第7話破瓜の夜

アナスタシアによる血の粛清は終わり、残ったのはスカルデーモンと血まみれの広場であった。


すると騒ぎがおさまったことを聞きつけたハルヴィナの民衆が戻ってきた。


そしてその惨劇に恐れおののいたのは言うまでもなかった。




「こ、これは一体...!?」


「あの魔獣はなんだ?見たことがないぞ...!」




人々は口々に疑問を示し、目の前の聖女であったはずのアナスタシアが悪魔と化した姿に動揺を隠せないでいる用だった。




「お前たちが動揺するのも無理はない。だが、これが現実だ。聖女アナスタシアの真なる姿」




レナードは民衆に向かって言い放った。


もはや隠したところでどうにかなるものでもない。


そして、民衆が牙をむくようであればこれも斬り伏せるつもりであった。


空を舞うアナスタシアが民衆がに向かって語りかけ始めた。




「見なさい、この美しき姿を。これぞ真なる女神ダハーカ様より賜たまわった力!恩恵!恐れることはありませんよ、この魔獣も従順なるしもべ...襲い掛かることはありません」




彼女がそう言うと、民衆たちは少しずつ彼女の前へと再び集まりだした。




「どういうことなのですか...聖女様....ダハーカ様というのは...」




「この世界の真なる神です。あなた達も騙されていたのですよ...偽りの神に」


「私の翼も髪も瞳も全て本来の私...人族から魔族へと昇華...いえ、姿を取り戻したといっていいでしょう...ある者にとっては悪魔。ある者にとっては天使にみえるかもしれません。そして、あなた達は選ばなければなりません。"どちら"につくのかを」




大罪聖女の言葉には毒がある。


彼女が紡ぐ一つ一つの言の葉が民衆を侵食していく。




「欺瞞ぎまんに満ち、不公平で虐げられるこの世界で惰眠だみんを貪ることを望むのか、真なる平和と秩序を求めて武器を手に取り立ち向かうのか。選びなさい!」




民衆の瞳は狂気的な光を宿していた。


それは若い者、老いた者、警備の者など全てが異常な熱気を帯びていた。




「わたしたちは戦います!ダハーカ様の為に!!」




「ならば見なさい。この御方を...私を転生させてくださった神の代行者たる騎士レナード様を拝し、その名の下に取り戻すのです!憎き勇者を、偽りの女神を討つと!!」




レナードはビクっとした。


ずっと傍観者として演説を聞いていた自分がいきなり表舞台に立たされてしまった。




「レナード様万歳!レナード様万歳!!」




民衆たちはレナードの名を神と同等な存在として讃えた。


その熱狂は狂気的なまでに広がりをみせていった。




「お、おい...アナスタシア、どうすればいいんだこれは!?」




アナスタシアは妖艶な笑みを浮かべてレナードに寄り添った。




「民草はあなた様のお言葉を待っているのですよ」




「俺はそんな演説などしたことがない...」




「ただ胸に秘めたる思いをお話になればよいのです、ありますでしょう...?」




レナードは自分が転生した時の光景を思い出していた。


歯を食いしばり、復讐を誓ったあの瞬間を。




「俺は一度死んでいる。お前たちが勇者と呼ぶ者たちによってな...大切な者を、仲間を守ることができなかった。ここにいる者たちにも魔族と戦い家族を失ったものもいるだろう。憎いだろう、魔族が。だが考えてみろ、今まで人族やドワーフ族、その他の種族もそうだ。ここまでいがみ合い血肉を争う戦をしたことがあったか?」




レナードは民衆を見回した。




「これが、この争いを起こしたものこそ元凶...それがフィリアなのだとしたら?勇者達はその先兵にすぎん...!お前たちに潜む憎悪と絶望をぶつける相手は誰だかわかるか!この瓦礫に立つお前たちになら分かるはずだ!」




人々は自らの心中を思い返していた。


亡くなった家族のこと、遠く戦争に行ってしまった恋人の事...




「悔しいか!苦しいか!!憎いか!!!」




民衆は顔を上げてレナードを見た。




「ならば立ち上がれ!我々を悪だと奴らがいうのならばそれを切り伏せろ!魔族だの人だの種族などもはや関係ない...生きとし生ける者の敵!偽りの神の申し子たちの喉元に噛みつけ!!今ここから始めるんだ!世界への復讐をっ!!」




レナードが剣を掲げると人々の歓声が空気を切り裂き、広場にこだまする。


彼の言葉は火の粉のように広がり、聴衆の心に火をつける。


人々は互いに肩を叩き、拳を振り上げ、狂気的なまでの歓喜に包まれている。




古傷が目立つ老いた男が前に進み出た。




「わしらの向かうべき敵が見えました。ずっと霧の中をさまよっていた気分です」




その目には不屈の闘志が宿っていた。


もはや失意に落ち込んでいる難民などはそこにはいなかった。


"復讐"という炎を宿した戦士たちが誕生したのだ。




「さすがですね、レナード様」




アナスタシアがそう言うと羨望の眼差しでレナードを見た。




「はっ...なにかしたのだろう?」




「いいえ、なにも。民草の心を動かしたのまごうことなきレナード様のお言葉ですよ。その一言一句に込められた熱が伝わったのです。決して教会のありがたい言葉では伝わらない熱さを」




「ふむ...。だがこれで彼らが魔族を差別することもなくなるといいのだが」




「心配無用かと思います。彼らはもはや迷える子羊ではありません...その瞳はしっかりと向かうべき先をみつけています」




レナードたちは都市の修復に手を貸した。


一番の働き者はスカルデーモンだ。


巨大な瓦礫も易々と持ち上げて片付けていく。


その醜悪な姿の魔獣を恐れるものはいなくなっていき、エサは大丈夫なのかと心配する者もいた。




だんだんと夜は深まり、月が高く昇るにつれて広場の熱気はますます濃密になっていった。


冷え込む夜風も、その熱狂を和らげることはできなかった。


人々は家に帰ることなく、その場に留まり続けた。


まるでその場所を離れれば、心に灯った炎が消えてしまうかのように。




焚き火がいくつも点火され、群衆の中に暖かな光が散りばめられた。


その光は、夜の暗闇を彩り、歓声と共に空に舞い上がった。


話し声と笑い声、未来への希望に満ちた議論が夜通し続いた。




レナードとアナスタシアは無事だった都市の宿に宿泊することになった。




「...なぜ、一緒の部屋なんだ?」




レナードはソファに座りぴったりと寄り添うアナスタシアに向けて言った。




「家を失った民草も多く...私たちが別々というのは強欲すぎますので...」




「それはまあ、うん...理解はするが...」


「くっつき過ぎでは...?」




「よろしいではありませんか。ハルヴィナの夜は冷えますから...」




気付けばアナスタシアはデーモンロードの姿から元の金髪の聖女に戻っていた。


彼女の髪から漂う香りが風に乗って彼の鼻先に届く。


まるで森の中の花々が一斉に咲き誇るような、甘くも爽やかな香り。


その香りに包まれると、彼は頭がクラクラとし酔いしれるような感覚に襲われた。




「な、なんか変な感じがする...」




「どこがですか...?フゥ」




耳に息をふきかけられ、ゾクゾクしてしまうレナード。


彼女の瞳が彼を見つめ、微笑みがその唇に浮かぶと彼の心は温かさで満たされた。




彼女の指先が彼の手をそっと撫で、二人の距離はますます近づいていった。


言葉はもはや必要なくその場にはただ二人の心の鼓動だけが響いていた。


彼女の柔らかな髪の香りと、触れ合うたびに感じる温もりがレナードを包み込んでいた。




やがて二人は自然と引き寄せられ、唇が重なった。


その瞬間、時間が止まったかのように感じられた。


彼らはお互いの存在を確かめ合い心の奥底から湧き上がる感情に身を委ねた。




「オスの、匂いがします...」




「初めてだからどうなっても知らんぞ...」




恥ずかしそうにレナードは答えた。


武一辺倒だった彼は色恋沙汰に縁がなかった。




「そ、それをいうなら私もです...一応聖女でしたから...」




レナードが彼女をベッドに押し倒し修道服を脱がしていく。


下着になった彼女の白い肌には勇者たちに受けた暴行の傷跡は残っていなかった。


そして彼女の色香はレナードの理性を完全に吹き飛ばし、彼女の下着を乱暴に剥ぎ取った。




「けだものですね...ふふ」




静かな夜の中、彼らは一つになり、互いの温もりと優しさを分かち合った。


外の世界はすっかり忘れ去られ、ただ二人だけの特別な時間が静かに流れていった。


その一夜は言葉にならないほどの深い絆を二人の間に残し、温かな余韻をもたらしたのだった―――


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