悪役の暗躍

イカ焼き専門学校

第1話 これが俺の日常

 思い返したらずっと前からこの時間が嫌いだった。


「座れ」

 

 楽しくなんかない。これで喜ぶなんてどうかしている。


「今回はどうだ?」


周りにいる人達に緊張が走ったのがわかった。目の前の男は淡々と話を続けている。しかし周囲の人の顔には悲壮感を漂わせているものは少ない。俺はどうしてもほかの人間が、自分とは同じ生き物とは思えなかった。


「では順番に.....」


誰も信じられない。こんな時に助けてくれる神様なんていない。心の中に蟠る陰鬱とした気分に晴れ間はこない。







「テスト返却しまーす。」


そうして誰もが通るであろう学生時代の些細な1ぺージが執行された。



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日本史・近代史

 高見たかみ 雄大ゆうだい 14


担任から手渡された用紙には、教科を示す日本史・近代史の文字の横に俺の名前である高見雄大の文字と、無慈悲な14の数字。おわった。完全におわった。さっき平均点は58点とか言っていた気がするぞ。 


「よお、ゆーちゃん!テストどうだった?」


歴史は、歴史だけはだめなのだ。ほかの強化ではほぼほぼ平均点をたたき出している俺でも中学生のころから歴史だけは苦手だった。やれ何年にどこ家とどこ家が合戦をしただ、やれなんとか条約を結んだだ、まったく頭に入ってこないし勉強する意味も分からない。昔誰かが歴史を知ることで現代への教訓を得るために歴史を学ぶとか言っていた気がするが、すみません!歴史のせいで今絶賛不幸の真っただ中です!


思っていたよりも低かった自分の点に絶望し、机に突っ伏している俺のもとに声がかかる。顔を上げるとそこには週5で顔を合わせる見慣れた顔があった。


「んだよ輝義てるよしかよ。テスト?うるせえ、俺は今人類の発展と世界平和について真剣に考えてるとこなんだからはなしかけんじゃねえ」


「それ前回のテストのときも同じこと言ってたぞゆーちゃん」


相良さがら輝義てるよし。去年から同じクラスになってよく話すようになった俺の友達。明るい性格と抜群の運動神経で所属しているバスケ部のキャプテンだとか。他に学校外のバスケクラブでエースらしい。そうそういうところは友達として誇らしいけど今だけはその性格がちょっとうっとおしい。


え?俺?俺は何の部活のエースかって?もちろん高校に入学してから今まで最速のスピードを誇る帰宅部買界の生きる伝説だよ。この前も帰りのホームルームから爆速で帰宅したら、親に早退したのかと心配されたしね。解せぬ。


「どれどれー......14ってまじか」


「ちょっ、お前見るなよっ!墓までもっていくつもりだったのに!」


「いやぁ悪い悪い、思ってたより低くて驚いちまった。 あはは...」


「だから机と対話しながら日本の未来について考えてたんだよ!てか!そういうお前は何点だったんだ!」


「俺?75点」


「.......」


「いやぁ今回は香織と..あ、彼女な?あいつと猛勉強してさ、正直自信あったからよかったー!なんか肩の荷が下りた気がするぜ!」


相良さがら輝義てるよし。去年から同じクラスになったただのクラスメイト。もうこんなやつ友達じゃない。え?彼女?お前彼女いたの?聞いてないんだけど!もうそのまま肩の荷が下りすぎて鎖骨砕けちまえよ。


「ふ、ふーん。よかったじゃん。じゃ、じゃあ俺体調悪いから帰るわ!ちょっと昨日から鎖骨砕けててさ!じゃあな!また来週!!」


「お、おい!まだ授業の残って...ってかそんな重症なら学校来れないだろ... いやそうじゃなくて、吉川さんが話があるから体育館裏に来てほしいって!あと担任の足利が点数のことで話があるってよ!おいきいてんのか?!」


捨て台詞をはいて教室を後にする。なにか後ろから聞こえた気がするがかまっている余裕はない。今の俺はどのルートで帰宅するかで頭の中がいっぱいなのだ。でも体育館裏だけは寄ろうかなー理由はないけど。担任?そんな日本語知りません。







別に何の変化もない。ただそれだけの日常をなんでもっと大切にしなかったのだろうかと後悔することになるのを、この時の爆速で帰宅する俺は知らなかった。





「ただいまー」


歴史と担任の愚痴を心の中で叫びながら帰宅した俺は玄関のドアを開ける。よし、最速タイム更新だ。まさか本当に早退するとは思ってなかったがまあいいだろう。

過ぎたことは気にしない。俺は歴史の授業からそういう学びを得たのだ。


「あれ?母さん?いないの?」


いつもなら出迎えてくれる母の姿がない。買い物にでも行ったのだろうか。


「ん?なんだこれ」


リビングにあるテーブルの上を見ると真っ黒な便箋と封筒がおいてあった。珍しい、スマホの普及した現代の日本ではあまり日常的に見ない代物だ。しかも真っ黒。気になってしまった俺は折りたたまれた紙を開き、中身を読んでみることにした。


2階にある自分の部屋を目指して階段をのぼりながら手紙の内容を確認する。

えーとなになに?




拝啓 高見雄大 様 

この度は突然のお手紙申し訳ございません。

しかし折り入ってお願い申し上げたいことがあります。どうか―




部屋のドアを開ける。するとそこには20年弱暮らした我が部屋........ではなかった。



「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


「西軍より伝令!!先行していた隠密部隊が全滅したそうです!」


「ちっ!忌々しい蛮族どもめ!!全軍体制を立て直す!!少しづつ後退しろ!!!」


耳に届く怒号と銃声、爆発音、人の走る音。目に飛び込む、部屋に入りきるわけもないくらい多い陣形を組んだ人たち、そしてあちらこちらで起きている謎の爆発。おそらく大将であろう豪勢な鎧に身を包んだ自分と同じくらいの女の子。


俺の部屋は戦場だった。何かの比喩ではなく本当に戦場だった。ドアを開けると漫画や使っていない教材がある見慣れた部屋ではなく、どこか広い草原のど真ん中。奥には鬱蒼とした森も見える。


え、なにこれ、夢?妄想?なんかあの人たち手から炎とか水とか出してるし。漫画みたいに何人か消えたり現れたりしてるし。あ、爆発で舞った砂埃が目に入った。いてえなこんちくしょう。現実じゃねえか。


少し離れた丘で呆然とする呆然とする俺の手から持っていた便箋が落ちる。



拝啓 高見雄大 様 

この度は突然のお手紙申し訳ございません。

しかし折り入ってお願い申し上げたいことがあります。どうか―


どうかこの狂ってしまった歴史をもとに戻してほしいのです。






これはどこにでもいる歴史嫌いの高校生の、ありそうでないそうな歴史のお話。

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悪役の暗躍 イカ焼き専門学校 @ikayaki8266

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