17 神に愛された人間

「ああ! ずるい! 卑怯だ! ずるい! 神に愛された人間が! この時代に存在するなど!」


 ユルロの力によって拘束され、身動きの取れない悪魔は、物見台の目の前で、叫ぶ。


「これで三回目よ。質問に答えて。何が目的?」


 それを聞きながら、抜身の剣を持ったまま、シェリーは静かに問いかけた。


「報復だ! 惨劇だ! 最上位の悪魔が決めたのだ!」

「具体的に言え。最上位の悪魔が代替わりしたのは推測できるが、お前の物言いはどうにも幼稚だ」


 不愉快そうな顔をしたユルロの、低く、重い声に、


「神になど! 言うものか!」

「俺ではない。お前の目的だった、彼女へ言え。言わなかったらどうなるか、お前が一番分かっているだろう?」


 その言葉に、悪魔は顔を引きつらせた。


「どうなるの?」


 シェリーの言葉に、


「この悪魔は、使命を負ってここまで来た。それを果たせなかったとなると、契約違反だ。同族に嬲り殺されるだろう」

「あら、それは可哀想」


 悪魔は顔を歪め、


「っ……! 哀れなのはお前だ! ああ、言ってやろう! 神の言う通り、最上位は代替わりした! お前に殺された同胞よりも強いことを証明すると宣言された! お前の血族を殺し! 親しい者を殺し! 権力者を殺し! 最後に、たった独りになったお前を殺すのだ!」

「それが全容? 私を殺したあとは?」

「この地を蹂躙する! 当たり前のことを聞くな!」

「そう……分かった」


 シェリーはそう言うと、


「なら、早急に対処しなきゃね。情報、ありがとう」


 剣を軽く振るう。悪魔は一瞬にして塵になった。


「……簡単そうに灰にして。誰にでも出来る芸当じゃないぞ」

「ユルロのにも驚いたわ。さあ。戻って今の話をしないと」


 シェリーは言って、手を出す。


「ああ」


 ユルロはそこに手を置き、シェリーの手を握る。


「……ブローチ」

「このままのほうが動きやすい。お前はいつも通りにしてれば良い。戦力は多いほうが良いだろう?」

「異端審問……」

「そんなことはさせない。安心しろ。行くぞ」


 ぐい、とユルロに引っ張られ、シェリーは朝のように、ため息を吐きそうになりながら、大隊長室へ降りていった。


 ◆


「はじめまして、ユーケン大隊長。俺はユルウアルカ・ディーン・ケイラス・マルディウス=ヨルボロスという。この緊急時の戦力になれる存在だ」


 人が集まり始めた大隊長室に入り、周りが困惑の表情を見せる中リアナの前まで来て、ユルロはそう言った。シェリーは諦めの境地に入りつつあった。


「あなたは臨機応変に動ける人間だと思っている。俺を味方だと認識してくれると有り難い」

「……何が何やらさっぱりだが」


 リアナは難しい顔をしたあと、


「シェリーが君に、敵意も疑問も向けていないのは分かる。味方の判別はつけられないが、敵ではないと認識しよう」


 軽く笑ってそう言った。


「有り難い。話が早くて助かる」

「戦力はこちらも欲しいからな。ただ、この事態を収束させたら、君自身の情報を求める。それは確定事項だ」

「ああ。問題ない。それで、こちらに向かってきた悪魔だが、中々有益な情報を寄越してくれた。そいつはシェリーが灰にした。そして周囲に、他の悪魔の気配もない。この場所は今は、安全だ」


 ユルロの、確信を持ったその言葉に、周りがどよめく。ユルロはそれを気にせず、話を続ける。


「悪魔たちの目的は、恐らく力の誇示だ。最上位の悪魔が代替わりし、この国から人間の世界への進出を、考えているように思われる。シェリー、続きを」

「……」


 シェリーはため息を飲み込むと、悪魔が話した言葉を、その状況を、全て違えず口にした。


「──ですので、彼らの最初の目的地は、アルルド領かと思われます。……申し訳ありません。あの時、悪魔は殲滅すべきでした」


 拳を握り込み、淡々と言うシェリーに、


「お前のせいではない。代替わりした悪魔の性格の問題だ」


 ユルロは言い、シェリーに顔を向け、その拳を上から握る。


「ふむ……状況から察するに、その神は、君を指しているか? ユルウアルカ殿」


 リアナの言葉に「ああ、そうだ」とユルロは、躊躇いなく頷く。


「神?」

「情報の錯綜が激しい……」

「呪いは?」


 周りは耐えきれず、大きく呟く。


「シェリーの呪いについては、また別の話だ! 今は悪魔討伐に全力を注ぐ! 皆、思考を切り替えろ!」


 リアナのそれに、全員がピシリと動きを止め、次には揃って返事をする。


「……思っていたが、ユーケン大隊長。あなたは兄に好まれそうだ。無理やり連れて行かれないことを祈ろう」


 ユルロの言葉に、


「はは、神に好まれるか。光栄なことだ」


 リアナは明るく答えた。


 ◆


 国王も顔を出す臨時の会議に、ユルロも同席することになり、周りが興味深げな視線を投げる中、ユルロは悪魔の情報を出来る限り述べる。人間界に出てきている悪魔の動きを、細かく伝えながら。


「そして今、悪魔に対抗できる最大戦力は俺とシェリーだ。被害を最小限に抑えるには、俺とシェリーをアルルド領に送り込むのが最善と考える」

「君、ヨルウアルカ殿は分かるが、なぜアルルド殿を? それに、アルルド領までは二ヶ月かかる」


 ユルロを訝しげに見ていた貴族議員の一人が言う。


「聞いていなかったか? 悪魔は伝令を寄越した。分かりやすい挑発行為だ。自己顕示欲が高いらしい今の最上位の悪魔は、シェリーに来いと言っている。シェリーの目の前で、家族を殺すために。それを止め、ことを収めるには、シェリーの目の前で悪魔の心を折ってから殺すのが、一番簡単かつ有効だ」

「二ヶ月の距離は、どうするつもりだろうか」


 エイベルが静かに問う。


「ここからアルルド領までの距離程度、今の俺なら五分とかからない。他に質問は? なければ行動に移したい。……悪魔はバラけてきている。アルルド領を含めた、近辺の上空に散らばるように。そろそろ、最上位の悪魔も姿を現すだろう」


 最上位の悪魔と聞き、周りが──特に神官たちたちが、動揺を示す。補佐として会議に参加しているシェリーは、波立つ心を出来る限り鎮め、チェスターと共にリアナの後ろに立っている。


「自分はほぼ、異論はない。だが二つ、ユルウアルカ殿に聞きたいことがある」


 土の大隊長、クリストファーの発言に、ユルロはそちらへ顔を向けた。


「一つ、君は神だというが、ユルウアルカという名前に、自分は覚えがない。君はなんの神なのだろうか?」

「シェリーから聞いた限りだが、トゥベリウス、という神に当てはめられているらしい」


 神官たちがどよめく中、「もう一つは?」とユルロが続きを促す。


「……今の、と先ほど言っていたが。それは君の力に、限界があるということだろうか?」


 少し動揺しかけていたクリストファーのそれに、


「神にも限界はある。だが、今の、という言葉は、力がある程度回復している故の言葉だ。兄に力を分けてもらい、回復した。このような回答で良いか?」


 クリストファーは難しい顔をしながらも「ああ」と頷いたが、


「兄? 最高神か?」

「回復とはどういう意味だ?」

「トゥベリウスなのだろう? アルルド嬢をそのまま天に連れて行く気か?」


 神官たちの動揺は大きくなるばかり。


「……」


 それを見ていた国王が、口を開きかけ、


「煩い」


 ユルロの放つ神気と、圧の込められた一声で、周囲は静まり返った。


「その話は、本筋から離れる。話す必要を感じない。──枢機卿とやら。今、南の魔界穴から濃密な悪魔の気配が昇って来ているのが認識できるか?」


 眉をひそめたユルロに顔を向けられ、七十近い枢機卿は、額に汗をにじませる。

 それを見たユルロは、不愉快そうに、


「認識不可能だと、判断する。こうして話している間にも、被害拡大の可能性をより強めるだけだ。最上位の悪魔が一声発せば、他の悪魔たちは一斉に動き出す。もう時間がない。俺は動く」


 ユルロが立ち上がると、


「待ち──待ってくれないか」


 国王が声を発した。


「どんな懸念だ? 手短に頼む」


 ユルロは視線だけを国王へ向け、言った。


「君の、悪魔の動きを正確に捉えられる力。その一部を、この場の誰かへ分けることは可能か? 情報は戦いの要だ。君とシェリー・アルルドが居なくなれば、悪魔たちの動きを捉えることが──」

「譲渡は不可能だ。だが、近いものをこの場に置いておくことはできる。それで良いなら応じよう」

「……頼む」


 言葉を遮られたことに息を詰めた王は、けれど、それを飲み込み、頷いた。


「では、これを」


 ユルロは左手で髪を一房掴み、右手の指を滑らせて断ち切った。束になった水色は、しゅるりと丸まり、その性質を変化させ、水色で透明な球体となる。


「これに、悪魔に関することで聞きたい内容を、具体的に話しかけろ。そうすれば答えが来る。あと、言っておくが、これは一週間程度で崩れる代物だ。……この状況が一週間続けば、どうなるか。分からない者は居ないな?」


 誰も言葉を発さないが、数名頷いたのを見て、ユルロはリアナへ顔を向ける。


「ユーケン大隊長。あなたにこれを預けよう。そこからどう管理するかは、周りと決めて欲しい」

「……ああ、了解した」


 水色の球体を受け取ったリアナは、しっかりと頷く。


「シェリー」


 ユルロに顔を向けられたシェリーは、その顔を見てから、リアナへと顔を向け、口を開く。


「あとでどのような罰も受けます。行ってもよろしいでしょうか」

「行って来い。命令だ。今は目の前のことだけ考えろ」

「承知しました。ありがとうございます」


 リアナと目を合わせ、敬礼すると、


「ユルロ、行きましょう」

「ああ」



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