第4話カルマ

―――サランディア、正教会の敷地


新たな仲間として加わったアナスタシアによれば、"ダハーカ"なる女神が力を与えてくれたようだ。


...ダハーカ....そんな女神の名は知らない。

この世界にはフィリアという女神しか存在は知られていない。

俺たちの住む世界【ガーラルド】を創造したとされているのが女神フィリアだ。


「聖女ならば、そのダハーカという神を知っていたのか?」


「残念ながら...。私も初めてお声を聞いたものですから」


「そうか...。それよりも、何か着た方がいいな」


レナードはアナスタシアの裸体から目をそらすように下を向いた。


「あら...ありがとうございます騎士様...」


「レナードでいい。服ならば俺が適当にもってこよう」


「教会の中に行けば修道士の服がありますので....お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」


彼女は、先ほどまで殺戮の限りを尽くしていたとは思えないほどの落ち着きを見せていた。

そして、レナードは周囲を見回し、気づいた。

子供たちは傷一つ負うことなく生き残っていることに。


「子供たちには危害を加えなかったのか?」


「私が用いた魔法は無差別に命を奪うものではありません」

「悪しき心を持った者..."カルマ"が低い者に対して発動するものなのです」

「カルマとは善悪の指標ですから」


「だから子供達は純粋無垢ゆえに助かったという訳か...」


「はい。ですので他にも無事な者がいるかもしれません」


「なるほどな。子供達のことは一旦おいて、後程考えるとしよう」


2人は教会の重厚な扉をあけ、教会内部へと進んだ。

田舎の教会にしては装飾もきちんと手入れがされており、

祭壇にはフィリア正教会を象徴する"アンク"とよばれるシンボルがあった。

アンクはT字をかたどったものに円環がつけられている。

円環は生命の輪廻りんねを意味しており、全ての生命は大地に還ったとしても転生し再びこの世に生を受けることを意味しているのだ。


「む...まて。だれだ!そこに隠れている者は!?」


レナードが声を荒げると、祭壇の裏から司祭が一人、手を挙げて出てきた。


「おじ様...無事でいらしたのですね!」


「な...その声は、アナスタシアか?しかしてその姿は一体...」


「私は真なる神、ダハーカ様によって新たな肉体を与えられたのです」


「ダ、ダハーカ...?それはいった...うぐっ...」


司祭は苦痛に顔を歪ませて、倒れこんでしまった。

よくみると、司祭の顔には多数の痣があり暴行をうけた形跡があった。


「なにがあったのですか...!」


「おまえが異端審問官様に捕縛された際、私は何とか救い出そうと抗議をしたのだがな...」

「異端審問官様たちは聞く耳をもってはくれなかった...」

「苦しむお前を助けられなくてすまなかった....アナスタシア、我が姪よ...」


アナスタシアは司祭に近寄り、癒しの魔法を唱え始めた。


<<< 聖天魔法/イマキュレート・ヒール >>>


司祭を青白い光が包み込むと傷口はすぐに塞がり、血は止まった。


「おぉ...これぞ神の奇跡たる聖天魔法...そのような姿でも使えるとは」


「大事なのは姿形ではありません...信仰と万物への愛なのです」

「たとえこの身がいかなる種になろうとも変わりません」


「ふふ...そうか、やはりお前は聖女だよ」

「そちらの御仁は...魔族か」

「差し支えなければ、事情をお話願えるだろうか...」


司祭はそう言って立ち上がると、レナードの黒髪を見て複雑な面持ちを見せた。

レナードはアナスタシアが修道服に着替えている間に一連の事を司祭に説明した。


子供たちが無残に惨殺されていたこと。

アナスタシアが勇者一向に暴行され磔にされていたこと。

そしてアナスタシアがダハーカの力によって魔族へと転生したこと。


「にわかには信じがたい事だ...。だが、嘘はついているのではない...」

「私が隠れていたのは強力な魔力がこの街を包んでいるのを察知したからだ」

「はは...そう...私はな、隠れたのだよ。神の子でありながら、眼前の脅威から...」


司祭はアンクのペンダントを手にもち、己の弱さを悔いているようだった。


「あんたにはやってもらいたいことがある」

「この街には子供を含め、生き残っている者がいるかもしれない」

「その人たちの世話をしてやってくれないか?」


司祭は驚いたようにレナードの瞳を見つめた。


「ああ...もちろんだとも。だがなぜ、魔族の者がそのようなことを...?」


「子供たちの中にはおそらく奴隷となった魔族の子もいるからな」

「それに...」


レナードは亡くなった仲間たちの事を思い出していた。


「生き残ったのならば、意味があるはずだ」

「魔族であろうと、人族であろうと、な」


「あいわかった...。私が責任をもって対処しよう」

「それと謝罪を...私は魔族を誤解していたようだ。すまない...」


「それはお互い様だろう。気にするな」


アナスタシアが着替えを終えて戻ってきた。

その頭には以前のような角はなく、翼も見当たらなかった。

レナードはその変化に驚き、彼女に問いかけた。


「髪は黒いままだが...他はどうしたんだ?」


レナードが興味津々に尋ねた。


「着替えの際に邪魔でしたのでなくしたのです」


とアナスタシアが軽やかに笑った。


「自分の意思で変身できるのか...」


彼は驚きを隠せない表情で言葉を返した。

すると彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「レナード様は、あちらの姿の方が好みだったでしょうか...?」


「そ、そういうわけではない!」


レナードは慌てて否定した。

その様子を見てアナスタシアを微笑んだ。


「さて...お前たちはどうするのだ?これから...」


司祭は心配そうに二人を見た。


「ダハーカ様の啓示によれば...次の目的地はさらに東のウィンストン城です」


「なに?それは....」


「はい。勇者のパーティーの一人...ドワーフのドルガンが治める領域です」



...

......

...........


――――――――――――――――――――――――――――――――――


一方そのころ、ウィンストン城では...


「ガハハハ!魔族の女は具合がよくていいじゃねえか!!」


ドワーフ族の巨漢、ドルガンは大声で笑いながら酒を喉に流し込んだ。

魔族の女たちは何人も慰み者にされ、痣だらけの身体を晒していた。

その様子を見ながらドルガンは酒杯を手に、満足げに笑みを浮かべていた。


ドルガンが自慢のハンマーを手に彼女たちに近づいていく。


そして...また一人、魔族の女の命が城の闇に消えていくのであった―――

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