最終話 プロポーズ

 半世紀、世界は激動の最中にあり、しかしてベルドランド大帝国は変わらずその栄光を守り続けている。


 首都シーグシティ、国会議事堂を望むビルの最上階ラウンジは貸し切られ、お茶会が開かれていた。


 同窓会であり、世界最大級の企業トップの会談であり、そしてもう一つの意味がある。


 一人がけの白い革張りソファを三つ、真ん中に円卓を置いて、三人の老人が歓談していた。


「そんなこともあったね」

「あったなぁ」


 男性が二人、褪せた赤毛のアスコットタイをした開襟シャツの紳士、そして白髪混じりの黒髪を整えた三つ揃えのスーツを着こなす紳士。ファーデン商会会頭カルロ・アーネイジ・ファーデンと、デ・アルマエリス商会会頭レヴィルス・ボニファシオ・デ・アルマエリスだ。旧交を温め、二人は笑っている。


 しかし、髪をまとめた喪服の女性——アーサ・ニーフィンガル・アリステラは少し怒っていた。


「他人事みたいに言わないでよ。私を勝手に企業人にしておいて、その言種はないんじゃない?」

「でも、結局大成功しただろ?」

「今となってはファーデン商会にもデ・アルマエリス商会にも頼らずに、ベルドランド大帝国屈指の美食家として名を馳せる女性起業家。立派だよ、ミセス・アリステラ」


 この二人はまったく悪びれず、半世紀前にアーサを貴族令嬢からビジネスウーマンに仕立て上げたことを誇らしげにさえ思っている。


 アーサは、テイスティング・コンサルタントという職業の第一人者になった。要するに、様々な問題を解決する美食家だ。アーサは世界中を飛び回り、二大商会の支援を得ながら美味しいものを追い求めてきた。途中で食中毒から助けたアリステラ公爵に見初められて結婚したが、そのときカルロとレヴィルスは本気で悔しがっていたし、本気で祝福してくれた。先日アーサの夫アリステラ公爵が死去した際には、真っ先に駆けつけ、花を手向けてくれたほどだ。


 多分これは、友情というものだ。それは、今も何も変わらない。この二人は相変わらず競い合い、世界を二分する大企業のトップだ。商会内の仕組みは時代の流れとともに変わってきたが、優秀な彼らがトップとして辣腕を振るい、その権勢は衰えるどころか勢いを増すばかりだ。


 その優秀さに振り回されてきたアーサは、仕方ない、と二人を咎めることは諦める。


「今になって思えば、あのころは楽しかったわ。あなたたちの恋愛はだいぶ子供じみていて、あれを求愛行動だとは思わなかったけど」

「はっはっは、お前にはあれくらいでちょうどよかったんだよ。考えてみろ、アクセサリーを贈って喜んだか? まだアイスクリームのほうが喜んだだろ」

「あのときはどちらが君の気を引けるかであって、恋愛に至る前の段階だった気がするよ。あと港湾労働者ドッカースタイルは最高に似合っていたね」

「ひどい言いよう」


 アーサは少女のように頬を膨らませる。三人とも七十歳にも近くなって、こんな調子の会話ばかりだ。


 カルロは咳払いをして、アーサに手を差し伸べる。


「さて、お前に喪服は似合わない。来い、トワイン王国でいくらでも飯を食わせてやる」


 驚くアーサは、それがプロポーズだとすぐに理解した。しかしレヴィルスが間に入り込む。


「カルロは本当に、アーサのことをただの食いしん坊だと思っているんだね」

「違うか?」

「アーサは好奇心が旺盛なんだよ。新しい食べ物、新しい土地、新しい人々との出会い。それが彼女を彼女たらしめるんだ。僕ならそれを満たすことができる。まあ、喪服が似合わない、ってところは同意だけどね」


 レヴィルスはそう言って手を差し伸べ、ウインクをする。


 つまりはそう、二人とも、アーサへの半世紀越しのプロポーズをしてきている。


 アーサは、笑わずにはいられなかった。


「変わらないわね、あなたたち」






 こののちの物語は——アーサが歴史の表舞台から姿を消したため、追うことはできなかった。


 ファーデン商会にもデ・アルマエリス商会にも取材を申し込んだが、個人的な交友関係の話であり、回答は差し控える、というコメントが返ってきただけだった。


 今もアーサ・テイスティング・コンサルタントは存続している。彼女の子孫は、美食家の公爵として今も皇帝に仕える傍ら、二大商会にもコネクションを持つ誰も無視できない存在だ。


 まあいいさ。いつかは、アーサ・ニーフィンガルという少女の伝記を書いてみせる。



 とあるジャーナリストの手記より。




(了)

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この人たち私を罠にはめて婚約破棄させてプロポーズしてきた理由がひどい ルーシャオ @aitetsu

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