第12話 ホールトマトがミネストローネに
アーサはレヴィルスとともに、カフェのキッチンに入っていた。
缶詰が缶切りで開けられ、ボウルの中には皮を剥いた
フォークでトマトの味見をするアーサへ、レヴィルスは説明をする。
「年々、トマトの需要は伸びている。新大陸の人間がさらに世界中へ渡るに従って、食習慣もそのまま持っていくことが多い。そういうときに保存が利いて、なおかつ故郷と変わらない味が食べられるものとして好まれているんだ。缶詰はこれから必ず需要が伸びていく、そう思うよ」
「
しみじみ、舌の経験した味の旅を思い出しながら、アーサはトマトを噛み締める。それほど味は悪くなく、ここからスープなど野菜や肉と煮込むのなら十分と言える。
ただ、アーサが思いついたのは、その先のことだ。
「あのさ」
「何だい?」
「
レヴィルスは、きょとん、としていた。しかし、すぐにアーサの言わんとするところを理解する。
「料理を作る手間を省く、ということかい?」
「うん。昔、もっと缶詰の出来が悪かったころだけど、キャンプしてて焚き火に開けた缶詰をこう、蓋を掴んで突っ込んで温めてた。荒野で料理するのって面倒だから」
「そうか……旅をしていれば、料理ができる環境にある人間ばかりじゃない、ということだね」
「料理人がいないことも多いし、鍋は何かと穴が空くもんね。銃弾を弾いたりするから」
レヴィルスは、銃弾を弾く、というところに関しては共感できなかったらしく、小さく咳払いをしていた。旅をすればそんなこともある、アーサは何も不思議に思っていない。
「あとは、新大陸で軍にくっついて行動してたときに食べた
それを聞いてまたレヴィルスが小さく咳払いをする。『軍にくっついて行動してたときに食べた
しかしそれはそれ、レヴィルスはあえてスルーして、野菜の重要性を再確認した。
「確かに、満足に補給が届かない土地では、栄養不足は深刻な問題だ。野菜を多めに摂れる缶詰があれば病気も防げる」
「
「ははは、そうだね。分かった、缶詰工場に連絡して試してみるよ。栄養学に詳しい人間もアドバイザーとして探さないとね」
レヴィルスは上機嫌で、内ポケットから取り出したメモ帳に何かを書き込んでいた。どうやら、収穫はあったようだ。アーサはほっとする。
メモの書き込みが終わるのを待っていたアーサは——そういえば、レヴィルスはソフィと何を話していたのだろう、とやっと気になって、じっとレヴィルスを見ていた。アーサの視線に気付いたレヴィルスは、すぐに微笑みかけて問う。
「どうしたんだい、アーサ」
「ふえっ!? その、ほら、こないだ……ソフィと話してたみたいだから、何かなって」
馬鹿正直に正面から尋ねたアーサを、レヴィルスはどう思ったのか、苦笑してみせた。
「すまない、それに関しては口止めされていて」
「そうなんだ、ううん、いいの。ソフィとレヴィルスが一緒にいるのは珍しいから、気になってただけ」
「家のことでちょっとした相談を受けていてね。大したことじゃない、心配しないで」
そっか、とアーサはそれで引き下がるしかない。自分の領分ではないのだ、少しだけ寂しい思いをしないわけではないが、わがままを言うつもりはない。
そんな感情を押し込めて、アーサはぽん、と拳を手のひらで叩いた。
「そういえばさ、最近エドワルド見かけないね。私としては、逃げたいからそのほうがいいんだけど」
レヴィルスは苦笑したままだった。テキパキとボウルのトマトに蓋をして、冷蔵庫に入れ、何も言わない。
「何か知ってる?」
「いいや、別に」
「その反応、知ってるよね?」
「何のことかな」
笑った仮面を顔に貼り付けたまま、レヴィルスはアーサの手のひらにお菓子を乗せた。
ボンボンだ。アーモンドを溶かした砂糖で包んだまんまるのお菓子に、アーサは目を輝かせて口へ運ぶ。
「ボンボン美味しい」
「まだあるよ。よかったらどうぞ」
またしても、アーサは食べ物で誤魔化されたのだが——本人は幸せで、とりあえず懸念はすべて忘れ去った。
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