12 受け入れることを受け入れない
バグウェル騎士団と連携し、領内の状況把握と野盗の情報収集、捜索などをして、三日目の深夜。
「お前の推測は正しかった訳だ、シェリー」
「そうね」
ブローチのままのユルロの言葉に、今日までの全ての報告を纏めながら、シェリーは短く答えた。
「当たって欲しくなかった推測だけど、見て見ぬふりは出来ないから」
バグウェル伯が用意したという宿の一室で、シェリーは言いながら、報告書を作っていく。
「このまま、計画通りに進めるつもりか?」
「ええ。領民には申し訳ないけど、中途半端なことをしたら、もっと酷いことになる。……それとも、何か他に良い案、あったりする?」
シェリーは手を止め、ブローチに触れる。
「……民には、これが最善だろう。だが、シェリー。一時的だとしても、お前は汚名を被る」
「そこ、気にしてくれるの。ありがとう」
シェリーはそう言って、また、書類作業に戻る。
「……シェリー」
「まだ何か?」
「呪われてから、ずっとこうして生きてきたのか」
「こう? ああ、今回みたいな? そうよ?」
あっけらかんと言うシェリーに、
「……。……苦しくないのか」
ユルロが苦い声で問う。
「苦しい? さあ? よく分からないわ。これ、苦しいことなのかしらね。だとしても、別に良いわ。私は私の出来る範囲で、出来る限りのことをしたいの。で、ユルロ、少し集中したいから、話は終わりでいい?」
「……分かった」
◆
「見込みが甘かった、と?」
謁見の間で、ディック伯に言われ、
「はい。今のままでは、野盗の討伐の前にこちらが疲弊してしまいます。私の、不徳の致すところです」
シェリーは膝をつき、頭を下げたまま、言う。
「だが、まだ一週間だ。猶予はあるだろう?」
猶予、という言葉を使う辺境伯に、シェリーは淡々と答える。
「お恥ずかしい話ですが、それでは足りません。一度撤収し、大隊長に意見を仰ぎ、計画を立て直し、今度こそ、しっかりと連携して、野盗の完全討伐を行います。最速で準備をいたしますので、道が完全に雪に閉ざされる前には、戻って参ります。ユーケン大隊長……それが難しければ、チェスター副隊長に、同行を願いますので、どうか」
「……そうか。英雄殿でも、あの野盗どもは、手強かったと」
髭を撫で、残念そうに言うディック伯に、「申し訳ありません」とシェリーは深く頭を下げる。
「いや、話は分かった。では、雪深くなる前に、一度戻られるがいい」
退出を促され、シェリーは謁見の間をあとにした。
◆
「本当、分かりやすい動きをしてくれて、助かるわ」
シェリーの言葉に、
「分かりやすすぎて、逆に不安になりますが」
アルフが答える。
シェリーが連隊を招集し、情報共有を行い、帰路に着いて、すぐ。
十人を超える野盗が、シェリーたちに襲いかかってきた。
想定の一つだったそれに、連隊全員は冷静な対処をし、野盗たちは縛り上げられ、猿轡を噛まされ、気絶させられ、道端に転がっている。
「そうね。彼らはプロだから。その辺のゴロツキと一緒にしたら、気分を害するかもね。──炎を燃やせ」
シェリーが言うと、青年が二人、近くの木から降りてきた。
「今この場には、こいつ等だけです。残りは二手に分かれて、一方はバグウェル邸、もう一方は国境へ向かってます。こっちも分かれて、追跡と、連絡を」
一人が淀みなく言い、もう一人がシェリーへと、数枚の紙を渡す。
「ありがとう」
シェリーはそれを受け取り、素早く目を通し、
「熾火」
その言葉で、周りは一斉に動き出した。
◆
「ああして黙っているのも、常か?」
帰るためと引き払った宿とは別の宿の一室で、ユルロは怒り顔でシェリーの髪を乾かしながら、問いかける。
「ああしてって、どれ?」
「辺境伯に罵られていた時だ」
「ああ、そりゃそうよ。報告の時に証言として使えるもの。実際に書いたわ。一言一句そのまま。書いてるところ、見てたでしょ?」
バグウェル邸は今、炎の大隊に占拠され、バグウェル辺境伯は、自領の貴族牢に入れられている。
そもそもとしてシェリーは、最初から連隊を二つの部隊に分け、バグウェル領に向かった。一つは、騎士団と協力して野盗を捕らえるために。もう一つは、立ててしまった推測を確認するために。
リアナが用意した書類と話から推測したのは、バグウェル伯がわざと、野盗を野放しにしている可能性。そしてその野盗が、バグウェル伯と繋がっている可能性。
そしてそれを、リアナがシェリーに推測させた意味を考え、想定できる範囲で準備をし、行動に移した。
結果、バグウェル伯は、隣国であるトワニー皇国との裏取引と国家転覆の容疑で捕まっている。
「聞くに堪えない罵詈雑言だったぞ」
低く言うユルロに、
「まあ、そうね。化けの皮が剥がれるとみんな、あんな感じかしら」
バグウェル領に被害をもたらしていた野盗は、トワニー皇国とバグウェル騎士団が野盗に扮したものだった。
シェリーの指示のもと、別行動をしていた隠密に長けた部隊は、野盗たちの情報を集め、根城を特定。その過程で、シェリーが想定していた、トワニー皇国との繋がりを確認する。その証拠を集め、バグウェル伯がトワニーと裏取引をしていることを突き止め、トワニーと共にコルシアンに攻め入る計画を立てていることまで突き止める。彼らはそれら全てを、シェリーに随時、報告していた。
「金銀の横流しを野盗のせいにするって、どうなのかしらね。国から指摘されたら、言い逃れ出来ない量だと思うけれど」
騎士団と行動を共にしていたシェリーたちも、辺境伯騎士団の動き、出没する野盗について、その対処の仕方など、集められるだけの情報を集める。辺境伯が用意した宿に泊まったのも、敢えて、だ。宿の、バグウェル伯の手先にこちらを監視させ、シェリーたちが何をしているかを、伝えさせるために。そして、その監視任務に着いている者たちの、監視の証拠を得るために。
一週間それらを続け、証拠が揃ったと判断し、シェリーは、宣言した期限より早く王都に戻る話を出した。
自らを、無能であると、口にして。時期を早めるのも、無能であるから故だと。
無能なシェリーはそのまま、この地が雪に閉ざされる──王都との連絡が取りにくくなり、トワニーとの取引や交渉が積極的に出来るようになる──前に、戻って来るとも言った。無能だから、上の人間を連れて来るという、危機感を持たせる言葉を付け加えて。
敵は──バグウェル伯とトワニーは、そのまま無能さを信じ込み、危機感を抱いてくれたらしい。
シェリーが口にしたそれを阻止するため、少なからず自分たちの情報を得ているらしい炎の連隊を始末しようと、野盗に扮した手足を差し向ける。けれど彼らは返り討ちにされ、シェリーたちに捕縛され。
最速の密書でリアナと連絡を取ったシェリーは、リアナからその後の指示を受けた。チェスターと、バグウェルの処遇を決める上の者をバグウェル領に寄越すまで、シェリーが最高責任者となり、野盗に扮した者たちや関係者、バグウェルの一族を全員捕縛し、首謀者と実行犯を牢にぶち込み、連隊全員で連携して、聴取と監視をしておくようにと。
もともとそのつもりではあったし、牢に入れるべき者たちは入れたからと、シェリーは予め組んでいた、監視と聴取をする組み合わせを周りに伝え、その場で調整し、隊員たちが動き出すのを確認し。余裕がある今のうちにと、仮の報告書を作成して、身支度を整え、ユルロに髪を乾かして貰っている、という状況だ。
「馬鹿なんだろう。受けていた報告からして、辺境伯は隣国に唆されていた可能性が高い。こちらに助力を求めてきたのも、秘密は暴かれないと確信を得るためだと、お前自身、そう分析していただろう」
「そうよねぇ。秘密裏に掘り始めていたトンネルも。大胆よね」
ディック伯とトワニーは、カマラ連山にトンネルを作り、そこから物資や人員を送り合おうと、そんな計画まで立てていた。
「それと、ユルロ。なんだかあなたから、怖い雰囲気を感じるんだけど、気のせいかしら」
「気のせいではない」
ユルロは髪を、いつもより丁寧に乾かす。表に出られない自分に出来ることは、限られているからと。
「何が気を悪くさせたかしら。二徹したから?」
「……それもある。だが、それはシェリーの立場とこの状況ゆえのことであって、今の俺がどうこう言えるものではない」
「それもって、あとは?」
「……この悪魔の呪いは、とても厄介なものだと、思っているだけだ」
ディック・バグウェルが、シェリーに向けた言葉。それがユルロの耳から離れず、彼を苛立たせる。
『小賢しい女だ! 猿知恵の回る奴めが! 民を思う私を、人を騙し、何が英雄か! 呪われた行き遅れが! 貴様を愛する者など、誰一人現れないだろう! お前のような、性格のねじ曲がった阿婆擦れになど!』
醜く哀れな、暴かれた罪と屈辱感を隠すための、暴言。
だがそれを、シェリーは顔色一つ変えず、真正面から受けた。そして怒りもせず、報告書に書いた。彼女の言う通り、一言一句、違えず、正確に。
「厄介だけど、特に、実害はないわよ?」
自分を殺し損ね、呪いを解くことに失敗し、それを諦めた。諦めたからこそ、全てを受け入れている。受け入れてしまっている。
あんな奴の言葉さえ。存在を否定される言葉さえ。
「……呪いの紋様は、変化したか」
綻びは少し、広がっている筈だ。ユルロは、シェリーから感じられる呪いの気配を読み取り、そう推測する。
「え? さあ。最短で済ませたから、そこまで見てないわよ」
「……そうか」
紋様が、徐々に消えていくものなのか、呪いが解けた瞬間に消えるものなのか。感覚でしか認識していないユルロには、明確なことが言えない。
「すまないが、まだ力は殆ど回復していない。だからまだ、解くことが出来ない」
「いいって言ってるじゃない。そんなに気にされると、申し訳ないわ。私、あなたを殺そうとしたんだし」
「……今は、そのあたりは、どうでもいい」
「そうなの?」
「ああ。……終わったぞ」
黄金の波から、手を離す。
「ありがとう。本当、いつもキラッキラね」
右脇の髪を手に取り、シェリーは嬉しそうに微笑む。
「それじゃ、今のうちに寝ておくから」
「ああ」
ユルロがベッドからどけば、
「昼だけど、おやすみなさい」
シェリーはそう言って、掛布を被った。
「……」
すぐに眠ったシェリーの、その顔が歪んだのを見て、ユルロは彼女の額に手を当てる。悪夢を、押し流す。
「……この程度」
この程度しか、出来ない。今の、自分には。
いつになったら、その悪夢から開放することが出来る?
「シェリー。お前が、自分を大切に出来ないなら」
出来る可能性のある自分が、なんとか、お前を。
「どこまで出来るか、分からないがな」
ユルロは皮肉げに、言った。
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