第2話フィリア正教会の町、サランディア
目が覚めると、そこは自らが死した場所...ウィベール城塞であった。
両断されたはずの体は元に戻っており、傷も何事もなかったかのように塞がっていた。
辺りを見渡すと、焦げた仲間であったモノの匂いと黒煙が鼻を衝く。
「...姫は...?姫様はどうなったのだ...!!」
レナードは必死に瓦礫と化した城塞の破片を乗り越え、グレイシアの居室を目指した。
ほぼ炭と化している木製の扉を開くと、そこにはグレイシアはいなかった。
いない...。無事にお逃げになられたのであろうか。
それならば我らが命をなげうった意味もあるというものだ。
レナードはホッとしていた。
生きてさえいれば、まだ希望の灯は消え去っていない。
陛下のもとで再起できると淡い期待を抱いた。
ひとまず状況を確認しなければ...勇者達の動向も気になる。
ガチャ、と姫の居室のテラスに出たレナードはすぐさま異変に気付く。
外壁の下に何かが散らばっていたのだ。
レナードは確認するために、居室を出てテラスの下の外壁の辺りに足を運んだ。
「これは...ウッ....ヴォエェ....」
レナードは
そこにあったのは"グレイシア姫"だったものが散乱していた。
衣服は脱がされ獣が食い荒らしたかのようになっていた。
これはもはや戦争などではない。
虐殺だ。
"残骸"の前で、自らの弱さを嘆き食いしばった口からは血が流れていた。
日々の鍛錬も、技を会得した事も何もかもが無駄だったのだと。
レナードはグレイシアの遺体を丁重に埋葬をした。
可能な限り仲間たちの遺体を埋め、その上に剣を立てた。
自分も死にたい、と願った時―――
目の前には黒き翼の女が舞い降りた。
それは禍々しくも神聖とさえ思わせる気配を漂わせ、レナードに微笑みかけた。
「―――絶望の底に沈む者よ、
「啓示...?」
「―――ここより東にある町、サランディアに向かいなさい―――」
「―――そこにはお前の仲間となるべき者がいます―――」
「仲間...はっ...そんなものがいてどうするのだ?」
「たとえ精鋭を集めたとしてあの転生した勇者共に傷一つつけられまい!」
レナードが吐き捨てるように言うと、黒翼の女は虚無のような黒い瞳を向けてきた。
「―――アナタは誤解しています...勇者は無敵ではありません―――」
「―――そのカギはサランディアにいる者が握っています...探すのです―――」
何を言っているんだ。
あまりに抽象的すぎる....。
「―――それとも...果たしたくないのですか、大事なものを奪われた仇を」
「果たしたいに決まっている...!!」
「―――ならば、外しましょう。偽りの女神につけられている
黒翼の女が手をかざすと、レナードの体の奥底から燃え上がるような力が湧き上がってくる。
こ、この力は...一体...
「―――偽神を打ち破る力。真なる神の恩恵です。さあ急ぎなさい...」
「―――絶望に沈む者よ...」
そう言うと黒翼の女は異空間へと消え去ってしまった。
...くそ、とりあえずサランディアに向かうとしよう。
まずは世界の情勢から知らねばならん。
レナードはウィベール城塞を後にし、東にある町...サランディアに歩き出した。
...
......
.............
――――――――――――――――――――――――――――――
道中は死体の山が築かれており、今もなお悲鳴が聞こえてきそうな光景が広がっていた。
当初は吐き気を催していたが、もはや慣れてしまったのか、死体の山を平然と歩いていた。
サランディアは人族の町でフィリア正教会が治めている土地だ。
強力な対魔族結界は張られており、我々魔族にとっては町といえど城塞に等しい存在だった。
魔族は先天的に魔法の扱いに長けているだけでなく体格から近接戦闘の技術に至るまで全てが人族を
【姿形は違えど、その分だけお互いを認めあえればよい】
我らが王の言葉だった。
事態が急変したのはつい数か月前の事...人族の王国、オルランドが勇者を召喚したという報があってからだった。勇者とは、人族の英雄ですべての邪悪な存在を退け平和をもたらすものだという。
何故そんなものを召喚したのかはわからない。
平和であったのにも関わらず、勇者を呼ぶ理由が少なくとも魔族である我々には理解できなかった。
魔族といっても見た目は人と何らかわらない、ただ黒い髪と身体能力に差があるだけなのだ。
レナードが街道を進んでいくと、死体を漁る武装した人族と遭遇した。
人の野党や強盗の類だろうか。
死体から盗むとは何と厚顔無恥か。
レナードが一人歩いていることに気づいた野党らしき男が話しかけてきた。
「おっと―――生き残りがいたのかぁ...お前もツイてないなぁ」
「そのボロボロな黒い鎧...てめえ暗黒騎士か?死に損なったみてえだな」
「親分、こいつも死体に並べてやりましょうぜ。きたねえ魔族が」
野党の一人がレナードに向かって、剣を振り下ろしてきた。
その一刀が振り下ろされる前に野党の腕は握りつぶされた。
「ぎ、ぎぃやあああぁあ!!」
野党が腕を抑えて倒れこむ。
他の野党たちも
...なんだ?この力は...!?
実は驚いていたのは野党だけではない。
レナード自身も起きた事態を理解できていなかったのだ。
バカな...剣を握った腕をとめようとしてほんの少し、握っただけだぞ...?!
まるで野菜くずかのように人の肉が砕け散るとは...一体...?!
「て、、てめぇ!?よくもやりやがったな!おまえら!始末しろ!」
野党のリーダー格らしき男が号令を発し、怖気づいていた男たちが剣を手に一斉に斬りかかった。
レナードは切り落とした腕が握っていた刃こぼれした剣を拾い上げ、向かってきた野党達を横一文字に斬り払った。
すると、斬撃は肉を裂き骨をバターで切り取るかのように寸断してしまった。
それは自らが受けた勇者の技であるかのように。
俺は、ただ、素振りをするかのように軽く剣を振るっただけだ...。
そもそも、こんなナマクラでは体を両断することなど出来るものでは....。
「ひ、ひぃ...ば、ばけもの....ゆるしてください、ゆるして...」
野党のリーダーは戦意を喪失したようで小便を漏らし、許しを懇願していた。
その姿を見てレナードは思い出した。
まだ幼かったギムリットが勇者に命乞いをしながらも無残に殺された様子を。
歯を食いしばり、レナードは野党に近寄った。
「――お前はそうやって命乞いした相手を許したことがあるのか?」
「へ..?も、もちろんです!命ぁ大事だ!!ぜったいに、ぜったいに!!」
「そうか...じゃあお前は"ツイ"てなかったな」
「え....」
「俺は許さない」
野党の男の首を握ると、いとも簡単に引きちぎれてしまった。
...なんと
レナードは野党の頭を投げ捨てると、男の着ていた服を脱がし自らの甲冑を捨て野党の服装に着替えた。
男が巻いていたスカーフを剥ぎ取ると、それを頭髪を隠すようにして巻いた。
これで、サランディアには入ったとしても気づかれぬだろうが...
しばらく街道をまた進むとようやくサランディアが見えてきた。
それと同時に街を囲う様に張り巡らされた結界の石碑が一定の距離間隔で置かれていた。
これをどうにかしなければ...
俺の暗黒剣でもどの程度ダメージを与えられるか...。
レナードが恐る恐る指先で結界に触れると、それは薄いガラスかのようにパリンと壊れてしまった。
は...!?な、なんだこれは!?
触れただけで消滅した...?魔法結界がこの程度のものとは信じられん...!!
意を決して結界内に足を踏み入れるが、もはやそこには魔族を退けるものはなにもなかった。
周囲の石碑を見ると先ほどまでの光が嘘のように消え去っていた。
...まあ、いい。元々弱っていた可能性もある。
問題はこのまま入れるかだが...。
レナードが町までたどり着くと、そこには門番が二人待ち構えていた。
門番の一人がこちらに気づき近づいてきた。
「こんにちは、旅の御方!サランディアにようこそ!」
「今日は近くにある魔族の城塞が攻略されたということで宴が夜にありますよ!」
「ぜひご参加なさってくださいね!ごゆっくりお過ごしください!」
一方的にまくし立てるように門番はそう話し、何のチェックもなく街に入れてしまった。
なんという雑な警備...いや、魔族の城塞が落ちたという事で浮かれているだけか?
レナードは警戒をしつつも、黒翼の女のいう"仲間"を探そうとしていた所驚くべきものを発見する。
通りがかった正教会の門の先に、女が柱に縛り付けられていたのである。
見た目は修道女のようであるが、ひどく暴行されたようで衣服は乱れ血だらけの修道服を着ていた。
―――これが一人目の仲間である"アナスタシア"との出会いであった
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