第6話 リンゴとミカン

○リンゴとミカン


 児珠は教会堂から近い商店街をブラブラとして居た。

 「児珠さん。何もお買い物はしないのですか?」

 「俺が金を持って無いってこと、一番知ってるのはお前たちじゃ無かったっけ?」

 「天使はお金など要しませんので」

 「俺は、人間。金が要る生まれなの」

 「それでは働いてみますか?」

 「俺が?」

 「そう。あなたが」

 「俺、いままでにやったことのない職業ってあったかなあ〜?俺、この世で最多数クラスの転生者だぜ〜?」

 「やったことがある職業はよろしくないのですか?」

 「それやったら、ズルだろうが?」

 「ズル?」

 「俺、過去のスキル使ったら、どこに行ってもプロだぜ」


  コロンコロンコロン・・・・


 目の前にリンゴが転がって来る。


 「お、おい!」

 児珠は転がって来るリンゴたちを順々に拾い集めた。


 「あらあら〜。ごめんなさいねえ〜」

 すでに底が破れたビニル袋を下げた老婦人が歩いて来る。

 「マダム。お怪我はありませんでしたか?」

 (こ、こいつ・・・、熟女も射程圏内なのか・・・?この色ボケ天使!?)

 児珠は後ろで苦笑いをする。


 「ほい。これ。これで全部か?」

 「ありがとう〜ね〜。坊や」

 「俺、どう見ても坊や、違うだろう?」

 児珠は、乗り出して言う。

 「あらあら。ごめんなさい。つい、そそっかしくて」

 (聞いてないな・・・この、ばあさん・・・)


 「重たそうなお荷物ですね?マダム。お帰りはこの辺りで?」

 天使が言う。

 「う〜んと〜・・・」

 老婦人は帰り道が分からないような素振りをする。


 「ま、まさか迷子じゃねえよなあ?ばあさん?」

 「ばあさんは、失礼ですよ。児珠さん」

 「おうっ。失敬・・・」

 「あらあらいいのよ、坊や」

  オホホホホ〜

 老婦人は手の甲を口に当てて笑う。

 (結構、品のいいばあさんなのかなあ・・・?)

 児珠は、老婦人をジロジロと見回す。


 「坊やたち。この辺りにお住まいなのかしら?」

 「はい。そこをもう少し下がった辺りに」

 「そこの教会堂だ。ばあさん」

 「まあ?教会堂に?懐かしいわあ〜」

 「何だよ。ばあさん?教会堂を知ってるのか?」

 「昔、そこの牧師様と恋に落ちてねえ〜」

 「恋!?恋って、あの恋か?ばあさん」

 「うふふふ」

 老婦人は顔を赤く染めた。

 (マジかよ・・・ばあさん・・・)


 「あのう、マダム?ちょっとお聞きしますが・・・?」

 「なあに?長身のハンサムさん?」

 「ああ、いえ。恐縮です。ハンサムだなんて。ハハハハハハハ」

 天使はまんざらでも無いと言う顔で笑っている。

 (ったく・・・調子に乗りやがって・・・)

 児珠は後ろから天使の尻を蹴り上げた。

 

 「っ痛!何をなさるのですか?児珠さん」

 「要件は?ばあさんが待ってるだろうが?」

 「ええ。そうでした・・・。うおっほん!」

 天使は咳払いをして見せる。


 「その牧師様ですが?」

 「ダーリンのことかしら?」

 「ダ、ダーリン?ご結婚されたので?」

 「いいえ〜。私たちは叶わぬ恋だったのよ〜」

 「では、その呼び方は?」

 「叶わぬ間柄でもそう呼び合って居たのよ。私たちは」

  オーホホホホホホッ!

 老婦人は手の甲を口に当てて、高らかに笑った。


 「その牧師様ですが、この方でしょうか?」

 天使は端末を取り出して、老婦人に見せた。


 「あら?いやだわ。どうしてあの方のお写真が?」

 「ああ、いや、まあ・・・。我々も教会堂で奉仕をするものですから・・・」

 「あら?教会堂の方だったの?」

 「いや。ただの居候」

 「まあ、いやだわあ〜。あのお部屋は、まだ残っていたのね」

 「あのお部屋って?」

 「私たちが愛を語り合ったお部屋よ」

 「ぐはっ!」

 児珠は、ひっくり返りそうだった。

 「マ、マジかよ〜」

 児珠は泣きそうになる。

 (俺、そんな部屋で寝泊まりしてたんだ・・・)

 児珠は空を仰ぎ見る。


 天使は、老婦人を商店街の端にある交番へと送り届けた。

 「ご親切にありがとう」

 老婦人は深々と頭を下げた。

 「マダムもお元気で」

 「じゃあな〜。ばあさん。気をつけて帰れよ」

 「お迎えが来てくれるそうですから」

 (お、お迎えって・・・お前・・・まさか・・・?)

 児珠は視線を天に向けた。

 「児珠さん、違います」

 天使は”天からの迎えでは無い”ことをアイコンタクトする。


 「二人で食べなさいね」

 老婦人はそう言って、リンゴを二つ分けてくれた。

 「いいのかよ?」

 「坊やはもっと食べなさいね」

 「坊やじゃねえって・・・」

 児珠は頭をポリポリと掻き上げた。

 「それじゃあ、またね〜」

 老婦人は笑顔で児珠たちを見送った。




 *




 「なあ、天使たち?」

 「なんでしょうか?児珠さん」

 「ばあさんの恋の相手ってさあ・・・」

 「お察しの通りですよ。児珠さん」

 「お忍びで降りて来て居た、じいさんのことだろう?」

 「御名答。察しがいいですね。児珠さん」

 「神様も恋をしてたんだな?」

 「ええ、もちろんです」

 (え〜・・・。な、なんか萎えるよなあ・・・)


 「児珠さんも今世でなさる筈ですよ。自由恋愛」

 「う〜ん。でもさあ・・・」

 「何でしょう?児珠さん」

 「デートするにも。プレゼントするにも。資金って必要じゃねえ?」

 「資金ですか?」

 「そう。金だよ。金」

 「つまり児珠さんは、お金の心配をなさっていると?」

 「人間だぜ?俺」

 「ふうむ。では、話は元に戻りますが、働かれますか?今世で」

 「俺、何がいいのかな・・・?」

 

 「いらっしゃいませ〜」

 どこかで聞いた声がする。

 

 「え!?あ、明美さんなのか?」

 「あーっ!児珠さんに天使さん?どうしたんですか?こんなところで〜?」

 「どうしたもこうしたも、明美さんは?何だよ、その格好?」

 「ああ、わたし、ここで働かせて貰っているんです」

 「はあっ?ここで?」


 そこは、商店街にある八百屋だった。

 「八百屋って今どき儲かるのでしょうか・・・?」

 天使は店内を覗き見る。

 「儲かってはないんじゃないか・・・?」

 児珠も店内を見渡した。


 「もお〜。二人とも〜。疑っていますね〜?」

 明美は笑う。

 「ここのお店、おばあちゃんが一人でやって居て、急遽、お鉢が回って来たんです」

 「明美さんに?」

 「そう。可笑しいでしょう?わたしたちよくこのお店でお買い物をして居て。おばあちゃんとも知り合いだったから。成り行きで」

 「お一人で出来るものなのですか?」

 「おばあちゃんも一人でやって来て居たし。ノウハウはあるから」

 明美は活気よく答えた。

 「へえ〜。大したものです」

 天使は感心して頷く。


 「児珠さん?そのリンゴは?」

 「ああ、これか?さっき、ばあさんに貰ったんだ」

 「ばあさんって・・・。もしかして、児珠さんたちリンゴを拾ってくれた人たちですか?」

 「なぜそれを明美さんがご存知なのでしょう?」


  ガタガタガタッ


 店の奥から襖が開いた。

 「店長、休んで居てくださいって言ったのに〜」

 明美は、奥から出て来た老女に言う。

 「おや〜?さっきの?」

 老女は顔を見上げて言う。

 「ああ〜。先ほどの。マダムですね?」

 「ハンサムくんかい?いらっしゃい」

 「紹介しますね〜店長〜。こちらは児珠さん。そして、こちらが天使さんです」

 「坊やは児珠って言うの?お利口そうなお名前ね」

 老女はクスクスと笑う。

 「それで、こちらが店長の美柑さん」

 「ミカン?それは果物の?」

 「い〜や〜。漢字が違うからねえ〜」

 美柑は楽しそうに笑った。


 「児珠さん!」

 「な、なんだよ。天使?」

 「これですよ。ここ」

 「ここ?」

 「そう。ここ」

 「だから、何だよ?」

 「ここで働くんです。児珠さん」

 「ここで?八百屋だぞ、ここ」

 「八百屋のスキル?ありましたか?」

 「う〜ん・・・。商人、栽培、農家、叩き売り・・・。どれもあるけど八百屋はねえなあ・・・」

 「良かったじゃ無いですか?」

 「い、いやいいけどさ。ここって、人が要るのかよ?」

 

 「マダム、マダム?」

 「なあ〜んだい?ハンサムちゃん?」

 「児珠くんをここで雇ってくださいませんか?男手があると何かと便利ですよ?お安くしておきますから」

 (お安くって、おい!バカ天使・・・。俺は、牛馬かそれ以下か!?)

 「坊やにお店が勤まるかしらねえ〜」

 美柑は児珠を値踏みするように見定める。

 「店長。わたしの代わりも出来るようにスペア要員として育成してはどうでしょう?」

 (おいおい。育成って・・・明美さん?お、俺、なんかすっげ〜不安かも・・・)

 児珠はソロリソロリと後退りする。

 「児珠さん。どこに行くおつもりですか?」

 天使は、児珠の腕をガシリッと掴んだ。


 「坊やに店番を頼みましょう」

 「やったあ〜」

 明美は手を叩いて喜ぶ。

 児珠はその顔を見ると、後のことはもうどうでも良くなった。


 「んで?いくら貰えんの?ここって?」

 「明美さんは、おいくらで働かれて居るのですか?」

 「一応、最低賃金の時給では頂いていますけど・・・」

 「それって、いまどれくらい?」

 「まあ、大体ってところですけど・・・」

 「うちは900円だよ」

 「900円!?」

 (高いのか安いのか分かんねえ・・・)

 明美は、児珠の両手を自身の両手で包み込んだ。

 「一緒に頑張りましょうね!」

 明美は声が弾んで居た。児珠はその声を聞くだけで胸が熱くなる。

 「ま、まあ。手伝ってやるよ」

 児珠はそう言うと照れ隠しに後ろを向いた。


 後ろを見た児珠は、人影を行くマーラの姿を見た。

 (アイツ・・・まだ何か俺たちに用があるのか・・・?)




 *




 明美たちと明朝は朝の四時から仕入れに行くのだと約束をして児珠たちは教会堂へと戻った。

 「良かったですねえ〜。児珠さん。リンゴの上におにぎりまで頂いて」

 「ピクニックかよ?このメニューは」

 児珠は苦笑いする。


 「楽しいですよ〜。きっと」

 「労働か?」 

 「はい。労働です♪」

 天使は上機嫌で上に昇って行った。


 児珠は、礼拝堂へ入る。床に片膝を立てて祈りを捧げる。

 (お〜い。神様〜)


 児珠は心の中で神の名を呼んだ。


 「なんじゃい?児珠。呼んだかの?」

 「じいさん、恋ってしてたんだな?」

 「フォッフォッフォ。もちろんじゃわい」

 「恋って、そんなに良かったか?」

 「もちろんじゃ。ほれ。そこの赤いリンゴよりもずっとハートが赤く染まるぞい」

 「どうして結婚しなかったんだよ?」

 「美柑にはもう決まった相手が居ったのじゃよ」

 「えっ?じいさん、いきなりの不倫かよ?」

 「違うわい。恋に気づいた時には時すでに遅しじゃった」

 「年頃って、そんなものかな?」

 「昔は本人同士よりも先に家の者たちが決めて来よったものじゃわい」

 「じいさんたちはそれで良かったのか?」

 「良いも悪いもないわい。それだけ深くお互いを信じ愛したら、何も残らん」

 「未練も心残りもか?」

 「そう言うことじゃ。愛は昇華する」

 「それって、あれかよ?」

 「そうあれじゃ。神の愛じゃの。フォッフォッフォッ」

 「俺、ばあさんに雇われて明美と一緒に働くことにしたからさ」

 「ほほ〜う。不肖の息子が出世したわい。クワックワックワッ笑」

 (わ〜るかったな不出来な奴で・・・)




 *




 児珠は居候している部屋に戻ると赤いリンゴを見つめた。

 (マーラの奴・・・俺たちのことじっと見てやがったな・・・)

 児珠はリンゴを手に取る。

 (マーラ、俺、明美・・・。これ以上また役者が揃ったら、きっとまた何か仕掛けて来る・・・。そうだろう?マーラ・・・)


 児珠はリンゴを齧ろうとして、手を止める。

 (リンゴと蛇か・・・)

 

 児珠は庭に出ると、土を掘り返してリンゴを植えた。

 (リンゴには罪はなかったんだ・・・)


 児珠は、日が沈み月が登り始めた空を見上げる。

 (次は、勝つぜ。マーラ・・・)


 児珠は、過去世を通して培った知恵と優しさを武器にしてマーラに挑む覚悟を決めた。

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