第7話 嫉妬

○嫉妬


 朝四時。

 

 カッコー♪カッコー♪カッコー♪・・・


 児珠の目覚ましが朝の四時を告げた。

 「やっべ〜!四時に集合だった!」

 

 児珠はいい加減に服を着替えるとダッシュで商店街まで走った。

 「児珠さ〜ん!」

 明美が飛び跳ねながら児珠を手招きする。

 「こっちで〜す!」

 明美は、商店街の入り口で待って居た。

 「はあっ。はあっ。はあっ・・・」

 「大丈夫ですか?児珠さん?」

 「わ、悪い、悪い。俺、四時に目覚ましセットしちまってた」

 「うふふ。四時に集合って言いませんでした?」

 明美は笑う。

 「俺、そう言うとこあるわ〜」

 児珠もつられて笑った。

 「おい。揃ったのか?お前たち」

 商店街の入り口には一台のトラックが待機して居た。

 「ごめんなさい。松風さん」

 「松風?誰だ、それ?」

 「仕入れをいつも頼んでいる卸しの方なの」

 「お前さんが児珠か?」

 「は、はい。児珠です。よろしくお願いします」

 「おう。俺こそよろしくな若者」

 「児珠くん、狭いけど一応トラックに三人は乗れるから、今日は三人で。ね?」

 「ああ。うん。いつもは二人なのか?」

 「え?う、うん・・・。そうだよ」

 明美はなぜか顔を赤らめた。

 (なんで明美の奴、顔を・・・?)

 児珠は、松風の容姿を眺めた。

 (年上は間違いないよなあ・・・。30代くらいか・・・。彫りは深めで眉も濃い・・・。海の男みたいに顔は日焼けしてるし、筋肉も相当だなあ・・・)

 児珠は自身の色白で細い手首に目を落とす。

 「若者は?青果市場には行ったことがあるのか?」

 「いや、無いです。初めてです、俺・・・」

 「活気が合って楽しめるが、初めてならちょっと離れて見てな」

 「は、はいっ」

 「そう緊張すんな」

 「はいっす」

 「うふふふふ」

 明美は児珠の強張る表情に微笑んだ。



 *




 市場に到着すると明美と児珠は広いところで松風を見守る。

 「競りに出るのか?松風さんは?」

 「競り落とす方だけどね」

 「ふう〜ん。いつもこんなに早いのか?」

 「うん。大体こんな感じよ」


 児珠は競りの様子を見つめる。

 (ほとんど何を言ってるのか分かんねえなあ・・・。早口だし・・・)

 明美は楽しそうに競りの様子を見ている。

 

 市場には他にもさまざまな売り子たちが集まって居た。

 (へえ〜。骨董品や美術品みたいなものまで売りに来てるんだな・・・。食器に置き物、時計に観葉植物・・・。何でもありだな・・・)


 チリンチリンチリンリンチリ〜ン♪


 競りの終わりを告げる鐘が鳴り響く。

 「おう。待たせたな」

 「松風さん、お疲れさまでした」

 「こんなもんでいいか?今日のところは?」

 「はい。店長も喜びます♪」

 明美は嬉しそうに話す。

 (なんだか明美の奴、親しみ以上のものを感じるんだよなあ・・・)

 児珠は不思議そうに二人を見つめた。


 「おい。若者」

 「は、はい?」

 「競り落とした荷を積み込むのを手伝ってくれ」

 「はい!」

 児珠は松風の後を追った。明美は、トラックの荷台を下げて二人を待った。

 「おいっしょ〜!」

 児珠は必死で箱を荷台に持ち上げる。明美は荷台に上がって、持ち上げられた段ボール箱たちを敷き詰めて行った。

 「結構あるな〜。明美さん、大丈夫か?」

 「うん。平気。児珠さんも初日からごめんなさいね」

 明美はタオルで汗を拭いつつ言う。

 「ほら!二人とも」

 松風は二人にスポーツドリンクのペットボトルを投げてくれた。

 「ありがとうございます」

 「いただきます。松風さん」

 二人は思い思いに礼を言うとキャップを開けて飲み始めた。

 「結構、重たかっただろう?分厚い段ボールに詰め込まれた野菜たちは?」

 「はい。俺、正直ビビりましたもん」

 児珠は笑う。

 「わたしも初めて来た日は戸惑いましたよ」

 明美は言う。

 「朝早いうちからご苦労さん。送ってやるから帰ろう」

 「はい」




 *




 三人は八百屋の裏手へと戻って来た。

 「松風さんは、店長とお休みになってくださいね」

 「おう。いつもすまねえな。明美」

 「うふふ。ゆっくりして行ってくださいね」

 明美は、松風と共に八百屋の裏口をくぐった。

 (なんだよ、明美って・・・。呼び捨てかよ!?)

 「納得いかねえ〜」

 児珠は嫉妬で堪らなくなる。

 (二人の関係を探らないとな・・・)

 児珠が裏口から中を覗こうとすると店長の美柑が顔を出した。

 「何をしている?坊やは」

 「げっ!ばあさん・・・」

 「覗きとは随分変わった趣味だこと。オホホホ〜」

 「ち、ちげーよ」

 「中に入りたいなら早よ言わんかい?」

 「べ、別に・・・。そういうわけじゃあ・・・」

 児珠はバツが悪そうにそこから離れた。


 「何を浮かない顔をしているんです?」

 「うわっ。何だよ天使たちか。驚かすなよ」

 「児珠さんこそお一人で何を?」

 「明美たちが中に入っちまったから、俺は・・・」

 「一緒に入れば良かったでしょう?」

 「お、俺は、べ、別に・・・」

 「は、はあ〜ん。児珠さん」

 「な、何だよ?」

 「まだまだ子供ですねえ〜」

 「何だよ子供って」

 「マダムはヨミが深くていらっしゃる・・・」

 「それって、俺を坊やって呼ぶことかよ」

 「まあ、そうですね」

 「な、なにを〜」

 児珠と天使が戯れて居ると明美と松風が出て来た。

 「じゃあな、明美」

 「はい。お気をつけて」

 明美は去って行く松風のトラックを見送った。


 「明美さん」

 「あらあ。天使さん。朝、お早いんですね〜」

 「いやあ、たまたまですよ」

 天使はニヤニヤと笑う。

 「いいのかよ?もう」

 「ああ、松風さん?うん、もう松風さんの担当分は終わりなの。残りはわたしたちで店頭に並べるのよ」

 「そうか。分かった」


 児珠は明美に教わりながら段ボール箱から野菜と果物を取り出して小売用にと並べて行く。

 「後は、カゴ盛り用なの」

 「カゴ盛り?」

 「そうよ。お見舞いとかお祝いにね」

 「ああ、よく病室に持って行かれるあれですね?」

 「そう。よくご存知ですね?天使さん」

 「もちろんです。私、配達に参りましょうか?」

 「いいんですか?お願いします」

 明美が喜んでお願いすると天使はキラキラのスマイルを見せた。



 *



 時刻は開店時間を告げる。明美と児珠の二人で店番が始まった。

 「なあ。明美さん?」

 「ん?児珠さん、何か?」

 「あの松風さんってどういう関係なんだ?」

 「店長の知り合いかなあ・・・。わたしも詳しくは聞いたことが無くて」

 「なんだか親しそうだったなあ・・・?」

 「そ、そうかな・・・?そ、そんなこと無いはずよ・・・」

 明美は照れくさそうに笑う。

 (「明美」って名前呼びだったし・・・)


 児珠は、店先の端に一人で立った。

 「あなた?新入りさん?」

 (だれだあ〜?この甘ったる〜い女は)

 女性は腰をクネクネさせながら言う。

 「ここのリンゴって美味しいの〜?うふ〜ん」

 (おわあ〜っ。な、なんだあ〜こいつ〜)

 児珠は少し身を引く。

 「ねえ〜?今日のオススメは〜?」

 女性は児珠の腕に手を絡ませて来る。

 「い、いや。俺、知らねえし。奥で聞いて来るわ」

 児珠は女性から逃げようとする。

 「ダ〜メっ!逃さないわ」

 女は児珠に抱きついた。

 「んっーーー!」

 「お、おいっ!」

 児珠は女を放そうとする。振り返ると明美が愕然とした眼差しでこちらを見て居た。

 「お、おい。やめろって」

 児珠は必死で女を剥がそうとする。

 「やあ〜だあ〜。つれな〜い〜」

 女はシナを作って見せる。

 (この動き・・・。マーラの娘たちかあ・・・?)

 児珠はそれを読み取ると、女に向かって言った。

 「親父に頼まれて来てるのか?」

 「お父様?関係ないわ。オーホホホホッ」

 女は口に手の甲を当てて高笑いをして見せる。


 「児珠さん?」

 明美が児珠の顔を覗き込む。

 「こ、この方は・・・?」

 「いやっ。お、俺も知らないんだ」

 「やあ〜だあ〜。知らないなんて〜」

 女はクネクネと腰を揺らす。

 「こ、児珠さん。親しい方がいらっしゃったんですね?」

 明美は、何だか少し残念そうに言った。

 「ち、ちがう、ちがう、ちがう」

 児珠は何度も首を横に振り続ける。

 「わたしたち〜お似合いでしょう?」

 「は、はい・・・。お美しい彼女さんですね」

 明美は、作り笑いを浮かべた。

 「あらあ〜。分かるならあなた。お・じゃ・ま・よ」

 女はチュッとウィンクをして見せた。

 「ご、ごめんなさい・・・」

 明美は申し訳なくなって後ろへと下がる。


 「おい!何すんだよ?」

 児珠は女に食ってかかる。


 「クスクス。可愛らしい彼女ねえ〜?」

 「まだ彼女でも何でもねえし」

 「妹ですら無い?」

 (お前、やっぱりマーラの一味じゃんかよ・・・)


 女は笑いながら店内を歩く。

 「これって、どうやって食べるの?」

 女はパイナップルの実を明美に差し出した。

 「こ、これはですね・・・」


 明美は、女に丁寧に説明をする。

 (明美の奴、大丈夫かなあ・・・?)

 児珠は気になって仕方がなかった。


 「ねえ?あなた」

 「は、はい。何でしょうか・・・?」

 「あの坊やとはどんな関係?」

 「こ、児珠さんですか?」

 「坊や、児珠って言ったわね」

 「と、特には何も・・・」

 「あらあ?仲良しじゃないの?」

 「し、親切にはして頂いて居ます・・・」

 「親切?まあ〜、他人行儀なのね。あなたたち」

 明美は、オドオドとたじろぐ。

 「まあ、いいわ」

 女は、明美をジロジロと見渡すようにして言う。

 「私は、マーラの娘、マラと言うのよ」

 「マラさんですか?」

 「そう。児珠と私たちって深〜い仲なのよ。察してね」

 マラはウィンクをするとりんごのカゴを指差した。

 「これをちょうだい」

 「は、はい・・・。ただいま」

 明美はりんごを包むとマラに手渡した。

 

 明美はマラから代金を受け取ると、店先まで見送った。

 「ありがとうございました〜」

 明美は深々と頭を下げた。


 「おい。大丈夫だったのか?」

 「えっと・・・?何がですか?」

 「いや、あいつ変じゃなかったか?」

 「児珠さんと深い仲だっておっしゃって・・・。マラさん?」

 「マラ?マラって言ったのか?アイツ」

 「マーラの娘、マラってご存知じゃ・・・?」

 明美は不思議そうに児珠を見つめた。

 「あっ、いやっ、そのっ。ああ〜っ!もう〜」

 児珠は泣きそうになって頭を掻きむしった。

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