第8話 礼

○礼 


 納得できない気分のまま商店街に正午を告げるメロディーが鳴り響いた。

 

 チャンチャラチャンチャン♪

  チャンチャラチャンチャン♪


 「おーい。お昼だよ〜」

 店長が奥から二人に声をかける。


 「坊やは?昼は弁当かい?」

 「あっ?俺?俺は・・・」

 児珠は何か言いそうで言わない。


 「児珠さん、もしかして、お昼を忘れて来られました・・・?」

 「えっ、ああ、う・・・ん」

 (忘れるって言うか。俺、昼飯ないもんなあ・・・)

 児珠はどうしようか迷う。


 「ほれ。若い者が食べないでどうする?」

 美柑は児珠におにぎりを差し出した。

 「い、いいのかよ?店長・・・。俺・・・」

 「良いも悪いもあるかい」

 店長はプックリと笑った。


 「プププププ」

 「何が可笑しいんだよ〜。店長〜?」

 「だって、お前さん。妙に素直なところがあるからねえ〜」

 「な、なんだよ。またガキ扱いするのかよ?」

 「坊やはガキではないさ」

 「じゃあ、何だよ?」

 「背負いすぎ」

 「背負いすぎ?」

 「そ〜う。わたしらから見れば坊やは背負いすぎ」

 美柑はニマニマと笑う。

 (なんだよそれ・・・)


 児珠は両手におにぎりを掴んでガツガツと頬張る。

 「う、うめえ〜。店長のおにぎり最高〜」

 「い、いいですねえ・・・。児珠さん」

 明美も美味そうに食べる児珠につられた。

 「ほれ。明美も食べなさい」

 「じゃ、じゃあ。店長。これ、どうぞ」

 明美はお弁当の中からおかずを一つ取り出した。

 「明美ちゃんのお弁当はいつも美味しいね〜」

 「お姉ちゃんの分と自分の分と一緒に作るんです」

 「偉いわねえ〜。明美ちゃん。きっと、いいお嫁さんになるわ」

 美柑は微笑む。

 「て、店長・・・」

 明美は照れ隠しで顔を伏せた。


 「坊やは?一人暮らしだったね?」

 「ああ。うん」

 「食事はいつもどうしてる〜?」

 「ああ。えっと。寄付かな・・・?」

 「寄付?」

 「ああ。あの場所が教会堂だけあって、ちょくちょく貰うんだ。あちこちから。いろいろと」

 「ふう〜ん・・・」

 明美は不思議そうに見て居る。

 「坊やはいつもそんなかい?」

 「ああ。そうっす。結構、どうにでも成るって言うか・・・」

 児珠は、明美が淹れてくれたお茶をゴクリと飲み込んだ。


 「寄付がないときはどうするんだい?」

 「ああ。そう言うときは、何もなし」

 「何もなし?!」

 明美は大層驚く。

 「へっ?そ、そんなに驚く・・・?」

 「驚きますよ〜」

 明美はケラケラと笑う。

 (そ、そうかなあ・・・)




 *




 午後の店番が始まると美柑が児珠を呼んだ。

 「なんっすか?店長」

 「お見舞い用の盛りカゴを頼まれててねえ〜」

 「ああ。あれ?あのよく病室で見かける?」

 「そうさ。あれさ」

 「あれって、そんなに出るのか?」

 「数が多いに越したことは無いけどね〜。出れば儲かる品物なんだよ〜」

 美柑は高らかに笑う。


 「それで、俺が配達に行けば良いのか?」

 「そうしてもらおうかの〜と思ってなあ。カゴは明美に頼んだからもうすぐできる筈さ」

 「店番は大丈夫なんだろうな?俺が抜けても・・・」


 ぬうっ〜と背後から背の高い男が顔を出す。

 「私が参りますと申しましたでしょう。マダム?」

 天使たちがまるで児珠たちの会話を聞いて居たかのように現れた。

 「ま、またお前たちかよ?」

 「おや。ハンサムたちかい?」

 美柑はご機嫌に笑う。

 「マダム。我々の出番ですよね?」

 天使たちはウキウキだった。

 (う〜ん・・・・。何かザワつくなあ・・・)

 児珠は天使たちが何かしやしないかと疑い深く見つめた。天使たちは素知らぬ顔をして見せる。


 「お待たせしました〜」

 明美が急ぎ足で出来立てのカゴを持って来た。


 「じゃあ、頼んだよ」

 美柑はいくつかのカゴを天使たちに手渡した。

 「お任せあれ〜」

 天使たちは飛び立ちそうな勢いだった。

 「おっおいってば!?」

 児珠は慌てて天使たちの服の裾を引っ張った。

 「だあ〜いじょうぶですってば。児珠さん」

 「児珠さんこそ過保護ですよね〜」

 「天使離れができませんか?児珠さん」

 天使たちは思い思いに口にする。

 (も、もう・・・知らね・・・)

 児珠はガックリと肩を落とした。




 *




 順調に店番は進み、放課後の時間になった。

 商店街の往来にも学校帰りの子供達の姿がチラホラと見られる。

 「正樹もそろそろ帰る頃か?明美さん?」

 児珠は明美に話しかけた。

 「うん。もうすぐですね」

 「明美さんは、ここは何時まで?」

 「閉店までは居るようにしてたんですけど」

 「用事があるなら先に帰りなよ。どう見ても俺一人でも充分じゃね?」

 児珠は手ぶらで笑う。

 「うふふ。そうですね」

 明美も互いに笑い合う。

 「児珠さん?」

 「ん?なんだあ〜?」

 「お弁当・・・。わたしが作ってもいいですか?」

 「えっ?弁当って、昼のやつか?」

 「はい」

 明美は頷く。

 「で、でもそれって。俺・・・」

 「マラさんに怒られちゃいますか?」

 「えっ!な、なぜに、ここでマラの名を!?い、いやいや。いやいや。それは有り得ねえ〜」

 児珠は口をパクパクさせて吃る。

 「じゃあ、いいですか?」

 「良いとか悪いとか・・・。そんな・・・。俺、ビックリしてて」

 「じゃあ、決まりですね?」

 「う、うん・・・」

 児珠は明美がどう言うつもりなのかと様子を伺う。


 (明美の奴、急に何だ・・・?)

 明美は楽しそうに店番に戻って行く。

 (まあ、いいか・・・。明美の好きに任せて・・・)


 夕方になって天使たちが店に戻って来た。

 「はあ〜。病室の中は大変でしたね〜」

 天使たちが口々に言う。

 「おい、また何かやらかしたのかよ?」

 「児珠さんってば人聞きのお悪い〜」

 天使たちは何も無かったかのように振る舞う。

 (ぜってー後で何かあるな・・・)

 児珠は来たるべくトラブル?に備える。


 「おや?おかえりハンサムたちや」

 美柑が天使たちを出迎えた。

 「マダム。戻りました」

 天使たちはお使いのごとく預かった料金を店長に渡した。


 「ごくろうさんだったね。お茶でも飲んで休んで」

 美柑は奥の部屋に天使たちを招き入れた。

 (か、帰らねえのかよ・・・。あいつら・・・)

 児珠は奥の部屋から聞こえてくる朗らかな笑い声たちに呆れ返る。



 *



 夜も7時を過ぎるとそろそろ店の片付けを始め出す。明美は夕方5時までの約束で店を後にして居た。

 「手伝いますよ。児珠さん」

 天使たちはワラワラと店の片付けへと入った。

 「何だよお前ら?帰らなくていいのかよ」

 「帰るわけないじゃ無いですか?」

 「何でだよ?」

 「児珠さんを一人にはしない。これも私どもの使命ですから」

 「何だあ〜、それ?」

 児珠は笑った。

 (笑って居て欲しいんです。地上の誰にでも。皆にね・・・)

 天使たちは天界の意志を伝えたかった。




 *




 児珠が教会堂に戻るともうすぐ夜の9時になるところだった。

 「ぷっはあ〜。くったびれたあ〜〜〜」

 児珠は星空に向かって手足を伸ばした。

 (結構、頑張ったよなあ〜。俺)

 児珠は満足と疲労とを味わう。


  ”ぐうーっ”


 (ああ・・・。腹の虫もご満足をご所望かあ・・・)

 児珠は星空を見つめる。

 「ごめんなあ・・・。今日の夕ご飯、忘れちまってたなあ・・・」

 児珠は腹を撫でつつ腹の虫のご機嫌を取る。


  ”ぐうーっうーっ”


 余計に高鳴る腹の虫に児珠は苦笑いになる。

 (やっぱダメかあ・・・)


 児珠が立ち去ろうとすると暗闇から人のような影が現れた。

 「マ、マーラ・・・」

 児珠はマーラの姿を見つめる。

 「な、何だよ・・・?」

 「昼間は娘たちが楽しませてもらったようで?」

 「娘たちって・・・。どんな形で現れようと本体は一つ。マーラ、お前だろうが」

 「御名答です」

 「んなことくらい、長生きしてる奴はいい加減知っとるわい」

 児珠は舌を出して言う。


 「フフフフフ。機嫌を直したらどうなんだ?お兄様」

 「やめろって、その言い方。俺、今世では、明美と兄妹じゃねえし。それに、お前たちの兄になったことなんて一度もねえし」

 「フフフ。そうでしたね〜」

 「どこから直せばいいんだよ?」

 「どこからでも、いまからでもいいだろう?」

 「な、なんだあ〜。お前。気色悪いなあ〜」


 「お前たちがどう恨もうと俺たちは勝手にする。それだけだ」

 そう言うとマーラは児珠に弁当を差し出した。


  ”ぐうーっうーっうーっ”


 お腹の虫は正直に答えた。

 (おい。お前はそっちの味方だったのかよ・・・)

 児珠は正直すぎるお腹の虫に恥ずかしくなった。


 「ククク。飢えには勝てまい」

 「そこにつけ込むのもお前たちの常套手段だろ?」

 「御名答」

 「いや、いいよ。別に・・・。そう言うの」

 「りんごの芽は出たのかな?」

 「はあ?」

 「植えられたんでしょう?ほら、そこに」

 マーラは最近掘り返された土の後を指差した。

 「お前、見てたのかよ?」

 「あなたがどうなさるのかを見たくて」

 「りんごに罪は無かったって言ったろ?」

 「それならそう。あなたにも罪が無い。そうでしょう?」

 「何が言いたいんだよ?」

 「悪には悪の役柄があるんですよ」

 「何だよそれ?」

 「憎まれ役です」

  クスクスクス・・・


 マーラの笑い声が聞こえたかと思うと、その姿は闇へと消え去った。


 児珠はマーラが残した弁当を手に取った。


  ”ぐうーっうーっうーっうーっ”


 「ああ、もう。わかったって・・・」

 児珠は星空の下で弁当を開いた。


 「うお〜っ!」

 そこには豪勢な松花堂弁当が現れた。

 「す、すっげえ〜♪」


 児珠はマーラのことをすっかりと忘れて舌鼓を打った。

 (なんだか知らねえが上手い飯たちには罪はねえ・・・)

 児珠は疲れた体に栄養が行き渡る感触だった。

 (マーラの奴・・・)

 

 「甘言、甘味には要注意・・・」

 児珠は言い聞かせつつ満腹する腹を撫でた。


 (何が起こるとしても、ありがたかったなあ・・・。今夜は・・・)

 児珠は見つめる暗闇に向かって素直にお礼の言葉を口にした。

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