第9話破滅と鉄
ラインハルトは一瞬の
彼の動きは流れるように滑らかで、熟練の技が伺えた。
二人の剣が激しく交錯し、金属音が行政庁舎の広間に響き渡る。
レナードはラインハルトの猛攻を冷静に受け流した。
その動きはまるで風のようにしなやかであり、隙を見せることはなかった。
「衛兵隊長にしておくには惜しい腕だ。しかし…」
レナードは一瞬の隙をつき、ラインハルトの剣を払いのけた。
「それでは俺に一撃を与えることもできん」
ラインハルトはその言葉に応じて、再び猛攻を仕掛けた。
彼の攻撃はますます激しさを増し、まるで嵐のようにレナードを包み込んだ。
しかし、レナードの動きは依然として冷静であり次第にラインハルトの攻撃に疲れが見え始めた。
――生前の俺であればいくらか攻撃を受けていただろうな。
決して弱いわけではない、むしろその強さは本物だ。
だが...だがそれでも、及ばない。
神ダハーカの与えた恩恵とはここまでのものか...。
「ならば!この剣撃を受けてみよ...!!」
<<<剛剣:
ラインハルトは大きく振りかぶり、
「ハァッ...!」
だがその一撃もレナードは受け切ると、ラインハルトの剣を弾き飛ばした。
ラインハルトは驚愕の表情を浮かべながら後退した。
その剣は遠くに飛ばされ、彼の手元には何も残っていなかった。
彼の胸の内には敗北感が広がりつつも、レナードの圧倒的な武に対する敬意が芽生えていた。
「これほどの力を持っていたとは…」
ラインハルトは息を整えながら膝をついた。
レナードは剣を収め、ラインハルトに歩み寄った。
彼の目には温かみと決意が宿っていた。
「ラインハルト隊長。あなたも人族とは思えぬほどの剛の剣の使い手だ。気を抜いていれば俺も危うかったかもしれん」
「はは、ご謙遜を...。参りました。我はこれより、あなた様の為に剣を振るいましょうぞ」
レナードは手を差し伸べた。
ラインハルトはその手を取り、深く頭を垂れた。
こうして衛兵隊長ラインハルトが正式にレナードの指揮下に入ることとなった。
アナスタシアはその光景をみて微笑んでいた。
...
......
...............
――――――――――――――――――――――――――――――――
レナードとラインハルトが共に戦う決意を固めた後、広間に集まった者たちは迫り来る執政官とその軍隊に対抗するための対策会議を開くこととなった。
長いテーブルを囲み厳粛な空気が漂う中、重々しい木の扉が閉められた。
テーブルの中央には、街の地図が広げられ攻防の要点がナイフで刺され示されていた。
レナードはテーブルの端に立ち、彼の隣にはアナスタシアが静かに佇んでいた。
彼女の目は鋭く状況を冷静に見極めようとしていた。
ラインハルトは反対側に立ち、その顔には決意と覚悟が刻まれていた。
「執政官の軍勢が目前に迫っている。我々には時間がない」
レナードの声が広間に響き渡った。
「彼らの兵力と戦術を分析し、防衛策を講じなければならない」
ラインハルトが口を開いた。
「偵察部隊によると、執政官の大隊は精鋭揃いであり数も圧倒的だ。正面からの対決では不利でしょうな...しかし、街の地形をうまく利用すれば彼らの進軍を遅らせることができるはず」
「ドワーフの重装甲兵団はいるのか?」
レナード問いかけると、ラインハルトの側にいた衛兵が口を開いた。
「いえ、人族のみで構成されているようです」
「そうか...ドワーフは堅牢な守りと技術を持つが、小柄な体格故に進軍速度はどうしても遅くなってしまうからな...」
レナードは地図に視線を落とし、重要な地点を指差した。
「この丘陵地帯と狭い通りを使って、彼らの動きを封じ込めることができる。さらに、街の守備隊を再配置し要所要所に防御線を築く。これにより、敵の進行を効果的に遅らせることができるだろう」
行政庁舎の書記長が前に出て、地図に目を通しながら言葉を発した。
「補給路の確保も重要です。敵が長期戦に持ち込むことを考えて、我々も十分な物資を確保しなければなりません。また、住民の避難経路も確保しておく必要があります」
ラインハルトはうなずき、続けた。
「さらに、我々には市民兵もおります。彼らを訓練し、戦力として活用することができれば戦力を増強できます。彼らは街を守るために立ち上がる意志をもっております故」
レナードは彼の言葉を受けて、
「市民兵の訓練は急務だ。ラインハルト、君がその指揮を取ってくれ。彼らの士気を高め、戦う意志を鼓舞してほしい」
と指示を出した。
ラインハルトは力強く頷いた。
「お任せください。彼らを立派な戦士に育て上げましょう」
その時アナスタシアがレナードに耳打ちするように話しかけた。
「レナード様...執政官の軍勢につきましては、我らで殲滅することは可能ではないでしょうか。スカルデーモンを加え、私の魔法とレナード様の剣であれば造作もない事かと...」
「おそらく可能であろうな。だが...いつまでも俺達がハルヴィナで戦線を維持するわけにもいかない。最終目標は勇者と神フィリアなのだ。俺達が去った後もこの町は王国や他種族の侵攻に備える必要があるというわけだ。これはいい機会だと思っている」
アナスタシアはハッとしたような表情を浮かべた。
「浅慮な考えでした...お許しください。レナード様は何手先も読まれているのですね」
「神ダハーカの真意とは違うだろうが、出来る限りの事はするつもりだ。失わない為に、な」
会議はその後も続き、具体的な防衛計画や戦術が次々と討議された。
部隊の配置、避難計画、物資の管理など、細部にわたるまでの計画が練られた。
レナード、ラインハルト、アナスタシアの三人は、それぞれの役割を確実に果たすために全力を尽くす決意を新たにした。
こうして、対策会議は終わりを迎えた。
広間を出るとき、レナードはアナスタシアに向けて静かに言った。
「いざとなれば俺達が最前線で敵を打ち払うぞ....彼らの決意を無駄にしない為に」
アナスタシアは微笑みを浮かべ、力強く答えた。
「もちろんです。お望みのままに...」
....
......
.................
―――――――――――――――――――――――――――――――
対策会議から日が経過し、
レナードたちは準備を万端に整え執政官の軍勢が到着するのを待ち構えていた。
街の守備隊は配置に付き、市民兵たちも訓練を受け、準備を整えていた。
しかし、到着予定日になっても敵軍は姿を見せなかった。
「何かがおかしい…なぜこない?」
レナードは眉をひそめ、広場に集まった衛兵たちを見渡した。
その時、一人の偵察兵が駆け込んできた。
彼の顔には恐怖と驚愕が浮かんでおり、息を切らしていた。
「レナード様、大変です!執政官の軍勢が…一夜にして消失しました!」
その報告に広場はざわめき始めた。
レナードは偵察兵に詳しく話を聞き、すぐに確認のために出発する決断を下した。
アナスタシアとラインハルトも同行し少数の精鋭部隊を引き連れて現場へと向かった。
彼らが到着したのは、執政官の軍勢が陣を張っていた場所だった。
辺りは静まり返り、血の匂いが充満していた。
レナードは馬から降り、周囲を見渡した。
「これは一体…」
ラインハルトが呟く。
レナードは地面に目を凝らし、戦闘の痕跡を確認した。
散らばった武器や壊れた鎧が転がっており、焼け焦げた地面が戦いの激しさを物語っていた。
しかし、遺体はほとんど見当たらなかった。
「これは…ただの戦闘ではありません」
アナスタシアが低く言った。
「"何か"が彼らを襲ったのです。そして、ほとんどの遺体が持ち去られた」
レナードは更に奥へと進んだ。
そこで彼の目に飛び込んできたのは、一枚の旗だった。
その旗は黒地に、赤く染まった手形が描かれていた。
彼はその旗を見つめ、記憶の中からそれが何を意味するのかを探り当てた。
「これは…穢れ山に住むオークの軍勢の旗か!」
レナードの声には驚愕と警戒の色が混じっていた。
「彼らが執政官の軍勢を襲撃したのか…」
ラインハルトもその旗に目を向け、険しい表情を浮かべた。
「ばかな...!穢れ山のオークは勇者一行によってほぼ殲滅されたときいていますぞ。この大隊規模の軍を襲撃し壊滅させるほどの戦力がまだあったのか...!」
「何故オークが…」
ラインハルトは考え込むように言った。
「奴らがこのタイミングで動く理由が分かりませんな...」
―――オークか...。
体格は人や魔族よりも小さいがドワーフよりは大きい。
だが筋肉質で独自の文化を持っている...それは略奪した人やドワーフの道具や兵器を改良し自分たちの扱いやすいように仕上げる技術だ。
魔界から生まれる魔物と言われ、すべての種族から忌み嫌われている存在。
人や魔族であろうとその肉を喰らい、光を嫌い、暗闇に潜む暗黒の勢力...。
「確か、穢れ山の首領は...」
レナードがそう言いかけると、アナスタシアが答えた。
「
「そうだな...」
レナードは旗を手に取り、深く息をついた。
「一つだけ確かなことがある。執政官の脅威は去ったが新たな敵が我々に迫っている。オークの動きを見極め、対策を講じなければならない...いずれはハルヴィナにも迫りくるだろう」
ラインハルトたちはその言葉に険しい顔つきになる。
それに対してレナードはむしろ喜びすら感じさせる表情を浮かべていた。
「だがそれほどの軍勢ならば、従えれば強力だろう...?」
レナードがそう言うと、ラインハルトたち衛兵隊は驚愕の表情を浮かべた。
「ふふ、そうですね...さすがはレナード様です」
アナスタシアはレナードの真意を汲み取っていた。
ウィンストン城への城攻めにはいずれにしろ兵力が必要であったからだ。
彼は旗を握りしめ、決意を新たにした。
戻る道すがら、彼らは今後の対応策を議論しながら進んだ。
穢れ山のオークがこの地に現れた理由を解明し、その脅威に立ち向かうために。
...
........
................
―――――――――――――――――――――――――――――――
一方、穢れ山の最深部にて。
そこは鉄と炎、そして穢れに満ちた場所であり、空気は常に重く腐敗と硫黄の匂いが立ち込めていた。
暗闇の中で無数のオークがその異様な光景を見守りながら、獰猛な笑い声を響かせていた。
「死なせてくれ…頼む…もうこれ以上は耐えられない…」
執政官の絶望的な叫び声が洞窟内にこだました。
彼の身体は鎖で吊るされ、無数の傷が深く刻まれていた。
血と汗でぐしゃぐしゃになった彼の顔には、痛みと恐怖が交錯していた。
オークたちはその苦しむ姿を見て、狂気じみた笑い声を上げ続けていた。
彼らの目には悪意が満ち、執政官の苦しみが彼らにとって何よりの娯楽であった。
「Kuz Talash, Urgoz Galgo!」
(愚かな人間め、お前は生贄だ!)
一人のオークが嘲笑しながら、執政官に向けて鞭を振り下ろした。
その一撃により、執政官の身体はさらに跳ね上がり絶叫が再び洞窟内に響き渡った。
その混沌の中心に、王座の如き邪悪な椅子に座る二回りも大きいオークの姿があった。
彼は片腕を失い、その傷は無惨にも癒えることなく、むき出しのままだった。
口も裂け、牙が見えるその顔には冷酷な笑みが浮かんでいた。
彼こそが穢れ山のオークの首領、災禍狂王ヴァサゴであった。
「Zugorath-uz krash ul grozoth-raz. Nar-gurul urzath」
(お前の嘆きと叫びは我らの馳走となる。いずれ生きたまま喰ってやろう)
ヴァサゴは低く、しかし力強い声で言い放った。
その声には深い威圧感と共に嗜虐的な喜びが滲んでいた。
彼の背後には巨大な鉄の炉があり、その中で火が燃え盛っていた。
周囲には錆びついた鉄の武器や拷問具が散乱し、そのどれもが長い間使用されてきた痕跡を残していた。
ヴァサゴの椅子はまるで王座のように高く設えられ、その上に座る彼はまさにこの恐怖の世界の支配者であった。
「Gorog durgath ul gashnar, zogath-ul Garald ul bogurth uz... Nar-thrak ul」
(憎き勇者とその仲間、そしてガーラルドに住むすべての者を恐怖に陥れてやる...その時は近い)
オークたちはその言葉に歓声を上げ、胸を叩き大地を踏み鳴らした。
彼らの姿はただの野を走る獣ではない。
重厚な鎧を着こみ、長槍と巨大な戦斧、鋭利な曲刀を身に着けていた。
それは王国の軍隊すら霞むほどの重装備であった。
「Gurak uz barz!」(我らは鉄!)
「Gurak uz nar!」(我らは炎!)
「Gurak uz gul!」(我らは死!)
暴力的なまでの熱気が充満し、その場は一層狂気じみた光景と化した。
ヴァサゴはその光景を冷酷に見つめながら、自らの力と支配を実感していた。
穢れ山の最深部に広がるこの地獄のような場所で、彼の野望はさらに深まりつつあった。
執政官の運命は既に決まっていたが、彼の苦しみはまだ終わりを迎えることはなかった――
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