第4話 蛙
○蛙
「姫様!」
「ああっ、こちらへ!」
「兄上は?父上は?」
「兄様も親父様もお姿がありません!」
「ど、どう言うこと?お二人はご無事なの?」
若い姫は縋るように言う。
「そ、それは、まだお答えできません。それよりも、姫様、お早く!」
「う、うわあああーーーっ」
ザシュッ!!
「ああっ・・・」
明美は涙を流して目を覚ました。
「ゆ、夢なの・・・?」
明美はドクドクと打つ鼓動にそのリアルを感じて震える。
「こ、この感触・・・」
明美は何かどこかでこれを知ったような気がして現実に居るのか?まるで醒めない夢を見ているようだった。
「明美〜?」
「はあ〜い!」
明美は大きな声で返事をする。
「先に仕事に行くから〜。正樹のことよろしくね〜」
「はあ〜い!お姉ちゃん、いってらっしゃ〜い」
明美はベッドから下りるとスリッパを履いて部屋を出た。台所に下りると正樹が朝ごはんを食べて居た。
「明美も食うか?」
正樹は焼けたばかりのトーストを差し出す。
「まさくんは?もういいの?」
「俺は、かあちゃんと先に食ってたから。これは、明美にやるよ」
「ありがとうね。まさくん」
「よせやい。腹一杯だから明美に食わせるだけじゃん」
「も〜う!」
明美は正樹を窘めた。
「明美、何かあったのか?」
「えっ?」
「顔が赤いぞ」
「か、顔?」
明美は両手で顔を掻き回す。
「ただでさえ寝起きはブスッとすんだからな」
「ま、まさくん?」
「スキンケアちゃんとしろよな」
明美はブスッと苦笑いする。
正樹は台所を出るとイソイソと支度を始めた。
「忘れ物はない?」
「あるわけ無いじゃん」
「そ、そうだね。まさくんはしっかりしているし」
「そういうことだ。じゃな、明美。いい子にしてろよ」
「う、うん・・・」
明美は正樹に手を振る。
明美は正樹を送り出すと玄関から庭先へと出た。
「ゲロゲロ・・・ゲロゲロ・・・」
ぴょこんっと植え込みの中からカエルが飛び出して来た。
「きゃあっ!」
明美は転びそうによろける。
「ケロケロ・・・ケロケロ・・・」
カエルは明美を他所に茂みへと隠れた。
明美は、昨夜の会話を思い出した。
「やあ〜だあ〜。明美の前世ってカエルだったのお〜?」
「笑わないでよ、お姉ちゃん」
「だあ〜って〜。いまどき冗談でも”前世はカエルです”なんて言わないわよ、普通〜」
「でも、あの占い師はそう言ってたぞ」
「正樹も明美もきっと揶揄われたのね。子供だと思って〜」
明美の姉である初美は、ケラケラと腹を抱えて笑った。
「それで五千円も踏んだくるなんて、いい商売ね〜」
「悪魔だな」
正樹は変顔をして見せる。
「明美はそれで納得したの?」
「えっ?」
「だから、その占いよ」
「う、うん・・・」
「その顔は納得して居ないわね?」
「な、納得って言うか・・・。せ、せめて・・・」
「せめて?」
「人間が良かったなって・・・」
「だはは。明美、だっせーの」
「こおらあ〜、正樹!」
初美は正樹を捕まえる。
「放せよ、かあちゃん!」
「ダ〜メ。明美にごめんなさいわ?」
「ごめんな、明美」
「う、ううん」
明美は首を横に振る。
「ほら、正樹。お風呂入って歯も磨いて宿題して寝なさいね」
「かあちゃん、長いよ〜」
「明美もほら、食器片付けるわよ」
「う、うん。ごめんなさい。ボオ〜ッとしちゃってた・・・」
「いいわよ別に〜。前世カエルじゃあ、浮かれた気持ちにもなれないわ〜」
初美はケラケラと笑う。
*
「カエルかあ・・・」
明美はため息をついた。
「カエルがどうかしましたか?」
「きゃあっ!」
「驚かせてすみません」
「て、天使さん・・・?」
「覚えておいででしたか?恐縮です」
「ど、どうしてここに・・・?」
「先ほど、正樹くんと道で会いまして」
「ま、まさくんと?」
「ええ、そこの交差点でたまたま・・・」
天使はニッコリと笑う。
「正樹くんがどうかしたんですか?」
「いいえ。何も」
「そ、そうですか・・・」
明美は俯いた。
「元気がないですねえ?」
「えっ?そうでしょうか?」
「お話お聞きしましょうか?」
「い、いいえ。と、特には・・・」
明美は恥ずかしくなって後ろを向く。
「あらあら?ペンダントは?もういまは身につけて居ないのですか?」
「ああ、は、はい・・・」
「占いの館はいかがでしたか?」
「あ、え、え〜と・・・」
「いかがでしたか?前世は?」
「か、カエルでした・・・」
「カエルですか?」
「は、はい・・・」
「それは、どのようなカエルでしたか?」
「ど、どのような・・・?」
「そうです。どこに住んでいて、どのように死んだ・・・とか。そう言う細かい設定ですよ」
「あ、えっと、そ、それは・・・」
「それは?」
「あのつい先日にお参りした池に住んでいて、蛇に食べられて死んだそうです」
「ほほう。興味深い・・・」
「そ、そうでしょうか?」
「あまりにも展開がないというか、ストーリーがないというか」
「そ、そうですか?」
「まあ、いいでしょう。それで、今日は、これからどちらへ?」
「何となく夢で見る場面があって・・・」
「夢ですか?」
「ええ、はい・・・」
「それで、どちらへ?」
「剣の博物館に行って見ようかと・・・」
「剣ですか?」
「剣、刀、鏃・・・。何でもいいんですけど・・・」
「随分と時代の幅が広いんですね」
「鉄・・・なのかどうかもハッキリしないんですけど・・・」
「それが夢に?」
「何となくですけど・・・」
「なるほど・・・」
「天使さんは、お詳しいのですか?その・・・そう云うものに」
「い、いいえ。特には」
「そうですか・・・」
「明美さん?」
「は、はい?」
「児珠くんを誘うのはいかがでしょう?」
「こ、児珠さんですか?」
「ああ見えて彼、過去のことには詳しいんですよ」
「過去のこと・・・?」
「そう。過去のこと」
*
「おいっ!だからって、何で俺が付き添わなきゃいけないんだよ」
「いいじゃないですか。いまのところ職も無く、フラフラして居るだけなんですから。人助けですよ。児珠くん」
(おいおい、そこの天使さん・・・)
「ご、ごめんさい。児珠さん・・・。お忙しいですよね・・・」
「いやあ、全然」
「なら、いいじゃないですか。ほら、いってらっしゃい」
天使は児珠のお尻を押した。
「痛ってえなあ〜。触んなよ」
「ほらほら、行った行った」
天使は児珠を追い立てる。
「それじゃあ、行くか?」
「はい」
明美は児珠と並んで歩き始めた。
*
博物館に二人が入ると目の前には甲冑と斧が出迎えた。
「これ、どういう”あれ”なのかなあ?」
「あ、”あれ”って?」
「コンセプト」
「展示のテーマは西洋から東洋までの武具とありますよ」
「武具?」
「はい」
(ふう〜ん・・・)
児珠は展示物を眺めた。
「昨日の占いどうだった?」
歩きながら児珠が聞く。
「カ、カエルだそうでした・・・」
「へえ〜。カエルねえ・・・」
「わ、笑いますよね?」
「いいや、俺は笑わねえよ」
「ど、どうしてですか?」
「俺もオタマジャクシだもん」
「オ、オタマジャクシ!?」
「そう。カエルに成れただけいいじゃん。俺、羨ましいぜ」
「そ、そうですか?うふふ」
明美は、嬉しそうに笑った。
(本当のこと知ったらまた泣かせちまうかな・・・)
児珠は明美の笑顔を愛おしく眺めた。
*
展示も終わりに近づいた。
明美と児珠は最後の展示の前で立ち止まる。
「こ、これ・・・」
明美は見上げると、目を大きく開いて絶句した。
明美たちの目の前には、2メートルを超えるような金色の長刀がレプリカとして展示されて居た。
「何に使うか分かるのか?」
「い、いいえ・・・」
「じゃあ、何で絶句なんだ?」
「ゆ、夢で・・・」
「夢で見たのか?」
「は、はい・・・」
明美は夢の中で見たワンシーンを思い返す。
「姫、これを持ってお逃げください!」
「に、逃げるって、い、一体、どこへ?」
「月が沈む方角へ・・・」
「つ、月が・・・?」
「は、早く!」
追手は馬に乗ってやって来る。
「居たぞー!追えー!」
ドドドドドドッ
ドドドドドドッ
若い娘は重たい長刀を抱えて走り出す。
(姫様、どうかご無事で・・・)
従者は盾となって果てた。
娘はもうどうにも逃げきれそうに無かった。
「も、ダ、ダメーーーーっ!」
*
「お〜い。明美さ〜ん?」
児珠は明美の目の前で手をヒラヒラと振って見せる。
「あ、あの・・・。ご、ごめんなさい・・・」
明美は目を開けると眩しく感じる灯りに目を瞬かせる。
「大丈夫か?夢でも見てたのか?」
「い、いいえ・・・」
明美は首を横に振った。
「これで最後だな?」
「えっ?」
「いや、だから、展示。これが最後の展示物。それでいいんだよな?」
「は、はい・・・」
明美はどこか混乱気味だった。
「休んで行くか?」
児珠は館外へと誘う。
「は、はい」
明美は頷くと児珠の後をついて行った。
*
「ほい。ジュースでいいか?」
「あ、ありがとうございます。・・・は、払いますね。お金」
「いや、いいって。ここは俺が」
「で、でも・・・」
「いいって、いいって。天使が払うんだからさ」
「天使さんですか?」
「そう」
「クスクスクス」
明美は笑った。
「あの色天使には気をつけろよ」
「色天使ですか?」
「あんたのこと気に入ってるみたいだからさ」
「そ、そんなことは・・・」
明美は戸惑う。
「さっきさあ、あの長刀で何か思い出したのか?」
「えっ?」
明美は児珠の顔色を伺う。
「だから、あの長刀〜」
「お、思い出すと言うか・・・」
「言うか?」
「ゆ、夢で見る刀とそっくりだなって・・・」
「へえ〜。それ、どんな夢だ?」
明美は夢のワンシーンを話して聞かせた。
「ふう〜ん。変わった夢だな」
「はい・・・」
明美はジュースの缶を握りしめる。
「いつも怖いのか?」
「えっ?」
「夢だよ。夢」
「い、いつもでは無いんですけど・・・」
「怖い夢もある?」
「は、はい・・・」
「怖い夢を見るならさ、そのペンダント枕の下に入れて置けよ」
「こ、これですか・・・?」
明美は天使がくれたペンダントを取り出す。
「色天使のナンパが聞こえるかもよ」
「な、ナンパですか?」
明美はクスクスと笑う。
(そうそう。その調子だ。明美・・・)
児珠はベンチから立ち上がる。
「くああ〜〜〜っ」
児珠は背伸びをして大きなあくびをした。
「俺、このまま帰るけど、明美さんは?どこか寄る予定ある?」
「少し図書館に寄って帰ろうかと」
「そうか。じゃあ、またな。気をつけて行けよな」
「はい。児珠さんも今日はありがとうございました」
明美は児珠に向かって頭を下げた。
児珠は振り返らずに手だけを振って立ち去った。
(あの野郎・・・)
児珠は、その足でマーラーの館へと向かった。
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