なあ?俺たち、人間何回目?ふつうの人間に転生したからには、フツウの恋愛をしたいです

十夢

第1話 明美


 俺の名前は児珠。前世の記憶を持っている。世間では”人間何回目?”なんて言葉が流行っているそうだが、俺に言わせれば何回目なんて放っておいて欲しいところだ。俺のように人を見るだけで”コイツ○○○回目だって”分かる人間には非常に辛い。だって、俺は、俺よりも多く転生した奴を見ないのだから。

 俺はこの世でも最多数クラスの転生者だ。それなのに、見ろ。この世での俺のこの最低ぶりを。過去生では、体験したことが無い地位や名誉だって無かった筈なのにこの有り様だ。もしやすると、この世のダメっぷりを俺は体験するためにこの世に再びやって来たのだろうか?だとしたら俺はなんて不幸なんだろう?転生後の人生を設定できればいいのに。俺の場合はそうじゃなかったらしい。

 この世では先輩格の筈の俺だが、前世の記憶の無い奴らにしてみれば俺も誰もがこの世の1年生になるわけだ。この世に生まれて1年生でこの差が生まれるわけが無いだろう。俺は、空に向かって嘘ぶる。

 「神様って残酷・・・」

 俺は、いまではもう話すことができない神たちに向かって毒づいた。

 俺の今世でのミッションは、どうやら恋を実らせることらしい。俺のこれまでの過去生では、自由恋愛なんてしちゃいない。俺はどの過去生においても由緒正しき御坊ちゃまで、俺が望まなくても女は持て余すほど与えられて来た。それなのにどうだ?この世界は。訳のわからない倫理観。意味のない常識。そんなものに阻まれて、男と女は一夫一妻制らしい。あまりにも貧相なこの価値観に俺は心底愛想が尽きる。

 「なんで、こんな世界に俺を送り込むんだ!」

 俺は、それを決めた俺自身に怒りをぶつけた。

 「どうせなら、もっと面白いことのために生まれて来いよ、俺」

 俺は、俺にそう毒づくと、恋愛指南書とやらを取り出した。

 

 俺がこの世に転生する時には、気の利いた天使たちがこの恋愛指南書とやらを持たせてくれた。この世で自由恋愛を謳歌するためのビギナー書らしい。

 天使たちが教える自由恋愛がどんなものかは知らないが、俺は、これを成就しなければ死ぬことさえ許されない。

 「なんでそんな設定を盛り込んじまってんだ、俺?」

 俺ほどの”人間何回目?”多数者であれば、もっと質の高い設定を盛り込めた筈なのに。

 「恐ろしすぎるぞ、俺。なんてチャレンジャーな俺!」

 一人ツッコミで笑わせたくなる。


 「よし!行くぞ」


 俺は住まいである教会堂を出た。

 俺の住まいは教会堂の一室になって居た。ここは天使たちが準備したもので、簡易ホテルのような作りだった。俺には兄弟も家族もなく教会で世話になる設定だった。

 便利なのは、この教会の十字架を通してのみ、神たちに質問が出来るところだった。通常の人間たちであれば出来ないようなことでも、この教会の十字架を通じてのみだけそれが許された。いまのところこの秘密は俺だけのものにしているが。


 俺の今日の目的地は、有名なデートスポットと呼ばれている池だった。

 この池には女神が住んでおり、和紙とコインを使った占いが出来る。俺は、占いには興味は無いが、ここに集まる女どもに用があるからだ。

 「出会いを求めてやって来る女たち・・・」

 俺は、ブツブツとつぶやいては、池のほとりを歩いた。


 「あなた?一人?」

 見慣れない女が俺に話しかけた。

 

 その女は、奇妙な格好をして居た。今風と言うより、少しダサい。昭和を醸し出す女だった。

 「なんだよ、お前」

 「まあ、つれないのね?」

 女は気づかれて居ないつもりだろうが、俺ほどの転生者になれば見れば分かる。この女は天狗の類だ。この奇妙な格好。人間どもを揶揄いに来てやがる。

 「俺は、女に興味ねえ」

 俺は、その女から離れた。


 池のほとりを離れて、池が見渡せるところから人の往来を眺める。

 「おお、いい女だぜ♪」


 二人組で歩いて来る女たちに俺は目を留めた。

 「一人は、夫子持ちっぽいな。もう一人は、その妹か親戚か何かか?」

 俺は女を見定める。

 

 「きゃはは。お姉ちゃんったら。そんなことないよ〜」

 女の声が聞こえる。

 「明美も好きな人ができたらわかるはずよ」

 「わたしには好きな人なんて・・・」

 「そんなに忘れられないの?」 

 「う〜ん。どうかな・・・」

 「明美が好きなその人って、夢で出会えるって言う人でしょう?」

 「うん・・・。夢だったかどうかも忘れてしまったけれど。なんだか記憶にあるの」

 「それって、前世とか?」

 「う〜ん。前世とかわたしはよく知らない。でも、もしもあったなら、そうだったのかなって・・・」

 「名前とか覚えてるの?」

 「名前は・・・。何かを呼ぶような記憶はあるんだけど・・・」

 明美は思い出しそうで思い出せない何かに苦しむ。

 「やっぱり、分からないわ・・・」

 「今度、占ってみようか?」

 「え?占うって・・・?占い?」

 「そう。どこにでもありそうじゃない。前世占いって」

 「うん。そうかも」

 「当たるかどうかじゃなくて、明美がどこかで一歩踏み出せるように」

 「お姉ちゃん・・・。うん・・・。ありがとう・・・」


 どうやら妹の方は、そうして会話を止めるように下を向いた。

 俺はその様子を見て居た訳だが、あの明美とか言う女のことは記憶に留めることにした。


 俺が教会堂に戻ると天使たちが降りて来て居た。

 「収穫はありましたか?」

 「なんでいつも下りて来るんだよ?過保護にすんなっていっつも言ってるじゃんかよ〜」

 「過保護では無くて管理です」

 「それって、監視とどう違うんだよ?」

 「それで?首尾は?」

 「池のほとりで姉妹を見かけた。この妹が明美って言って、いい女だった。それだけだ」

 「なるほど。明美さんですね」

 「おい、お前たちさあ。それでまた調べて来ますとかやめてくれよな」

 「調べなくても分かります」

 「俺、そういう情報、一切、お断りな」

 「手間が省けますよ?」

 「手間省いてちゃ楽しい恋愛にならないだろうが?」

 「楽しみたいのですか?恋愛を?」

 「なんだよ、悪いのかよ?」

 「いえ。てっきりあなたほどの転生者になると、もう、さっさとこの世を終わらせて、安眠につきたいのかと?」

 「済むこと済ませて、さっさと死ねってか?」

 「そうは言いませんが」

 (いや、お前、それ言ってるって・・・)

 俺は苦笑する。


 「では、まあ、いいでしょう。お互いに知らない者同士からの自由恋愛と言うことで。そのように上にも報告しておきますね」

 (報告ってなんだよ・・・。このお節介め・・・)

 俺は心の中で毒づく。


 天使たちが去った後、俺は教会堂に一人、膝をついた。

 「神様。俺、この世に生まれて良かったよ。でも、この設定は、何だ?俺、ちゃんと生きていけんのかな?」

 「心配は要らん」

 「そう言ってもらえるとありがたいけど・・・」

 「けど、何だ?」

 「いまは言えねえ・・・。けど、またいつか話すよ」

 俺はそう言って、祈りを終えた。

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