1日目 日常に変わった日常

 ピピピピピピピ……


 つい昨日セットした目覚まし時計に起こされて、目を開けた部屋はまだ見慣れない場所。

 個人部屋として最低限の家具と、今の自分には既に必要がなくなった机が端に置いてある。

 周りを見ても慣れない心は、この自分のものではない部屋間違った空間に拒絶しているからか、或いは。


「……下に行こう」



 警察の人、たしか文船あやふねさんだったか。

 知り合いらしい天架あまかけと言う人の場所で、住み込みバイトをしている。

 朝食などの朝の準備が終わったら、次は1階の仕事場の準備をする。

 と、頭の中で昨日言われたことを一つ一つ思い出していく。


「あれ、もう起きて来たのか? まだ休んでていいんだよ?」

「ここにはそういう契約で来ているので、一応は」

「契約って、そんな重い話じゃないんだけどね……まぁ意欲があるのは良いことだし、早速掃除を頼みたいんだけど出来るかな」

「……分かりました」


 仕事場は、街の中に何故か一軒だけある喫茶店。

 床や壁、天井は木目が見えるようになっており、全体的に癒しや温かみを感じる古く懐かしと言われるような内装をしている。

 天架さんから渡されたのは箒とちりとり……ではなく近代的なコードレス掃除機だった。

 仕事内容はホールの掃除らしい。


 訳アリで連れてこられた自分を気にかけているのか、頼まれる仕事は簡単なもののみ。

 まだ入って来て間もないというのも理由の1つと言われたら納得する。

 それにしてはこちらの様子をよく見ている気がする。気のせいと言われたらそれまでだが。

 そう考えているからか手が止まっていたらしく、天架さんかこちらに近づいて至近距離でこちらの顔を覗いていた。

 ……これがイケメンなら落ちていただろうが、残念ながら一般の男性レベルの顔である。


「……なんですか」

「悩み事なら聞こうかなって。たまにお客さんの相談をしたりするんだよね」

「そうですか」

「文船……警察の人からは詳しいことは聞いていない。それに、僕と比べたら君は子供だ。子供の不安を聞くのも大人の役割だからね」


 ふんす、と最後に効果音を付けたことは聞かなかったことにしよう。

 あんな事・・・・があったからだろうか、ふと話しても良いのだろうかと思ってしまった。それでもいずれ話すことには変わりは無い。

 そう思うとさっきまで考えていた悩みが、ふっと軽くなった気がした。

 瞼をゆっくり下げて自分だけの真っ黒な空間を作り、コードレス掃除機の電源をそっと切る。


「もし、誰かが死んだら世界が幸せになるってなったら……どう思いますか」

「それは……とても重い質問だね」

「じゃあそれが本当に目の前で起きたら、真実であると認めますか」

「そういう証拠があったら、幽霊が見れない僕でも信じると思うよ……その人には申し訳ないけど」

「では、それが大切な人だったら?」


 それはっ……その先からは無音の空間しか残らなかった。

 目を開けると、何か苦しそうな顔で床を見ている天架さんが目に入った。

 やはり話すのはまだ早かっただろうか、掃除機を片付けようと戻ろうと一歩進めた所で腕が何かに引っかかる。

 振り返ってみると、まだ視点は床だが空いた右手で袖を引っ張ていた。


「じゃあ、逆に僕から1つだけ。聞いてもいいかな」

「なん……です、か」

「その質問は……その、本当の話なの・・・・・・?」

「っ」


 今のは言い過ぎたか、まさか察してしまっただろうか。

 まずは謝るべきだろうかと、嫌になるほど冷静に働く頭につられて下がっていた視点が上がる。

 まず見てしまったのは……苦しいと言うより、悲しそうな顔をした天架さんだった。

 何故そんなに苦しそうなのだろうか、自分のことでも置いてかれた人こちら側でもないのに。それに、


(なんで、自分はこんなに泣けないのだろう)


 それでも今日は、雨が降っていた。

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