13 事態を収束させる

 シェリーは、他の隊員と交代しながら、聴取、監視をし、その詳細な報告をまとめ、最終チェックをする。到着したチェスターと上の人間──軍事司令官と貴族院の副議長に報告し、引き継ぎをする。

 トワニー皇国との今後の付き合い方についても、その場で決められることは話し合いのもと決められ、シェリーもそれに参加し。

 バグウェル領は一時的に、王族の直轄地に。ディック・バグウェルは処刑、その家族らは平民に落とされることが決まった。野盗に扮していた騎士団も処刑。トワニーの人間は今後の交渉に使う捕虜として、王都へ送られることが決まり。

 その連行の責任者を、シェリーが担うことになった。

 季節は、冬に入っていた。


「もう少し南下すれば、この雪道も多少マシにはなるだろうから、頑張りましょう」


 北東に位置するバグウェル領の空から、次々に雪が降ってくる。そのせいで不明瞭になっている視界をものともせず、記憶した地形を頼りに、空模様を確認しながら、シェリーは連隊の一部を率い、また最短ルートで王都へ向かう。

 シェリーたちも、馬も。完全に冬仕様になっていた。そんな彼らは、日のあるうちに次の町に到着するため、駆けていく。

 捕虜のトワニーは、死なない程度に防寒具を着せられ、連行用の馬車に乗せられ、定期的に生死の確認などをされながら、王都へ連行される。


 バグウェル領に残っているチェスター、そして王都のリアナと定期連絡を取りながら、昼は駆け、夜は凍死を避けるために出来る限り宿に泊まる。そうしてシェリーたちは、数日雨雪に手間取っただけで、ほぼ日程通りに王都へ到着した。

 捕虜の連行を数名に任せ、シェリーは残りの仲間と共に炎の塔へ向かい、リアナへ報告をする。


「ああ、皆、ご苦労」


 リアナは一つ頷くと、


「それでだ。話はしてあったが、私とシェリー、それとアルフ。我々三名は、国王陛下に拝謁する許可をいただいている。到着の報告は入れてあるから、陛下のご都合が整い次第、呼ばれることだろう。それまでに出来ることをしておくように」


 シェリーは、アルフと共にそれに応え、準備を始めた。


「一応聞くけど。アルフ、大丈夫? その顔色は緊張からかしら」


 青白い顔色をしているアルフへ、別行動に入る前にと、シェリーは声をかける。


「……ええ、まあ。陛下への拝謁なんて、生まれて初めてなので。なんでそっちは緊張していないんです?」

「慣れかしら。陛下とは何度か顔を合わせる機会があったし、あなたも一度経験すれば、慣れるわよ」

「……そんなものですかね」

「むしろ、慣れないといけないわ。あなたは将来、炎の要職に着くんでしょうから」


 シェリーの言葉に、目を瞬いたアルフへ、


「考えなかった? なんで私があなたを、今回の連隊の副隊長に選んだか。経験を積んでほしかったからよ。アルフ、あなたは優秀よ。私なんてすぐに追い抜く。上に立つ人間として、陛下への拝謁で顔色を変えないくらいの胆力を持ちなさい」


 シェリーはそう言うと、奇妙な顔をしているアルフを置いて、書類整理と身支度へと向かった。


 ◆


 シェリーたちが呼ばれたのは、次の日の午前中だった。

 昨日の夜に到着したシェリーたちは、再度報告をまとめ、出来る限り念入りに体の汚れを落とし、式典用の隊服を身に着け、幾つかある謁見の間の一つに通される。リアナもシェリーも、そしてアルフも殆ど寝ていなかったが、周りのフォローもあってか、アルフの顔色はだいぶマシになっていて、それにシェリーは安堵する。

 三人が顔を伏せ、跪いていると。


「リアナ・ユーケン、シェリー・アルルド、アルフ・ケアード。炎の三名よ」


 側近が読み上げた簡略の挨拶のあと、国王自らが口を開いた。


「この度はまこと、ご苦労であった。そなた等、炎の尽力により、我々は今、こうしている。……より一層、国と民のために、その力を捧げるように」


 そしてまた、側近が言葉を読み上げ、拝謁の時間は終わった。


 ◆


「あー、終わった終わった。やっと休憩できるわ」


 拝謁を終え、リアナから半日の休みを言い渡されたシェリーは自室に戻り、上着を脱いでハンガーに掛け、ペーパーナイフを手に取り、ベッドに座る。


「手紙を読むことは、休憩になるのか?」


 ブローチから姿を戻したユルロは、空中で膝を組みながら、シェリーの持つ三通の封筒に目を向けた。


「なるわよ。三分の二は私信だから、ざっと目を通して軽く返事を書けば終わりだもの。たぶん」


 シェリーが持つそれらは、シェリーの母であるキャロラインからと、水の大隊長エイベルから。そして、聖ジュールの本部からのものだ。

 シェリーはまず、母からのものを開け、中身を読む。その顔が柔和なものになる。


「なんとあったか聞いても良いか」

「ええ。良い知らせよ。母子ともに健康で、このまま何事もなければ、無事に産まれるって、書かれてるわ」

「それだけか?」

「そうよ? なにか知りたいことでもあった?」


 不思議そうな顔を向けるシェリーに、


「……そうか。いつ産まれるのだったか」

「春の予定よ。男の子か女の子か、どっちにしても楽しみだわ」


 以前に、家族とは三年ほど顔を合わせていないと言っていたシェリーは、とても嬉しそうに言う。


「……赤子が生まれたら、顔を見に行くのか」

「行かないし行けないわ。仕事もあるし、迷惑をかけたくないもの」


 シェリーは言いながら、聖ジュールからの手紙を手に取り、開ける。


「……」


 楽しそうだった顔が呆れたものになり、シェリーはその手紙を仕舞って、エイベルの物を取った。


「何が書かれていた?」

「定期のお誘いよ。騎士を辞めて修道女シスターにならないかってね」

「悪魔を倒したからか」

「ええ。素晴らしい手のひら返しね。……あ、奉られてるのにごめんなさいね」


 ユルロに顔を向けて軽く謝るシェリーに、「気にしていない」とユルロは答えた。


「……それで、それには何が書かれていた」


 エイベルからのものに目を通し、顔をしかめたシェリーに、ユルロは低く問う。


「有り体に言えば、デートのお誘いよ。表向き、今回のことをお祝いしたいって書いてあるけどね」

「応じるのか?」

「そんなことしないわ。めんどくさい。あっちはただ、遊び相手が欲しいだけよ。これ、私にだけじゃくて、何人にも送ってるのよ。大隊長の仕事をしながら、よくそんな暇が作れるわ」


 シェリーはエイベルからの手紙を仕舞い、三通への返事を書くために机に移動する。

 キャロラインへの返事を丁寧に書き、それを終えたシェリーを見て、


「シェリー。一つ、聞いてもいいか」

「何を?」


 こちらへ向いたシェリーに、


「呪いの紋様を書き写す、それに抵抗はあるか」

「書き写す? 何か意味があるの?」

「どのような紋様か分かれば、……もしかしたら、だが。呪いの解き方のヒントなりを得られるかも知れない」

「へえ、そうなの。書き写してもいいけど、直接見たほうが早いんじゃない?」

「流れ作業のように脱ごうとするな」


 シャツのボタンに手をかけたシェリーを見て、ユルロは顔を背ける。


「ぱっと開けてぱっと見て、すぐにボタンを閉める、じゃ駄目なの?」

「駄目に決まっているだろう。危機感を持てと、何度言ったら分かる?」

「持ってるって言ってるけど。あなた、本当に筋金入りの硬派ね」


 シェリーは呆れたように言って、


「なら、手紙を書き終えてから紋様を書くから、待っててちょうだい」


 紙にペンを走らせる音が聞こえだし、ユルロはゆっくりと顔の向きを戻す。

 シェリーはサラサラと、残り二通への返事を書いていた。



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