第10話酒場「火竜亭」

ウィンストン城の大広間は重苦しい雰囲気に包まれていた。

石造りの壁が厳かにそびえ立ち、窓から差し込む薄明かりが室内の緊張感を一層際立たせていた。

部屋の中央には長い木製のテーブルが置かれ、その周りには高官たちが集まっていた。


その中で勇者パーティーの一人であり城主のドルガンは険しい顔をして報告を受けていた。

彼の長い口髭が怒りで震え、無意識に指でいじっていた。

ドルガンはドワーフ族であるにも関わらず、その体格は人に近い程背も高く強靭な体を誇っていた。


「オークごときに、執政官の部隊が壊滅されただと...?その情報は確かなんだろうな!?」


ドルガンの声は怒りに満ち、部屋全体に響き渡った。


「は、はい...。命からがら逃げのびた兵によれば、ハルヴィナへの道中に陣を設営していた所襲撃を受けた模様です。執政官はオークに捕らえられ、奴らが掲げていた旗には黒地に血の手形があったと...」


報告者の声は低く、震えていた。

彼の言葉に応じて会議室にいる他のドワーフや、人の高官たちも顔をしかめた。

そして一人の高官が口を開いた。


「ドルガン様、奴らの攻撃は想像以上に組織化されているようです...。これは単なる野蛮な襲撃ではなく、計画された戦略の一環ではないでしょうか?現にその旗はかの災禍狂王さいかきょうおうの軍勢を意味しています...」


ドルガンはその意見にさらに苛立ち、机に拳を叩きつけた。


「ばかなことをいうんじゃねえ!ヴァサゴは勇者に片腕を斬られ、穢れ山の地下深くに滑落していったのを俺が目撃したんだぞ!生きてるわけがねえ!どうせ残党がイキがってるだけだろうよ!」


別の高官が慎重に意見を述べた。


「ドルガン様、現状を打開するためには我々も対策を講じる必要があります。防衛線を強化し、偵察を増やしてオークの動きを探るべきです。さらにハルヴィナに放っていた”草"によればそちらも不穏な動きをみせているようですから...」


「かー!まったくめんどくさいったらありゃしねえぜ...これだから城にいるのはイヤなんだよ」


彼は再び口髭をいじりながら、深く息を吐いた。


「ひとまずハルヴィナは後回しだ、そっちはどうとでもなる。魔族はもうどっかいっちまったんだろ?なら優先すべきはオークの残党を狩ることだ!討伐部隊の編制はバルガス、おまえに任せるからな!」


バルガスと呼ばれた重装備のドワーフが前に進み出て胸を叩き、「承知」とうなずいた。


高官の一人がそれを見て、ドルガンにさらに進言をした。


「万が一の事もあります...勇者様にウィンストン城に来ていただくのはいかがでしょうか?」


その言葉にドルガンの怒りは頂点に達した。


「ばかやろう!こんなことで勇者を呼び寄せたらどうなるか、わからんのか?あいつはこんなめんどくさい事をとにかく嫌うんだ俺以上にな!!お前たちはいつも事を荒立てる...いざとなりゃ俺がでる!まったく...そんじゃ俺は部屋に戻るからな、あとはやっとけよ!」


ドルガンは足早に大広間から出ていった。

残された高官たちや兵士長たちは緊張した面持ちで、指示に従うべく動き始めた。


...

.......

..................


―――――――――――――――――――――――――――――――



レナードたちはハルヴィナに帰還し、今後の方針と疲れを癒すために酒場「火竜亭」に足を踏み入れた。店内は暖かく、木製のテーブルや椅子が所狭しと並び、酒や料理の香りが漂っていた。

店内には笑い声や談笑が響き、活気に満ちていた。


レナードとアナスタシアは大きなテーブルに腰を下ろした。


「ようこそいらっしゃいませ~!」


酒場の給仕がさっそくやってきて彼らを歓迎してくれた。


「えーっと...なにがあるだろうか?」


「エールに、モンタロンのホールチーズ、新鮮な野菜サラダに、ソーセージまで何でもございますよ!いかがいたしましょうか?」


「ふむ...では、エールと...おすすめのものを」


「かしこまりました~!」


「レナード様、私、お酒は...」


「む、飲めなかったか?」


「い、いえそうではないのですが....果実酒があればそれで...」


「ございますよ!ぶどう酒をお持ちしますね~少々お待ちくださいませ!!」


給仕はそう言うと足早に厨房へと向かっていった。


「こんなふうに酒場で食べるのは初めてか?」


「はい...いつもは修道院の食堂や、貴族のお屋敷に呼ばれていたものですから」


「そうか...ではこれも良い経験になるな。実は昔、こういう酒場で同じ騎士のカルロスがな...」


レナードはアナスタシアにこれまでの人生経験を話し始めた。

城塞の警備が終わった後に呑むエールのうまさ、バカ騒ぎして酒場を追い出された思い出を。

その話をアナスタシアは興味津々に聞き入っていた。


「はい!お待たせいたしました~!エールと、あと~ぶどう酒ですね!」


テーブルの上には、豪華な料理が並べられた。

焼きたてのパン、黄金色のバター、ハチミツの瓶。

スープは野菜と肉がたっぷりと入った濃厚なものだった。

メインディッシュは大きなローストチキンに、香草とガーリックがたっぷりと使われていた。

サイドには、ベイクドポテトやグリル野菜が彩りを添えていた。


「す、すごい量ですね...食べきれるでしょうか...?」


「ふふ、案外いけてしまうものだぞ。それじゃ...乾杯!」


レナードがエールの入った樽で出来たカップを掲げると、

アナスタシアもそれにカップをぶつけ「乾杯!」と酒を飲みほした。

胃にアルコールが染みわたり、体が熱くなってくる感覚を二人は楽しんだ。


レナードはローストチキンを切り分け、豪快にかぶりついた。

肉汁が口の中に広がり、すかさずパンを口の中に放り込むと絶妙な味わいになった。

アナスタシアもグリル野菜を頬張り、幸せそうな表情を浮かべていた。


「明日、穢れ山に行ってみようと思うんだ」


「穢れ山...ヴァサゴの生存を確認して軍勢を引き入れられるかを確かめる為ですか?」


「ああ。ウィンストン城は堅牢でなおかつドワーフの兵器が常備されている。おそらく常駐兵だけで5千の兵はいるだろう....単純な力押しでどうにかなるとも思えん。ドルガンもいる可能性があるからな」


「そうですね...」


「あまり乗り気ではないな。心配なのか?」


「はい。オーク...特に災禍狂王の下にいる者たちは邪悪そのものです。野良オークは軽装かつ知能も低い取るに足らない相手ですが指導者を得ているオークはその比ではありません。鎧は厚く、盾は大きく、槍は城壁のように鋭く長い....警戒すべき相手です」


「だろうな。俺も沼地のオークだがやりあったことがある。手ごわい連中だったよ。だがその時感じたのは奴らオークは完全な実力社会だということだ」


「それはつまり...力を示せば従う可能性があると?」


「そうだ。もしヴァサゴが生きているとするならば打ちのめしオークの軍勢をもってウィンストン城を墜とす足がかりにできるだろう。...まあ腑に落ちない所もあるんだが」


「それは、なぜこのタイミングで動き始めたかということですか?」


「ああ。正直、数万の軍勢をヴァサゴが生存して集めれたとしても勇者にかなうとも思えんのだ。それは対峙したオークがよく知っているはず。なのに動いたとなれば...何かしらの勝算を掴んだのだろう」


「同感です。オークをバカな蛮族だと侮る者も多いですが、実際は狡猾で残忍な戦略を練る種族です。それを探ることも目的なのですね」


「そういうことだ。...さて、オークの話はそれぐらいにしてテーブルの料理を堪能するとしよう」


彼らは笑顔を交わしながら、次々と料理を楽しんだ。

ハルヴィナの酒場でのひとときは、束の間の安らぎでありこれまでの戦いの疲れを癒す貴重な時間となった。

料理の味を堪能しながら、彼らは次なる試練への英気を養った―――

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