ヒーローに恋した私が失恋するだけの話

青色

ヒーローに恋した私が失恋するだけの話

 クラスメイトの皆野緋色みなのひいろは名前の通り皆のヒーローみたいな人だ。困っている人がいれば必ず助けるし、頼みごとだって引き受ける。

 だからといって、その善性を周りから利用されるようなこともない。彼は何が基準なのかわからないけれど、無我夢中に助けているように見えて、いい頼みごとと悪い頼みごとの区別がつけられるようだった。

 その、何でも助けるわけじゃないという部分に彼の人らしさが出ているのかなと思う。いや、むしろ、人らしくないのかな。でも、そうだとしても、それは彼のいいところなのだと思う。

 そんな人だから、彼は色んな人から好意を向けられている。

 この好意というのは勿論恋愛的な意味でだ。

 先輩、後輩、同級生、幼馴染にだって、彼はモテモテだ。どんなラブコメ主人公だよと思ってしまう。羨ましい限りだ。

 まあ、そんなことを言う私も彼に惚れてしまっているのだけれど。

 

雨心あこさん手伝うよ!」


 私は放課後、掃除当番を押し付けられていた。まあ、いつものことだ。私は特に熱中していることだってないし、いい暇つぶしだと思っている。

 利用されていることはわかっている。でも、それでいいと私は思う。

 だって、これがあるから私は彼と話せて、一緒に居れるのだから。これは果たしてズルなのかな。


「また、押し付けられたの? 全く……やっぱり注意した方がいいのかなあ」

「別に、大丈夫」

「そう? でもなあ、雨心さんの優しさに付け込んでいるようでなあ」

「私は気にしてない」

「なら、いいけどさ」


 彼は、机を運びながらそう言う。毎度思うけれど、帰る前に皆で机を下げた方が効率がいいんじゃないだろうか。

 ……まあ、この分、彼と話せると考えたらそれでもいいのかもしれないけれど。彼を好きになってから、そんなずるいことばかりを考えている気がする。少し苦しい。


「雨心さんってさ、いつも本を読んでいるけど、何を読んでるの?」

「恋愛小説……」

「へえ、意外だったなあ」


 それはそうだろう。私が恋愛小説を読み始めたのだって彼と話すようになってからだし、それまでは推理小説を好んで読んでいた。

 理解できない気持ちを理解するために恋愛小説を読んだ。共通する部分が多かったから、まあ、大抵が失恋する物語だったんだけれど。


「そういうの好きだったんだ」

「似合わないよね」

「そんなことはないよ。ほら、雨心さんいつも落ち着いた感じあったから、そういう女の子らしい趣味もあるんだなと」

「まあ、私あんまり大きなリアクションは取れないから」

「いいんじゃないそれでも。僕なんか姫香にもう少し落ち着いたらどうなのって毎日のように言われているよ」

「……そうなんだ」


 河合姫香かわいひめか。彼の幼馴染で同級生だ。私みたいな暗い子にも話しかけてくれるいい人。バスケ部に入っていてそこでキャプテンなんかもしているらしい。部活動がない日なんかは私のこの放課後の掃除も手伝ってくれたりもする。顔も可愛くて、性格もいい。幼馴染二人そろって非の打ちどころが全くない。神様は不平等だと思う。

 そして、姫香さんは彼のことが好きなんだ。


「でも、姫香さん最近部活が忙しいって言ってたね」

「そうだね。まあ、最後の大会も近いしね」

「そうなんだ」

「その大会も見に来てくれって言われてるんだけどさ。雨心さんも来る? 喜ぶと思うけど」

「まあ、確かに喜ぶだろうね」


 本当に喜んでくれると思う。姫香さんは私のこの恋心も知っていて、それなのに、友達でいてくれている。

 

「でも、遠慮しておくよ」

「そう?」

「私が行っても……邪魔しちゃうだけだろうし」

「ん? 何か言った?」


 私の声は黒板消しクリーナーの音でかき消されたようだった。危ない、いつもはうるさくて耳障りなこの音が少しだけ好きになれた。


「別に、なんでもないよ」

「まあ、そうか。雨心さんも休日やりたいことあるよね」

「そう、読書とか」

「本当に本好きだねー」


 少しだけ綺麗になった黒板消しを両手に持って彼は笑う。

 その笑顔は反則だ。私もつられて少しだけ笑ってしまう。


「あっ笑った。いいね」

「からかわないでよ」

「からかっているつもりはないんだけどなあ」

「からかってるよ」

「今は怒ってるか」

「……少しだけ」

「やっぱ、そう言うところがいいんだろうな。雨心さんって」

「どういうこと?」

「ん? そうやってたまーに笑っているところがだよ。男子の間だと、たまに変わる表情が可愛いって噂になってる」

「そういうのは、本人の前では言わない方がいいんじゃないの」

「今度は照れたね」

「………………」


 私は無言のまま彼の背中をほうきで軽くはたいた。


「からかいすぎ」

「ごめん、ごめん。でも、本当のことだからさ」


 彼は背中を払いながらそういう。微妙に手が届いていなかったから、私が払った。

 

「ありがとう」

「やったのは私だけれど」

「でも、ありがとう」

「……どういたしまして」


 私が言うのはおかしいか。


「その、緋色くんも可愛いって思うの?」

「え? まあ、そうだね。思うかなあ?」

「そうなんだ」


 彼は、こういう言葉を平気で言えてしまう人だ。素直に嬉しい。だから、好きになってしまう人も多いんだろう。私みたいに。


「じゃあさ。好きって言われたら嬉しいの?」

「え? まあ、そりゃ嬉しいけれど……」

「じゃあ、好き」

「えっと……それはどういう意味で?」

「友達として――」

「ああ、なるほどじゃあ僕も――」

「じゃなくて、恋人になりたいの好き」


 言ってしまった。言うつもりはなかった。

 彼は、持っていた黒板消しを手から落とす。


「そう、なんだ」

「うん、緋色くんが好き」

「そっか」


 彼は私の方を見て、困ったように笑っていた。困らせるつもりはなかったけれど、口をついて出てしまった。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

「本当に嬉しい? 迷惑じゃなくて」

「迷惑だなんてそんなこと思わないよ」

「じゃあ――」

「でも、ごめん。僕さ、好きな人いるんだよ。ずっと、好きな人が」

「……そうか、そうだよね」


 そんなこと知っている。知っていた。


「知ってるよ」

「ああ、もう知られちゃってるのか」

「凄く、わかりやすいからね緋色くん」

「そうなんだ、なんか恥ずかしいな」

「だって、私は姫香さんのことが好きな、緋色くんが好きだから」

「何それ」

「姫香さんと話しているときの緋色くん凄く楽しそうだもん」

「そんなに 顔に出てたのか」

「うん」

「じゃあ案外本人は気づいていたりしてね」

「気づいてないとは思うけどね」

「鈍感で助かったな」

「緋色くんが言えたことじゃないよ」

「それもそうだね」

「ねえ――」


 私は改めて、彼に向き直る。彼も手に持った黒板消しを置いて、私の方を向いた。彼と目が合った。それが、嬉しくて、悲しい。


「姫香さんのこと私よりも好きだよね?」

「うん」


 彼は、真っ直ぐそう言った。彼らしいはっきりとした物言いで。


「そう、ありがとう」


 私が好きな緋色くんだ。緋色くんを好きになれてよかった。


「もう、一通り掃除も終わったし、緋色くんは帰ってもいいよ。あとは私がやるから、掃除付き合ってくれてありがとう」

「そうだね。任せることにするよ」


 いつもなら、なんだかんだ最後まで手伝ってくれるんだけど、今日は私の言う通りに帰ってくれるらしい。

 本当に、気遣いができていい人だな。うん、いい人だ。出来過ぎだよ。


「じゃあね。雨心さん。また、明日」

「ええ、また明日。緋色くん」


 教室の扉が閉まる。運動部の掛け声だけが聞こえてくる教室にただ一人。


「う……う、ううううう……」


 だから、泣いてもいいよね。

 滅多に泣くことなんてないけれど、こんなときくらい泣いたって。


「う……、うわああああんっ!」


 告白が成功するなんて思ってなかった。そもそも、この告白だって、事故みたいなものだった。勝手に口にしてしまっただけだった。正直私に恋愛感情があるなんて冗談か何かだと思った。

 この気持ちだって、本気じゃないのかもな、なんて思っていた。

 でも、告白してみて、わかったんだ。

 この気持ちはしっかりと本物だった。

 恋愛小説を見て、理解しようとした。でも、実際失恋してみると、もっと悲しかった。悔しかった。

 なんで私が先じゃなかったのか、彼と幼馴染になれていたら彼が好きになったのは私なんじゃないのかって、悪いことを考えてしまっている。

 そんなことはないのに。

 緋色くんは姫香さんだから好きになったんだろうし、姫香さんは緋色くんだから好きになったんだろう。

 でも、苦しいよ。苦しいよお……。


「うわああああああん、あ、あ、うわああん」


 見苦しかったと思う。ここに、人が来ていたらどうするつもりだったのだろうか。ただ、大声で泣いていた。

 でも、良かったんだと思う。確かに、彼と付き合えたら一番良かったんだろうけれど、それはきっとないから。私が好きな彼ならないことだから。

 何も言えないよりはよっぽどいい。

 世の中、告白できない人だってたくさんいるんだろうし。

 その後悔をしないで済んだだけよかったんだ。


 休日を過ぎた日。

 確か、その休日は姫香さんの部活の大会があった日だったかな。

 まあ、そんな日が過ぎた日、私はいつも通り登校していた。

 そのとき、ある二人の姿を見かける。

 後ろ姿でもわかる。緋色くんと姫香さんだ。

 いつもよりも、距離が近いような気がする。

 それだけで、何があったのか察せられる。

 不思議と、嫉妬はしなかった。むしろ、嬉しい。

 「羨ましい」とは思う。

 でも、私は緋色くんが好きな以前に、姫香さんも好きなんだ。

 それが嘘じゃなかっただけ、良かったんだと思おう。

 だって私はしっかり、失恋できたんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーローに恋した私が失恋するだけの話 青色 @aoiro7216

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ