第13話戦士団長バルガス
ナヌークウッドの森を抜けたレナードとアナスタシアは穢れ山の
穢れ山は元々ドワーフ族が採掘場所として開拓し製錬所を設けていたのだが、そこをオーク族が襲撃し根城としているのである。
その為、山の内部へ入るには鉱山の入り口を通る必要があった。
しかし、そこで目にした光景は予想外のものだった。
鉱山の入り口周辺は激しい戦闘の場となっており、重装甲をまとったドワーフ戦士団がオークの軍勢と熾烈な戦いを繰り広げていた。
鉱山の入り口には、数々の岩が崩れ落ち、そこかしこに砕け散った装備品が散乱していた。重装甲を身にまとったドワーフたちの盾や戦斧が、オークの凶暴な刃に押されている光景が目の前に広がる。
戦場の空気は血の臭いが混ざり合い、切迫感に満ちていた。
「おのれ汚らわしい蛮族共めが!!我ら祖先が築き上げたイスミールに我が物顔で陣取りおって!」
一際目立つ重装備に身を包んでいたのは団長バルガスであった。
ウィンストン城から派遣されたドワーフ族の戦士団の指揮官で、重装甲戦士団の精鋭たちを率いていた。
しかし、今の状況は明らかにドワーフたちが劣勢だった。
オークたちは数に勝り、さらにその凶暴な力でドワーフたちを圧倒していたのである。
「どうやらウィンストン城から派遣された部隊のようだが...兵力を見誤っていたようだな」
レナードとアナスタシアは離れた場所から物陰に隠れ様子を伺っていた。
「どうされますか?」
「両者が疲弊したところを叩くのが良いのだろうが、おそらくはオーク族に軍配が上がるだろうな...増援が途切れる気配がない。ドワーフの部隊も精強だが彼らの種族はスタミナの消費が激しいんだ、みてみろ」
レナードが顔をくいっと向け、その方向をアナスタシアが見るとドワーフの盾部隊がいたが明らかに息を切らしていた。
「もはや彼らの全滅は時間の問題、といったところでしょうか」
「ああ。しかも、オーク側はスタミナが元々高い種族であるがそれに加えて前衛を適度に交代させている。あの動きは指揮官がいるな...おそらくオークコマンダーか」
その時太鼓の音が鳴り響き、オーク軍の陣営が陣形を変えた。
「Sharûk! Narûk kulûk, atâsh ghashburz! Nargûl gazatûr!」
(仕上げだ!全軍、突撃形態へ移行しろ!敵を潰せ!)
オークコマンダーが怒鳴り声のように叫ぶと、長槍を構えたオークの兵士たちは、一斉に前方へと動き出した。
彼らの槍は鋭く、黒い鉄で鍛えられており、先端は不気味に光っていた。
オークたちの目は狂気と興奮に満ちており、咆哮を上げながら突撃の態勢に入った。その一糸乱れぬ動きは、まるで巨大な鉄の波が押し寄せるかのようであった。
「Ghash! Thrak!」
(行け!殺せ!)
不気味な重低音の角笛が吹き鳴らされ戦場に鳴り響く。
オークの兵士たちは重装甲で身を固めたドワーフの部隊に向かって突進していく。
ドワーフたちもその猛攻に対抗しようと盾を構え、斧を振りかざしたがオークたちの勢いは止まることを知らなかった。
鋭い槍の先がドワーフの防御を突き破り次々と彼らを倒していく。
「ひるむな!押し返さんかいっ!!」
バルガスの声が戦場に響くが、オークの圧倒的な数と勢いに押されドワーフの隊列は崩れ始めていた。
オークの兵士たちは勝利の興奮に酔いしれながら、さらに激しく攻撃を繰り出す。
槍がドワーフの盾を貫き、鋭い金属音が響き渡る。
「さて...そろそろ介入するとするか」
レナードは立ち上がり、剣を抜いた。
「どちらに加勢されのですか?」
「ドワーフだよ」
「え、でも...ウィンストン城から派遣された部隊ならばそれは私たちの敵ではありませんか...?」
「そうだな。だが、彼らを救えばその内情を多少でも知ることができるかもしれないだろ?あの城はそう簡単に落とせるものではないからな」
「そうなのですね...ただ、それだとその後のオーク族との交渉がうまくいかなくなる可能性が...」
「交渉をするつもりはない」
「え?」
「オーク族は話して理解できる連中じゃないからな。徹底的に服従させる必要がある...だから結局は戦いになるのさ」
「なるほど...」
レナードに続いて行こうとするアナスタシアを彼は制止した。
「アナスタシア、きみはここにいてくれ」
「え!?な、なぜです...?私も一緒に...っ!!」
「君が戦う力をもっていること、そして今回もその力を使えばオークの軍勢といえど殲滅するのは容易いかもしれない。だが...傷ついてほしくないんだ。今までと違ってこれはもう戦場そのものだ...なにがおこるかわからない」
「それに、ドワーフ族に恩を売る際にあの姿を見られるのは得策とは言えないんだ。わかってもらえるか?」
アナスタシアはぎゅっと拳を握りしめた。
「...わかりました。ですが、もしレナード様が危なくなったら私は迷わず飛び出します。私は、もう、鳥籠の中にいるつもりはないのです」
レナードはふっと笑ってみせた。
「了解した。それでは、行ってくる」
頭部を隠すように彼はグレートヘルムと呼ばれるバケツのような大兜を装着した。
ハルヴィナにいた聖堂騎士の装備の一つで視界が不良になる代わりに頭部への攻撃に対する高い防御性を誇るものだ。
もっとも彼が装備する理由は防御力を高めるためではなく魔族の特徴である黒髪を隠すためであった。
「はい...お気をつけて...」
アナスタシアは不安そうな表情を浮かべた。
彼女の肩をポンとレナードは叩くと、血しぶき飛び散る戦場へと向かっていった。
「も、もうだめだ...!」
ドワーフ族の戦士が今まさにオークの兇刃に倒れそうになった時、レナードが電光石火の如く盾となり、致命の一撃からドワーフを救った。
オークたちは新たな敵の出現に一瞬驚いたが、その驚きはすぐに恐怖に変わった。
レナードの剣は稲妻のように閃き、次々とオークの兵士を薙ぎ倒していく。
オークの長槍が迫るが、レナードは巧みに身を翻し逆にその槍を叩き折り、反撃の一撃を加えた。
オークの咆哮が空気を震わせるが、彼は一歩も退かない。
「Rakh! Krimp!!」
(殺せ!潰せ!!)
オークコマンダーが手斧を天高く掲げ、怒号をあげる。
その声に触発されてオークたちは炉にくべられた薪のように熱を帯びていく。
だがその勢いも長くは続かなかった。
レナードの剣が振り下ろされる度に、オークの兵士は次々と地に倒れていったのだ。
「ウオオオオォア"ア"ア"ア"ッ!!」
レナードもまた空気を揺るがすような声をあげた。
それは
<<<
味方にとっては勇気を与える呼び声となり戦意を高める効果もある。
故にそれに触発されたドワーフの戦士団は勢いを盛り返しレナードに続けとばかりに攻勢にでたのだ。
「Rokash! Grûmûl!! Zarak!!」
(退け!グズ共!!撤退しろ!!!)
蜘蛛の子を散らすかのようにオークの軍勢は鉱山入り口から内部へと逃げていった。
その光景にドワーフたちは斧や盾を掲げ、勝利の歓声をあげていた。
レナードも剣を落ちていた布切れでオークの血をぬぐっていると、そこに戦士団長バルガスがやってきた。
「助太刀感謝する。その剛の武勇、まことに恐れ入った!その大兜は、もしや正教会の聖堂騎士殿ではござらんか?」
「...ご名答。ハルヴィナの教会に務めておりました」
「そうであったか!なにやら異教徒に占領されたとか大罪聖女がそそのかし魔に堕ちたなどと言われておりますな」
「ええ。私は命からがら逃げのび、ここまでやってきたのですがナヌークウッドの森で精霊に惑わされ気づいたら穢れ山に...勇猛なるドワーフの戦士団がオークと争っていた所を拝見し微力ながら参戦した次第です」
「なんという義勇な御仁か!その功をわが主ドルガンが聞けば報いてくださるでござろうよ」
「ドルガン...勇者様一行のドワーフの戦士王ドルガン様のことでございますか?とするとウィンストン城におられるのか?」
「いかにも。魔王との決戦を前に何やら問題があったようで一時的に帰国をされておられるのだ。だがしかし、これは困ったものだ...穢れ山のオーク共がここまで組織化されていたとは...。兵力の大部分を失い、このままで討伐はかなり厳しい。加えてハルヴィナの執政官の救出もできぬとあればドルガン様はわれらを許すまい...」
―――やはり、いたか。ドルガン。
憎きドワーフの戦士王よ。
バルガスはドワーフ様式の重厚な兜を外すと、毛むくじゃらの頭をかきむしった。
「微力ながら私が手を貸しましょう」
「いやいや、貴殿の強さを疑ってはおらぬがさすがにそれでも討伐は難しかろう」
「そうともかぎりませんよ。オークは確かに強い。しかし、その心は見た目と反して脆い...。故に頭目を倒せば、戦意を完全に喪失し野良オーク同様に逃げていくでしょう」
「ふむ...しかし、それでもたどり着くことが難しいのではないか?」
「それに関しては策があります。...潜入する手立てがね」
レナードはそう言うと、背後にいるであろうアナスタシアのもとへと向かっていった。
流転の騎士 堕落 @Daraku2971
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。流転の騎士の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます