第3話 館

○館

 

 「う〜ん・・・。きっと、この辺りの筈なんだけどなあ〜」

 「お〜い、明美〜。本当にこっちで合ってるのかあ?」

 「まさくん、ごめんね。たくさん歩かせちゃって・・・」

 「俺は良いけど、お前がさ」

 「わ、わたし・・・?」

 「もう、おばさんだろ?明美は」

 「こ、こら〜。まさくん!」

 明美は、逃げる正樹を捕まえようとする。


 「アイテッ!」


 正樹は誰かにぶつかったようだった。

 「あ、あのう。ご、ごめんなさい」

 明美は駆け寄って正樹の代わりに頭を下げた。


 「美しいお嬢さん。そんなに謝らなくて大丈夫ですよ。可愛らしい坊やだ」

 男はそう言うと正樹の頭を撫でた。

 「あ、あのう〜?」

 「何でしょう?」

 「あ、い、いいえ・・・。ご迷惑をお掛けしたのに優しくして頂いてありがとうございます」

 「なあ〜に。どう致しまして。わたくし、天使ですから」

 「て、天使さま・・・ですか?」

 「そうです。わたしは天使です」

 目の前の男はニッコリと笑った。


 「おい、おっさん!」

 正樹は背伸びをして言う。

 「ナンパかよ、おっさんは?」

 「ナ、ナンパだなんてとんでもない。レディーに対して失礼ですよ。坊や」

 正樹は怪しい奴を見る目で男を見つめる。

 天使はニッコリと笑って見せた。


 「あ、あのう・・・」

 「はい。いかがいたしましたか?」

 「この辺りで教会堂がありましたでしょうか?」

 「教会堂?若いお二人にしては珍しいところへおいでになるのですね?」

 「児珠に会いに行くんだよ、おっさん」

 「児珠?」 

 「あ、あの・・・。ご存知ですか?児珠さんのこと?」

 「え?い、いやあ〜。そ、そう言うわけでは無いのですが・・・」

 天使は二人に背中を向けた。

 

 「どう行けばいいのかしら・・・?」

 「あっち行ってみようぜ、明美」

 「う、うん」

 正樹は明美の手を引いて立ち去ろうとする。


 「お待ちください。明美さん、正樹さん」

 「何だよ、おっさん」

 「教会堂へはわたくしがご案内いたします」

 正樹と明美は顔を見合わせた。

 

 「本当に大丈夫なのかよ、おっさん?」

 「わたくし、天に誓ってお二人をお導き致します」

 明美と正樹はジロジロとお互いに顔を見合う。


 「こ、ここまでおっしゃてるんだし。お、お願いしましょうか・・・?」

 「おっさん、教会堂だぞ。もう迷子になるなよな。俺もうクタクタだからさあ・・・」

 正樹は年相応に地団駄を踏んでみせる。

 「坊やは肩車にしましょう」

 そう言うと天使は正樹を肩に乗せた。

 「ご、ごめんなさい。甘えてしまって。ありがとうございます」

 明美は恐縮して頭を下げた。


 「おっ!あれじゃねえ?」

 正樹は背が高くなった分だけ他の誰よりも早く天に向かって聳える十字架を見つけ出した。

 「おお。ご覧になりましたか?そちらが我が教会堂です」

 「あ、あのう?」

 「はい?」

 「わ、我がってことは、天使さん?教会堂の方ですか?」

 「いえ、まあ。関係者であることは間違いないですね〜。はい」

 天使はまたニッコリと笑う。


 天使は正樹を肩から下ろした。正樹は教会堂の入り口に向かって走り出す。

 「お〜い!児珠〜!」

 正樹は張り切って教会堂の表玄関の戸を開けた。


 ゴオ〜ン!


 それらは重厚な音と共に開いた。


 扉を開くと屋内は礼拝堂になって居た。

 「おお〜!」

 正樹は初めて見るそれに興奮した。

 「明美〜。ピアノがあるぞ〜」

 正樹はピアノへと走り寄った。


 「ピアノがお好きなのですね?」

 「ち、小さい頃に少しだけ弾いたことがあって・・・」

 明美は恥ずかしそうに言う。

 「正樹くんにちょっとだけ弾いて見せたことがあったから・・・」

 「それは素晴らしいですねえ。わたしにもいつか聴かせて頂けませんか?」

 「えっと・・・。は、はい・・・」

 明美は両手を握り恥ずかしそうに下を向いた。


 「おい?何の騒ぎだよ?」

 教会堂の奥にある一室から児珠が姿を現す。


 「ああー!児珠の奴、どこに居たんだよ〜」

 正樹は児珠に飛び付いた。

 「おいおい。正樹、何だよ。危ないだろうが」

 児珠は正樹を胸に受け止めた。

 「お前が来いって言ったんだろう?児珠〜」

 「おあっ?そう言えばそうだったな。悪い悪い。よく来たよな。正樹」

 「こ、こんにちは。児珠さん」

 明美も遅れて挨拶をする。


 「それで、何でお前も一緒に来てるわけ?」

 児珠は天使に向かって言う。

 「そのおっさん天使だってさあ〜。児珠〜。明美の奴が道に迷うから、その人が助けてくれたんだぜ」

 天使はニコニコと微笑む。

 「お前、いい女を見つけるとコロッと態度変わるよなあ〜。この色天使」

 「そ、そんな人聞きの悪い、児珠さん・・・。わたしはいつでも善き天使ですよ。はい」

 天使はニッコリと笑う。


 「それで、用って、本当にそれだけ?俺に会いに来てくれたわけ?」

 「寄り道に決まってんじゃん、児珠〜。図々しいなあ〜」

 正樹が言う。

 「あ、あのっ。お、お礼を渡したくて・・・」

 「お礼?何だよそれ?」

 「昨日、ご親切にして頂いたお礼です」

 「俺と明美で作ったんだぜ」

 「作った?何を?」

 「ク、クッキーです」

 明美は可愛らしい包み紙を児珠に差し出した。

 「うわあ〜お!俺、食べるもの超!嬉しいんだ。ありがとうな、正樹。明美さんも」

 「い、いいえ。お口に合うかどうか・・・」

 「不味くても食え!」

 正樹が堂々と言う。


 「お茶でも淹れましょうか?」

 天使がニッコリ微笑み言う。

 「おお。気が利くじゃん、お前にしては」

 児珠が嬉しそうに言った。

 「ダ〜メ〜。俺たちこれから行くとこがあるんだ」

 「行くとこ?どこ行くんだよ正樹?」

 「占いに行くんです。わたしの・・・」

 「占いですか?」

 天使が聞き直す。


 「姉が前世占いをやってる館を見つけて来てくれて。そこは、とても有名だからって、予約をしてくれたんです」

 「それが、今日で、今からなんだよ」

 「何時に約束でしょうか?」

 「11時11分なので、後30分くらいです」

 「歩いて行くから俺たち時間が無いんだ」

 正樹が言う。


 「おい、正樹。その館って、名前は?どんなところか知ってるのか?」

 「マーラー館のマーラさんって言ってたぞ。かあちゃんが」

 (マーラー館のマーラって、それ、あれだろう?釈迦くんを最期まで誘惑し続けたあのマーラだろう?)

 児珠は天使と目を見合わせた。

 

 「正樹、それ、本当によく当たるのかよ?」

 「かあちゃんが嘘つきって言うのかよ?」

 「いや、そうじゃ無いけど・・・」

 「児珠には関係ないだろう?」

 (無いっちゃ無いけど、有るっちゃ有るんだよ・・・)


 「明美さん?」

 「は、はい?」

 「これをお持ちください」

 天使はペンダントを差し出した。

 「こ、これは・・・?」

 「先ほど頂いたクッキーのお礼です」

 「あ、ありがとうございます」

 明美はペコリと頭を下げた。


 「肌身離さずにお持ちくださいね。特に、館を出るまでは必ず」

 「は、はい・・・」

 明美はキョトンとした表情で天使を見つめた。

 

 「館までは送って行ってやるよ。正樹」

 児珠が言う。

 「へえ!児珠、いい奴じゃん」

 正樹は上機嫌で児珠の腕を引っ張った。

 「また迷子になったら辛いだろう?」

 「へへへへ」

 正樹は笑うと先頭になって走り出す。

 「待って。正樹くん!」

 明美は慌てて走り出した。


 「お気をつけて」

 天使が児珠に目配せをする。

 「上には黙っておいて。俺が館に行くこと」

 「どうしましょうねえ・・・」

 「お前が職権濫用して可愛い女の子ナンパしてるっていいつけるぞ、この色天使」

 「児珠さま。そのようなみっともないことをいつこのわたくしが?」

 (いや、だから、いまそうだっただろう・・・。お前・・・)

 児珠は静かに歩き始めた。


 館に着くと館内からは音一つ漏れては来なかった。

 「す、すみませ〜ん」

 明美と正樹は薄暗い館内を覗き見る。


 「どなたかな?」

 中から男性の姿が現れた。

 「前世占いのマーラさんのお館で間違い無いでしょうか?」

 明美は男に向かって言う。

 「確かに当館は前世占いの館です。さあ、こちらへどうぞ」

 男は正樹たちを手招きする。


 男は遠く離れた位置から視線で覗く児珠の姿にチラリと目を合わせた。

 (マーラの奴、俺に気付いてやがる・・・)

 児珠はマーラの視線を切ると、館の上を見上げた。


 館の上には赤黒い雲が集まり始めた。

 (前世の館か・・・)


 児珠は目を閉じた。脳裏には前世に繰り広げた数々の争いの場面が浮かんでは消えた。

 (マーラと明美・・・。接点が有ったかなあ・・・)


 児珠は思い出そうとする。


 児珠は思い当たる節に出会うと、深くため息をついた。

 「はあ〜〜〜」

 (悪の化身のマーラと何もトラブルの無い人生なんて、人間にある筈が無いんだ・・・)


 児珠は閉じて居た目を開けた。

 (今世でもまた厄介な奴になるのかなあ・・・、マーラ)


 視線を地面に落とすと児珠は二人を待たずに館を後にした。

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