そうに見つめる。
「坊やは、よかったねえ」
ふてくされる児珠に向かって美柑が言う。
「な、何がだよ?」
「明美ちゃんに出会えて」
「はあっ?!」
児珠は弁当を座卓に置いた。
「こ、こぼれるだろうが。へ、変なこと言うなよ。店長」
児珠は耳を真っ赤にして言う。
明美は、二人の会話をただ聞いているようだった。
「あ、あのさあ・・・?」
児珠は何気なく二人に話しかける。
「なんだい?坊や」
「松風さんってさ・・・」
児珠はチラリと明美の方を見た。
「松風さんって、どう言う関係?」
児珠は最後まで言い切った。
美柑は、フフフと児珠の様子を見て言った。
「心配なのかい?坊や」
「し、心配って、何がだよ?」
美柑は、明美に視線を送る。
「べ、別にそんなんじゃ・・・」
児珠は再び弁当を抱えて背中を向けた。
「心配しなくてももいいさ。坊や」
美柑は言う。
「松風さんは、奥さんもお子さんもいらっしゃいますよ」
明美はキョトンとして言う。
「えっ?そうなのか?」
児珠は身を乗り出した。
「えっと・・・。はい・・・」
明美は意外な反応を示す児珠に興味を持った。
「じゃ、じゃあ、何で・・・?」
児珠は明美の顔を見つめる。
「な、何か・・・?児珠さん?」
明美は児珠が何を言いたいのかと顔を伺う。
「いやあ〜さあ〜。明美さんって松風さんのこと顔を赤くして見てたからさ・・・。俺はてっきり・・・」
「明美ちゃんが松風くんを好きなんじゃないかって?そう思ったのじゃろ?坊やは」
美柑は訳知り顔で言った。
児珠は、美柑の言葉が図星すぎて口を開けたまま閉じれなくなった。
「ああっ・・・」
児珠の口からポロリと唐揚げが落ちた。
「児珠さん!」
明美がそれを拾おうとする。
児珠は焦ってそれに手を伸ばした。
「あっ!」
お互いにそれは手を交差する格好になって、顔と顔とが接近する。
唐揚げは二人を無視して床を転がって行った。
児珠は急な接近に顔を真っ赤に染め上げた。
明美は思わず重ねて掴んでしまった手の平に硬直する。
そのまま動けなくなった二人は、きっかけを探して固まったままだった。
美柑は黙って立ち去ろうとする。
児珠は、どうしたものかと唐揚げを目で追う。
明美は、児珠が唐揚げを追う横顔を見つめた。
「何をしているのですか?」
ハッとして二人は互いに体を離した。
見上げるとそこにはニッコリと笑うマーラが立って居た。
「お邪魔でしたでしょうか?児珠くん。明美さん?」
マーラは薄気味悪い笑顔で言う。
「い、いらっしゃいませ」
明美はマーラを客として応対をした。
「りんごを一つもらえますか?」
マーラは言う。
「何でいつもリンゴなんだよ。お前は?」
「アダムとイブが目の前に居るからですよ」
クククッとマーラは笑う。
「ああ、そうだな〜。俺たち、いま楽園に居たはずだったのによ〜」
「だから、お邪魔でしたか?と言ったでしょう」
クスクスクスっとマーラは愉快そうに笑った。
「俺たちを楽園から追放すんなよ」
「まだ楽園に至ってないでしょう?あなたたち」
「へーへー。そうですね。真っさらなままですよ〜、俺たちは〜」
児珠は膝を抱えて拗ねて言う。
マーラが去ると児珠は唐揚げを拾い上げた。
「はあ〜っ」
児珠はため息を深く付いた。それを見ていた明美が言う。
「これ、どうぞ」
明美はまだ手をつけていない唐揚げを一つ児珠の弁当箱に入れてくれた。
「あ、明美さんの分が無くなるじゃん・・・。い、いいのかよ?俺がもらって・・・」
「バナナのお礼です」
明美は楽しそうに笑った。
児珠は、嬉しそうに唐揚げを頬張った。
「うんまいっ!」
児珠は嬉しくなって、また、涙を溢した。
「児珠さん、泣いているんですか?」
いつの間にか帰って来た天使たちが児珠の顔を見て言う。
「い、いいだろう?べ、別に・・・」
児珠は腕でゴシゴシと涙を拭いた。
「配達は終わったのかよ?」
児珠は言う。
「もちろんです。無事に終わりましたよ」
「お前たちの無事が俺は怖いぞ・・・」
児珠は疑わしそうに、じっと天使たちを見つめた。
*
楽しい昼休憩を終えると、児珠たちは午後の店番を始めた。
午後はそれほど忙しくなく、いつもより早く終わりそうだった。
「明美さんは?少し早く帰るかあ〜?」
児珠は言う。
「うん。出来ればそうしたいかなあ・・・」
「正樹も帰って来るし、そうしろって」
「児珠さんがそう言ってくれるなら・・・」
「後は、俺に任せろ」
児珠は明美に促すように言った。
*
夕方になって明美を先に帰らせた児珠は一人で店番をする。
「いらっしゃいませ〜」
夕飯時の八百屋はなかなかの活気で繁盛を見せた。
「いらっしゃいませ〜。いらっしゃいませ〜」
店内が忙しくなると天使たちが再び手伝いにやって来た。
「おう。良いところに来るよな〜。サンキュー」
児珠は軽く礼を言うと忙しく店内を歩き回った。
閉店時間が近づくと美柑が店奥から出て来た。
「坊やたち。そろそろ仕舞おうかい?」
「ういっ〜す」
児珠たち片付けに入った。
店の奥から美柑が児珠を手招きする。
「何だよ?店長」
「これ。持ってお帰り」
美柑はそう言って、おにぎりと朝のバナナを手渡してくれた。
「いいのかよ?ばあさんのは?ちゃんとあるのか?」
「坊やに心配されるほど老いちゃあいないよ」
美柑はバシバシとお児珠の肩を叩いた。
「いてえよ。店長」
片付けを終えると児珠たちは教会堂へと戻った。
*
児珠は礼拝堂に居た。
今日の祈りを捧げたところだった。
児珠は美柑にもらったおにぎりとバナナを祭壇に上げた。
「じいさんも食うか?」
児珠は神に捧げた。
「なんじゃい?児珠?ワシにもくれるのかのう?」
「じいさん、美柑ばあさんのおにぎり懐かしいんじゃないかと思ってさ」
「愛しの美柑か。懐かしいのう」
「いまはばあさんだけどな」
児珠は笑う。
「何を言うか児珠。神には人の姿には見えておらんワイ」
「ど、どう言うこと?」
「魂そのもので見ておるからの」
「魂?そうなの?」
「そうじゃよ。だから美柑は、乙女のままじゃ。フォッフォッフォッ」
神は高らかに笑う。
「俺もそうなのか?」
「もちろんじゃよ。児珠よ」
「俺、ずっと坊やなのか?」
「人間は誰でも子供じゃ。ワシから見ればの。フォッフォッフォッ」
「今世では、俺、明美を守る大人な男に成りてえなあ・・・」
「子供から脱皮したいのか?」
「まあな」
「フォッフォッフォッ」
神はおにぎりをパクりと一瞬で消した。
「美味かったと伝えてくれ」
そう言うと神は姿を消した。
児珠はバナナを祭壇から下ろすと皮を剥いて食べ始めた。
「俺、幸せだよな・・・」
児珠は、しみじみとバナナの味を噛み締めた。
児珠は、みなから与えられたものに込められた心を受け取って、腹を満たす以上に満たされた。
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