第15話 なぜこうなったのか〜たかが服、されど服〜

 かくして、ジェニーによってカルロとレヴィルスが招喚された。具体的には、ジェニーは通りすがりの学生全員に声をかけてカルロとレヴィルスを捕まえるように、と伝達し、十分とかからず伝令(と化した学生)が二人の居場所を突き止めたと報告を持ってきた。そして、さらに五分とかからずに二人は何十人もいる学生に追われて、まるで狐狩りの追い込みのように女子寮前に走ってきた。


 ジェニーは協力した学生たちに謝意を述べ、これならば今年のフットボールやセーリングの学校対抗試合は勝てそうね、と喜んだ。学生たちは血気盛んかつ従順にジェニーに従っていたが——もはやあれは本能的に染み込んだ皇族への忠誠心みたいなものではないだろうか、とアーサは訝しんだ。あまり考えすぎると自分も同じ穴の狢、あの学生たちの一員なので、色々とアイデンティティに傷がつく。


 ぜえぜえと肩で息をしているカルロ、もう動けなくなってベンチに倒れ込んでいるレヴィルスが落ち着くまで待ち、それからジェニーは堂々とこう言った。


「あなたたち、アーサに似合う服をそれぞれ用意なさい」


 カルロとレヴィルスは顔を見合わせ、何とかジェニーの唐突な上から目線の話についてくる。


「アーサの服を選べってことか?」

「僕たちが?」


 明らかに二人は困惑の表情を浮かべていた。無理もない、アーサは同情する。ジェニーは生まれついての皇女であるがゆえに、また将来の一国の女王となるべく帝王学を学んでいるだけに、アーサやソフィヤなどごく一部を除いて他者に常に命令を下す立場にある。それはベルドランド大帝国が存在するかぎり揺らぐことはなく、少なくとも寄宿学校の学生は誰もジェニーに逆らうことはできない。もっとも、ジェニーもそれほど無茶振りをすることはなく、ここぞというときにしか強権発動しないから大して問題視はされていない。


 ジェニーは二人のために、わざわざ、とばかりに理由を語る。


「ええ、そうよ。アーサと結婚したいのなら、夫となる殿方は彼女を上手く飾り立てられる能力も必要でしょう? まさか、結婚したらそのままこき使う気かしら? 女性として扱わずに? 嫌だわ、最近の殿方はそう言って男女平等と嘯くのよ。紳士は淑女を淑女たらしめ、淑女は紳士を紳士たらしめる。そんな当然のこともできないからと言って、私のアーサを粗雑に扱うなんて、許せないでしょう?」


 これに対して、カルロもレヴィルスも頷くところがあったらしく、なるほど、とつぶやいていた。二人はアーサをただこき使うつもりはなく、結婚の一般的な意味も理解しているのだろう。


 つまり、互いに好きな男女が結婚という儀式を経て夫婦関係を築く。それにより受ける利益を、彼ら商人は最大限に利用する。労働させたのであればその見返りはきちんと用意する、というのが一流のやることだ。長く続く関係を欲しているならなおさら、互いを知り、互いを気遣わなくてはならない。


 アーサとしては自分は夫となる男性に何をしてやれるか、といまいち首を傾げているのだが、それは置いておく。


「そうまで言われちゃあ、やるしかないな。おいアーサ、仕立て屋行くぞ。ドレスでも何でも作ってやる」

「いや、高級仕立て服オートクチュールよりも既製服プレタポルテのほうがアーサには似合うと思うよ。活動的だし、ドレスで部屋にしまい込む淑女の枠からは随分と外れているからね」


 アーサの意思とは関係なく、二人はさっさと目的のための道筋を考えつく。そういうところは素早い、商人は時は金なりタイムイズマネー、金と同様に時間を惜しむものだからだ。


 とはいえ、何も言わないと変な服を着せられるかもしれない。アーサは控えめに注文をつける。


「あのさ、食べてもお腹がきつくならない服がいいんだけど」

「だろうな、お前はそう言うと思ったよ」

「一つ大きめのサイズがいいね。百貨店で見て回ろうか」


 こうして、男子寮寮監ハウスマスター女子寮寮監ハウスミストレスにそれぞれ外出許可をもらって、三人は街のショッピングモール型百貨店へと向かった。






 ステンドグラスのように精密な模様が入った偏光ガラスが、アーチ状に連なって百貨店の端から端まで続いている。


 果てまで続く二階建ての百貨店は、大賑わいだった。国内最大級のノーリンゲン百貨店は、一般庶民から上級貴族まで楽しめるショッピングを合言葉に運営されている。建物の統一された上品さや堅牢さとは裏腹に、中に入っている店は実に多種多様だ。食料品区画から娯楽遊戯区画、もちろん服飾区画もある。身分階層の分け隔てなく店がランダムに並ぶからこそ、互いにどんなものを扱っているのか、という好奇心を満たし、憧れや興味から購買意欲をそそる。


 アーサを飾り立てられて似合う服、という曖昧な目的を持ってやってきた三人にとっては、そのくらい雑多な店構えだとハシゴしやすくちょうどいい。


 ただ、最初の店ではカルロの笑い声が響いていた。


「だあっはっはっは! お前、サファリジャケット似合うな! そのままジャングルに行けそうだぞ!」


 半袖の薄いカーキ色のジャケットを羽織ったアーサは、憤慨する。長年世界各地を巡り、装飾性よりも機能性を重視した似たような服を着てきたから似合っていることは自分でも知っているが、他人に言われるとちょっとショックだ。乙女心が傷つく。


「笑うなー! 何でこれ選ぶのよ、よりによって!」

「でも慣れてるだろ」

「……うん」


 ならいいだろ、とカルロはまた笑いはじめる。この男、アーサに似合うという一点だけしか見ていないし、実用性を重視しすぎて、アーサを淑女らしく飾りたてる、という当初の目的を忘れている。


 そしてアーサの後ろにいるレヴィルスも、我慢できず小さく吹き出している。


「レヴィルスも笑ってるの気付いてるからね」

「ごめん、でも似合ってる」

「だと思うよ! もう!」


 アーサはついにため息を吐いた。


 サファリジャケットに女性らしさなどどうやって求めろというのか。寸胴に作られ確かにお腹は締まらない、しかしその野暮ったいシルエットは、どう考えても女性向きではない。普段着にはできない。いくら似合っていてもだ。


 しかしもっと腹が立つのは、アーサ自身がこれも悪くないかも、と思ってしまうところだ。旅をして、過酷な土地を行くのならこういう服がいい、できれば長袖で、などと受け入れてしまい、淑女らしく云々はとうにどこかへ消え去ってしまっている。しかもこれを買ってもらったらそれはそれで嬉しいのだ。悔しい。ヒールよりも羊皮と牛革を合わせた編み上げブーツのほうが履きやすくて動きやすいし、おしゃれな帽子よりテンガロンハットのほうが日差しを避けられていい。その価値観はいかんともしがたく、女性らしさに傾きそうになかった。


「どうせ私は足長くないしウエストも細くないですよーだ」


 不貞腐れるアーサへ、カルロは新たに持ってきた服を渡した。


「おいアーサ、そのままでこれ履いてみろ」


 大人しくアーサは受け取り、試着室に入る。


 インディゴのカーゴパンツだ。何だか嫌な予感がしたが、履いてみるとなかなか快適だった。これはいいな、と思い、アーサはちょっとうきうきで試着室から出る。


 サファリジャケットとカーゴパンツ姿をアーサを見て、カルロとレヴィルスはぷるぷる震えて笑いを堪えていた。


「だめだ、帽子被ったらもう完璧に港湾労働者ドッカーだ」

「似合って……ごめん、でも本当、似合ってる」

「あのさ、そろそろジェニーに言うよ」


 アーサの脅し文句は、ほとんど効果はなかった。二人は腹を抱えて笑いすぎ、床に転がるカルロと息ができなくなったレヴィルスは——アーサの言葉など耳に入れられる余裕などなかったのだ。


 貴族令嬢のはずなのに港湾労働者ドッカースタイルの似合う自分は一体、とアーサのアイデンティティは着実に傷ついていた。

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