11 バグウェル領

「シェリー、これを見てくれないか」


 シェリーは、リアナに渡された書類を「失礼します」と受け取り、


「バグウェル領への、派遣任務ですか」


 最初のページに書かれたそれを、口にした。


「そうだ」


 シェリーの言葉にリアナは頷き、


「でだ、読みながら聞いてくれ」


 その書類の内容とリアナの話によると、バグウェル領──ディック・バグウェル辺境伯が治めるバグウェル領は、近頃頻繁に野盗の被害に遭っているらしい。本来ならば辺境伯の騎士達がその野盗を捕える、また始末する任務に携わるのだが、その野盗が、どうにも手強く、ずる賢く、バグウェル辺境伯は手を焼いている、とのこと。

 一年中雪の溶けないカマラ連山が国境をまたいでいるその地は、辺境伯が治める通り、天然と人工の要塞であり、加えて金銀の鉱脈があり、この国にとってとても重要な地である。

 もし、そこが崩れたら、どうなるか。


「……承知しました。では、ここに記載されている者たちと、」


 シェリーは少し目を細め、


「ほか数名、任務に携わる者を連れて行っても宜しいでしょうか」

「ほか数名、か。……何を想定し、誰を連れて行くつもりか聞いてもいいか?」


 リアナはそれを否定せず、そう聞いてきた。


「はい。まず──」


 ◆


 準備を終えたシェリーは、炎の連隊の一時的な連隊長として仲間を率い、最短ルートを通って、可能な限り時間をかけず、バグウェル領に到着した。

 そして、彼らが辺境伯邸に到着したのは、秋の始め、昼を過ぎたばかりの時間だった。


「王立騎士団炎の連隊大隊長補佐、シェリー・アルルドと申します。この度、バグウェル辺境伯ディック殿にお目にかかれましたこと、光栄に存じます」


 謁見の間にて、シェリーは片膝を床につけ、頭を垂れる。


「ここまでの長旅ご苦労。アルルド殿よ。頭を上げてくれ」


 厳かだが厳しくはないその声にシェリーが顔をあげると、四十手前に見える、茶色の髪と髭をたくわえた大柄な男性が、シェリーを静かに見つめていた。


「今回の話、手を貸してくれることを光栄に思う。本来ならば我らだけで片をつけねばならぬこと。しかし、我らだけでは力不足だった」


 ディック・バグウェルは髭を撫でると、


「して、来てもらって早々だが、この仕事、どれくらいで終えられると見ている?」

「二週間ほど、いただければと」


 シェリーが言うと、辺境伯は目を瞬き。


「ふっ、はは! 我らが二ヶ月手を焼いた奴らを、二週間で、とは。流石は英雄殿、といったところか」


 ディック伯はにやりと笑むと、


「では、その二週間後、どうなっているか。楽しみにしていよう」


 下がって良いと言われたシェリーが謁見の間を後にし、騎士の鍛錬場に向かうと、


「……はぁ……」


 その場の光景を見て溜め息を吐いた。


「話はすでに通っている。これからは我ら炎の連隊が、あなた方の手助けをする」

「王立騎士団に助けを求めるほど、我々は落ちぶれていない。助けというが、あなた方はここの地理に疎いだろう。最低限の補助をしてもらうまでだ」


 そこでは、炎の連隊の騎士達と、辺境伯の騎士達とが、敵対、とまではいかなくとも、睨み合いの意志を見せていた。特に、辺境伯の騎士達が。


「アルフ」


 シェリーは、無表情で辺境伯の騎士を見やる自分の隊の騎士──この連隊の副隊長を任されたアルフ・ケアードと、


「そしてバーナビー・エイジャー殿。今は一刻を争います」


 しかめた顔になっている辺境伯の騎士──この騎士団を纒める団長であるバーナビーの間に入り、二人をグイ、と押した。


「……」


 アルフは、シェリーの力に抗わずに下がる。


「っ!」


 バーナビーは、シェリーの力に僅かに目を剥き、ほんの少しよろめきながら後ろに下がった。


「……アルフ。領内の最新の状況の把握と、双方の共有は終えられた?」

「……状況の把握までは出来ましたが、共有をしているうちに、あのような状態になってしまいました。申し訳ありません」


 頭を下げようとするアルフをシェリーは止め、


「エイジャー殿」


 自分より頭二つ分は背の高いバーナビーを見上げ、言葉を放つ。


「あなた方は理解しているのでしょうが、今、私達がすべきことは、領内で起こっている野盗の事件を収めることと、その野盗達を捕らえ、情報を吐かせ、始末することです。そして私達は、その応援として派遣されました。……あなたもそれは、分かっているはずだ」


 自分を見つめ、静かに諭すように言うシェリーに、バーナビーは顔を歪め、


「……英雄殿は、口が回るようだな。だが、我々は誇り高き辺境伯騎士団。そう簡単に他の者達に助力など求めない」


 バーナビーは怒気を孕んだ声で、けれどシェリーに対抗するように、静かに言った。


(誇り、ね)


 吐き出しそうになった溜め息を飲み込み、「では」とシェリーは口を開く。


「私が口だけの者でないことを証明いたしましょう。我々の実力を見ていただければ、あなた方の憂いも、少しは払拭されるでしょうから」

「……何が言いたい」

「一対一の模擬戦をしましょう。私と、エイジャー殿で」

「……」


 シェリーが言うと、バーナビーは目を見開き、次には口を歪め、


「は! はははっ! 私も舐められたものだ! 良いだろう、英雄殿、いや、アルルド殿。その模擬戦、受けて立つ」


 言うなり、バーナビーは腰に刷いていた剣をスラリと抜いた。周りがざわつく。


「模造剣じゃないのか?」

「ああもう……団長の頭に血が上ってる」

「エイジャー殿、死ななければいいが」

「手加減してくれるさ。あの人は優しいからな」


 周りの言葉を聞きながら、「では、私も」と、シェリーも腰の剣を抜いた。


「いつでも来い」


 バーナビーが剣を構え、シェリーに言う。


「……」


 シェリーは剣を下方に持ち、軽く握り込むと、


「っ?!」


 目にも止まらぬ速さでバーナビーの持つ剣を叩き落とし、


「っ!」


 流れるような動きでバーナビーの頸動脈を締め、


「っ……、……」


 五秒もかけずにバーナビーの意識を落とした。

 シェリーは軽い掛布をどけるように、崩れ落ちたバーナビーから抜け出すと、


「どなたか、エイジャー殿を医師に診せてください。後遺症などないようにしましたが、万が一があるといけません。それと、彼の剣を落とす時に彼の手の甲を強く叩きました。折れないよう加減しましたが、もしかしたら──無いとは思いますが、ヒビが入っているかもしれません。確認をお願いします」


 立ち上がり、剣を鞘に戻しながら、辺境伯の騎士たちに向かって淡々と言う。

 一連のそれをぼうっと見ていた騎士達は、


「……あ、は、はい!」


 ハッとして動き出し、気絶したままのバーナビーを三人で担ぎながら、医師の元へと向かった。


「……随分、手加減しましたね」


 シェリーに、アルフが言う。


「手加減はしてないわ。必要最低限かつ最小の動きと力で、全力を発揮した。それだけ」


 シェリーはそう言うと、周りを見回し、口を開く。


「では、模擬戦は私の勝ちということでよろしいですか?」


 それに、辺境伯の騎士達は、様々な姿勢を見せる。頷く者、目を逸らす者、顔をしかめる者、視線を彷徨わせる者。

 けれど、意見を述べる者はいなかった。


「……では、カルヴィン・アスキス殿」


 シェリーはそのうちの一人、バーナビーほどではないが背が高く、戦う者らしい筋肉がついた男性に顔を向け、


「エイジャー殿は医師のもとに向かわれてしまったので、あなたと今後について話がしたいのですが」

「……なぜ、私に?」

「あなたはここの副団長でしょう」


 何を言っているんだ、とでも言いたげな顔で言うシェリーに、カルヴィンは目を見開いた。


「……昨年に副団長の任に就いたばかりの私の情報を得ているだけでなく、その私の顔と名前が一致しているとは。……いや、英雄殿は侮れませんな」

「これは私に限った話ではありません。ここにいる炎の連隊の者達全てに、あなた方の名前、階級、身体的特徴などを、頭に叩き込んでもらっています」


 それを聞いてざわめく周りを、シェリーは特に気にすることなく、


「では、改めてアスキス殿。話の続きをいたしましょうか」



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