第2話 女神

○女神


 今日も俺は女神が居ると言う池に来て居た。

 「お〜い。色っぺい女神様よお〜」

 「誰だ、ワラワをそのような下品に呼ぶ者は?」

 「いやだって、女神様よ〜。その格好さあ〜。水がドレスって無茶ありすぎるだろう?」

 「ワラワは水の女神ぞ。水がドレスで何が悪いのじゃ?」

 (いや、だって、スケスケですもん・・・、あなた・・・)


 「うん、いや、いいだけどさ」

 俺は、苦笑する。


 「何か願うのかの?若者よ」

 「いや、願いはいいよ。それに、俺、若者じゃ無いし」

 「ワラワには若く見えたが、そなた転生記憶者か?」

 「そう言うこと。もう数えきれないわけ」


 「そなたは何をしようとこの世に再び参られた?」

 「自由恋愛だって」

 「恋愛ならワラワの得意分野ぞ。遠慮せず願うが良い」

 「う〜ん。叶えてもらったら、それ、自由って言えるのか?」

 「そなたイチイチ細かい男であったか・・・」

 (いや、ズルはダメでしょ、ズルは・・・)


 「俺よりもさあ、昨日、明美って女がここに来てなかった?」

 「明美とな・・・。ふむ、参られた」

 「その娘の願いを叶えてあげて欲しいんだよ」

 「ふむふむ。そなたの願いは彼女の願いを叶えること。それで良いのじゃな?」

 「そう言うこと」

 「あい、分かった。受けよう」


 「ところでさあ、そのドレスだけど・・・」

 「なんじゃ?まだ、ワラワの衣装に何か?」

 「それって、池の水が汚れたら、ドレスの色も変わる訳?」

 「池の水だけでは無いぞい。水系に関わる水が汚れればワラワの見てくれもおぞましくなる。そういうことじゃ」

 「なるほど・・・」

 「ワラワの姿が見える者は、もうほとんど居らなんだ。誰も気にせん。悲しいことじゃ」

 「あんた、綺麗だぜ。女神様よ〜」

 「ふふふ。まだまだ人間に感謝せねばな・・・」


 

  *



 俺は池を抜けると川へと登った。ここには龍神が棲むと言う。

 「お〜い、おっさん。居るかあ〜?」

 俺は空を見上げる。空には雲ひとつない。そこに一筋の霧のようなものが現れた。それらは空の中で雲のような集まりとなってうねった。

 「誰だ?」

 空中に声が響くようだった。

 「俺、児珠。よろしくな」

 「これまでに会ったことがあるか?」

 「あるんじゃね?」 

 「過去生か?」

 「そう言うこと」

 「何の用だ?」

 「用はねえよ。ただ」

 「ただ、何だ?」

 「あんたたちに困ったことがあるなら手を貸す」

 「ほう。見上げたものだな小僧」

 「俺、小僧かよ!?」

 「不服か?」

 「いや、あんたたちからすれば俺なんて」

 「ふん」

 「んで?何かある?」

 「今のところは無い」

 「そう?じゃあ、また来るよ。それまでに考えておいて」

 龍神は気が無いとでも言うようにそこを去った。


 俺は、川上に向かって沢を登った。途中途中で、水の精霊たちに出会う。

 「お前ら元気そうだな」

 「ああっ!お前、いつかのガキンチョ」

 「ガキで悪かったな」

 「お前あの時、沢で遊んで居ただろう?」

 「ああ、それ俺だ」

 「ってことは、あの後、大丈夫じゃ無かったんだな?」

 「さあ、どうだかね〜」

 俺は、”イーッ”と口を横に広げて笑って見せる。

 「次は、守ってやるから安心しろい」

 「分かってるって。頼りにしてるぜ、相棒」

 「よせやい」

 精霊たちは笑い合う。


 山の頂に着くと俺は天に向かって背伸びをした。

 「お〜い。山のおっさ〜ん」

 俺は呼びかけた。

 「なんだ?クソガキか?また遊びに来たのか、お前さん」

 「大した言われようだな〜、俺」

 「お前は山に来るたびに荒らして行っただろうが」

 「過去の話だろう?いまは、ほら。こうしてマナーよく上がって来ただろう?」

 「まあ、良いじゃろう。して、なに用か?」

 「山の生き物たちが気になってさ。変わったこと無いか?」

 「ふん。何も無かろう。気になることでもあったのか?」

 「いや。別に」

 「では、なぜだ?」


 「う〜ん、ちょっと気になる娘が出来てさ・・・」

 「お前に恋煩いとな!?」

 「ああ、俺、今世は自由恋愛が必修だからさ」

 「あはは。面白い設定にしたものだな」

 「笑い事かよ。俺も俺にビビるわ。なぜ、それにってさ」

 俺たちは笑い合う。


 「そいつ明美って言うらしいんだけど、何かひっかっかってさ」

 「記憶か?」

 「うん。どうも何かキナ臭いって言うかさ」

 「過去の業でも残るか?」

 「いんや。まだ分からない。分からないけど、放って置けなくてさ」

 「それは、恋か?」

 「恋・・・って言うか、まだ、お節介だろう・・・。これは、まだ」

 「うむ。山で何かあれば教えよう。お前は気にせずとも良い」

 「ああ、頼むな」


 俺は、振り返りもせずに山を下りた。山を下りると、昨日、明美たちを見かけたところで立ち止まる。

 (毎日来る訳じゃねえよなあ・・・)


 俺は、日が沈むまでそこに居た。


 「そろそろお帰りになってはどうですか?」

 天使たちが迎えに来た。

 「いいだろう?自由なんだから、放っておいてくれよ」

 「今日は来ませんよ。彼女はもう」

 「ほら〜。そう言うの。言っちゃダメだろうそういう情報は」

 「有用だと思いますが?」

 「無駄がいいんだって。自由恋愛は」

 「フフフ。恋枯らして待つですか?」

 「いや、枯れてねえし。まだ」

 「では、まあ、気をつけてお帰りを」

 「上にも言っておいてくれよな。過保護は要らねえって」

 「承知」

 天使たちは跡形もなく去って行った。


 俺は、ブラブラと街を歩いた。商店街を抜ければ近道になる。俺は、何も買うものの無い商店街を一人で歩く。

 

 ドテッ!


 「う、うわああ〜〜〜〜んっ」


 目の前でガキが泣き出した。

 「お、おい。大丈夫か?お前。親は?連れは誰も居ないのか?」

 俺はガキを抱き起こす。

 「うわあ〜〜〜ん。うわあ〜〜〜ん。」

 「おいっ。泣くなって。誰と一緒に来たんだよ?」

 俺は、キョロキョロと周りを見回した。


 「正樹くん!」

 

 一人の女性が走り寄って来た。その姿を見た俺は驚いた。

 (あ、明美・・・!?)


 俺は、明美だとは知らないフリをして話しかけた。

 「あなたの子供ですか?」

 「ど、どなたか知りませんがご親切にして頂いてありがとうございます」

 明美は、俺に頭を下げた。

 「いや、俺は、別に。それで、このガキは、あんたの子?」

 「いいえ。姉の子なんです」

 明美は正樹を抱き起こして言う。

 「お姉さんは?」

 「いま、そこのお店でお買い物をして居て・・・」

 「明美〜?」

 「はあ〜い。お姉ちゃん、こっち〜」

 明美は大きく手を振る。

 「ごめんなさい。じゃあ、わたしたちはこれで。まさくんも、ちゃんとお礼を言ってね」

 正樹は、じーっと俺を見つめて来た。

 「おっちゃん、だ〜れ〜?」

 「お、俺か?俺は、それ、通りすがりのおっちゃんだ」

 俺は胸を張ってみせる。

 「だっせ〜」

 「こらあ〜。まさくん!」

 明美がダメと嗜める。

 「大丈夫、大丈夫。俺、こういうガキ慣れてるんで」

 「す、すみません」

 「ほら、ごめんさないは?」

 「許してやるよ〜。イーッダ」

 「こらあ、まさくん」

 明美は、正樹をコツンとした。

 「すみません。この頃、わがままで」

 「何かあったんですか?」

 「ああ、いえ。ちょっと、お義兄さんが留守気味で、拗ねているんです」

 「ああ、遊んで欲しいんですね。男親と」

 「ええ、どうやらそうみたいで」

 「俺でよかったら相手しますよ。俺、暇なんで」

 「おい、おっさん。明美に手を出すなよ〜」

 正樹が言う。

 「おい、坊主。ガキのくせによく言うな。お前、明美さんに惚れてんのかよ?」

 「明美はボウっとしてるから、オレが守るんだ」

 「へえ〜。転んで泣き喚いてた奴がなあ〜」

 「ふんっ」

 正樹は、”ベーッ”と舌を出して逃げた。


 「ごめんなさい。わたしがしっかりしないばっかりに・・・」

 明美は困ったように笑う。

 「俺もガキの頃はあんなもんでしたよ。もっと、クソガキだったかも」

 俺は頭を掻きつつ笑う。


 「お名前を伺ってもよろしいですか?」

 「ああ、俺?俺は、児珠。そこの教会堂で寝泊まりしてる。良かったら教会に来てみたら?俺、すっげえ秘密、教えるからさ」

 「秘密ですか?」

 「そう!」

 俺は声を弾ませた。


 明美たちと別れると、俺は、何も買わずに教会の一室に戻った。

 「遅かったですね?」

 天使たちがまた下りて来て居た。

 「ここ、集会所みたいに使うの止めてくれる?」

 「ハハハ。ここは楽なので」

 「上でまたコキ使われてんのか?」

 「そのようなことは何も」

 「ふう〜ん」

 俺は疑いの目で見る。

 「何か収穫はありましたか?」

 「いや、別に」

 「そうでしたか。それでは、これを」

 「おわっ!すげえじゃん、いいのか?これ!?」

 「先ほどは人助けをなされたようですから天からの差し入れです」

 「気が利いてんなあ〜」


 天からの差し入れは、商店街にある有名店からの天丼セットだった。

 「ここの天丼は、エビ天が二本も入ってんだよなあ〜」

 「エビス様からのお差し入れで、もう一本追加しております」

 「ああ、あのおっさん、いまでもエビで鯛を釣ってんだ」

 「いまは、鯛の時期では無いようで、他の魚を狙っていらっしゃるようですが」

 「いいよ、そういうオタネタは・・・」


 俺は、天使たちを放っておいて、天丼に食らいついた。

 (うっめえ〜。やっぱ、うめえ〜おわわわわあ〜)

 「フフフ。お幸せそうですね?」

 「そりゃあ、そうだろう。上では何でも思い通りだけどさ。この感覚は下でしか味わえねえもん」

 「フフフ。そうでしたね」

 「お前らだって、味わったことくらいあるんだろう?」

 「いいえ」

 「誰も堕ちたこと無いのかよ。この世界に」

 「はい」

 「なんだ。そうだったのか」

 「私たちはあなた方を通して学びますから」

 「そういうことか」

 「ええ。ですから、いろんなことを見せてくださいね」

 「はいはい」

 俺は、天使たちの話を適当に聞き流しつつ、舌鼓を打った。

 「後で、神ともお話しされるでしょう?」

 「さあな。気分次第」

 「お待ちになられている筈ですよ」

 「何?じいさん、暇なの?」

 「まさか。お忙しい限りです」

 「じゃあ、放って置けよ。たかだか一人の人間のことなんてさ」

 「そうは行きませんよ」

 「なんでだよ?」

 「人は等しき愛し子。誰のものにもなりません」

 「ふう〜ん。じゃあ、天にもか?」

 「そう言うことです」

 「分かったからもう、お前ら帰れよ。忙しいんだろ?」

 「ここは、休憩タイムですから」

 (頼むから他でやってくれ・・・)


 天使たちが去ると俺は礼拝堂へと入った。俺は一人で床に片膝をついた。

 (お〜い。じいさん。神様よ〜)

 俺は心の中で呼びかける。

 「今日もありがとうな。じいさん」

 「ジジイ呼ばわりするのはお前か?児珠」

 「悪いなじいさん。俺、信仰が足りねえみてえだわ」

 「ふん。ハナからそのようなもの期待しておらんわい」

 「へえ〜。じいさん、いい心がけじゃん」

 「お前くらいだぞい、神を前にしてその態度」

 「すんませんって、神様〜」

 「気色悪いから、遠慮するない」

 「ありがとう、じいさん」


 「何か用だったか?児珠よ」

 「いや、ありがとさんって。ただの礼」

 「ほほう。殊勝じゃのう」

 「いや、別にさ」

 「何も無かったなら、それでいい。もう休みなさい」

 「じいさんもありがとな。いつも俺たちのこと」

 「我が愛しき子どもたちよ」

 「それそれ。ありがとさん」

 「いつでも話しかけるが良い。答えるであろう」


 俺は、祈りを終えると立ち上がった。

 (明美の奴、何か思い出すのかなあ・・・)

 俺は、教会堂を出ると、高く上る月を見上げた。

 (月があんなに高い・・・)

 俺は月夜に照らされる天女の姿を思い出して居た。

 (明美・・・。いつかまた月に・・・)

 俺は、部屋に戻って眠ることにした。

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