第8話
「すまん、ぽち。お前に謝らなあかんことがある」
遠くからセミの鳴き声が、聞こえてくる。夏の夕暮れでの散歩中に青が、いきなり切り出した。
ああ、そうだ。お前は、俺に謝るべきだ。
なんせ、昨日はお前が「もうちょいしたら、散歩行くで」と言った直後に昼寝して、そのまま散歩に行かなかったんだからな。
どれだけ俺が、散歩を楽しみにしていると思っているんだ。
自由に動き回れる青と違って、こちらと普段は家から出られないんだ。
四季の香りに心を弾ませ、流れていく雲を眺め、ふと訪れる偶然で世界がきらめく。
それが、散歩なんだよ。同じ日は、一日とないんだ。その貴重な一日をお前は、奪い去ったんだ。
どれだけ罪深いか、分かっているか?
分かっているなら、誠心誠意謝れるはずだ。
さぁ、謝れ!
「今日、ぽちを置いて寿司食いに行ったんよ」
嚙み殺すぞ、貴様。
寿司なんて、どうでもいい。
どうせ、俺は店に入れないだろうが。
「ほんまごめんな。ぽち、好きやもんな寿司。お祝いごとの日に取った宅配の寿司とか、うまそうに食ってるもんな」
確かに食べてるが、それはお前らが与えてくるからだ。どちらかと言えば、肉の方が好きだし。
「……心なしか、ぽちも怒った顔してるわ」
怒っているぞ、全然嚙み合わないことに。
「でも、しかないことは分かってな。回転寿司は、犬は入られへんねん」
そんなことは、とうに気づいてる。
こいつ、俺を飼い始めてから何年たったと思ってるんだ。もう10年は経ってるぞ。それなのに、なんでこんなに通じ合わないんだ。
「あ、そうや。近所のスーパーでも行くか。スーパーなら、パック寿司売ってるやろ。味は落ちるけど、勘弁してな?」
ダメだコイツ……。
「ワン!」
抗議の声を上げてみる。でも……。
「おお、ぽちも楽しみか。なら、急ぐで!」
やっぱりだめだ、コイツ。
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