第14話 玉磨かざれば器をなさず

「え? ソフィ、まだ家のことが解決してなかったの?」


 朝からアーサは令嬢らしからぬ素っ頓狂な声を上げる。先日女子寮の外で再会したばかりの友人ソフィヤ・ランダイテは、まだ家の事情で忙しい、とたった今ジェニーから聞かされたばかりだ。


「そうらしいわ。しばらくまた学校に来られそうにない、って」

「そうなんだ……寂しいな。また三人でお茶したいのに」


 アーサはしょんぼりする。ジェニーとの共通の友人であるソフィヤは、寮の部屋が隣ということもあって何度もお茶会をした仲だ。貴族の令嬢というよりすでに社会進出した淑女の雰囲気すらあるソフィヤは、何かと年下のアーサを可愛がって、アーサの奇想天外な旅の経験談も興味深げに耳を傾けてくれていた。そんなソフィヤとまだ会えないのか、と思うと寂しさが募る。


 春休暇前で講義はなく、アーサとジェニーは部屋でゆっくりレポートを書いていた。何でもできるジェニーに添削してもらいながら、アーサは苦手なレポートを完成させていく。相対するテーブル上には、この間のお茶会で選ばなかったデ・アルマエリス商会のコーヒーが淹れられていた。


 ジェニーはマグカップの中で黒く波打つコーヒーを一口含み、これからの話をする。


「アーサ、急なのだけど舞踏会バルの予定が入ったの」

「出るの?」

「宮殿のほうでいくつかあるらしいから、一週間留守にするわ。ちょうど春休暇の前だし、そのまま実家に帰ろうと思って。アーサはどうする?」


 ジェニーは皇女として、宮殿で行われる皇帝主催の舞踏会バルにはできるかぎり出席しなければならない立場だ。アーサとはまるで違う境遇にあって、その責務をきちんと果たしている。アーサは、ジェニーはすごいな、と素直に感心して、いつも尊敬の目すら向けている。昨年アーサが初めて出席した舞踏会バルでの出来事は——もはや思い出したくない醜態だったから、なおのことだ。


 しかし、ジェニーは春休暇よりも早く寮を留守にしてしまう、となれば、寄宿学校ではもう講義もないことだし、アーサは一人で残っていてもつまらない。どうせ春休暇には必ず寮から出なければならないから、早く連絡するなり予定を立てなければならないのだが、どうにも気が乗らない。


「家に帰ったって、お父様いるかどうか分かんないし、お母様も最近社会奉仕活動で忙しいらしくて、うーん」


 一応アーサには兄がいるのだが、宮仕えの身で滅多に会うことはない。おそらく他の皇族の毒見役フードテイスターをしているのだろうが、そのあたりは家族にも喋れない機密が多く、詳しいことは妹のアーサでさえ知らないのだ。逆に、アーサが実質的に仕えているジェニーのことも兄はほとんど知らないだろう。


 父は職務もプライベートも区別なく忙しく、母は最近貴族の女性に流行りの社会奉仕活動で外に出ずっぱりだ。となれば、家に帰っても退屈だろうことは想像するまでもない。アーサは大人しく勉強でもすれば、などと殊勝なことを思う娘ではない。そんなことをするくらいなら他の家に遊びにいく。


 ジェニーはそんなアーサを見越して、こう提案してきた。


「カルロとレヴィルスを誘って、一緒に遊んだら?」

「……うん、まあ、そうね。うん」


 アーサは歯切れ悪く、頷いているのか俯いているのか分からない態度を取る。ジェニーが心配そうにアーサを見ていた。


「嫌?」

「嫌っていうか……どっちも私と結婚したいだなんて口では言うけど、それって、何にも私の外見も内面も見てないから、もうちょっと何とかならないの、って思う」


 きっとそれはわがままだ。世界有数の大金持ちであり、地位も名誉も持っている名家の嫡子であるカルロとレヴィルスに同時に求婚される、など普通の貴族の令嬢にはあり得ないことだ。それは分かっている、分かってはいるが——彼らはアーサを一人の女性として魅力的に感じているか、と問われれば、曖昧な反応をするだろう。あくまで彼らが欲しているのはアーサの豊富な食経験と肥えた舌だ。それも愛しているわけではなく、利用価値が高いと見ているだけだ。


 そんな求められ方をしたって、とアーサは不貞腐れる。ロマンスが欲しいわけではないが、もうちょっと何かあるだろう。たとえばアーサの顔が好みだったとか、性格が可愛いとか、そういうことを嘘でも言ってくれれば騙されたかもしれないのに、あの二人は言いそうにない。誠実といえば誠実だ、ただし乙女としてのプライドはズタズタだ。


 アーサはため息を吐く。違う、そうじゃない。


「ええと、言い方が違うね。私は別に、外見も内面も、他の女子に勝てるところなんてないから、そりゃ何かの能力で勝つしかないんだけど、そこを評価されるっていうのは女子としてどうなんだろう、って葛藤があるんだと思う。そんなこと言ってちゃ結婚できないよね……分かってる」


 アーサはたかが男爵令嬢だ。高望みなどすべきではなく、本来ならエドワルドのタッチェル伯爵家との婚約だって身分違いもいいところだったのだ。その婚約が破棄された今、不名誉な噂に惑わされることなく求婚してくれる男性など、希少も希少、それこそカルロとレヴィルスくらいしかいない。普通の男性は、舌の肥えた面倒くさい女性を娶ろうとは思わないのだから。


 ところが、ジェニーは前向きで、建設的かつ実際的な第二の提案をする。


「じゃあ、まずは外見を磨きましょう。カルロとレヴィルスを呼んでくるわね」


 アーサが止める間もなく、ジェニーは部屋から出ていった。


 外見を磨く。そこにカルロとレヴィルス?


「何で?」


 アーサは首を傾げながら、ジェニーの後を追った。

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