第11話 ベルガモットキャンディ

 二日後、寄宿学校のカフェ。


 またしてもアーサはカルロに呼び出された。午後は授業がないからいいのだが、気安い感は否めない、そう文句を言おうと思ったところで、カルロに先手を打たれた。


「お前のせいであれから丸一日絶食したんだからな」

「え? 何で?」

「食い過ぎでだよ! お前の胃袋はどうなってんだ!?」


 そんなことを言われてもアーサにはお手上げである。ただ首を傾げるばかりだ。カルロはぬかに釘だと理解したのか、本題に入った。


「こないだ話すつもりだったんだが、これを国際博覧会エキスポジションの展示商品にしようと思う」


 カルロはジャケットのポケットから、コルクをはめた筒状の小さな瓶キャンディジャーを取り出した。中には薄いオレンジ色のキャンディが十粒ほど入っている。可愛らしく、レースに切り抜かれた薄い紙が底に敷かれていた。アーサは受け取って、瓶の全体を眺める。


「本国南部地方の伝統菓子でな、手作りだから供給量が少なすぎてほとんど地域外には出回ってない。だが」

「いただきまーす」


 カルロの説明が終わる前に、アーサは瓶からキャンディを取り出して、ぱくりと口に放り込んだ。すると、まずは爽やかなレモンやオレンジに似た味が広がり、それから果実の皮の部分だろうか、わずかな苦味があり、そして優しい甘味が丁寧に舌を楽しませる。


柑橘類ベルガモットだね。ちょっと苦味があるけど甘くて爽やかで美味しい」

「お前、食べていいって言ってないだろ」

「目の前に出して渡したら食べていいって言ってるようなものでしょ」

「ぐっ、まあ、食べさせる予定だったが」


 カルロはアーサの食欲を思い知ったばかりだ。それ以上抗弁して脱線することなく、当初の話の筋に戻る。


「このキャンディはな、本国南部地方の領主に隠れて作られていたものだ。砂糖が高級品だったころ、上流階級の連中がほとんど占有して庶民には出回らなかった。だが、蜂蜜や天然の甘味料を使ってここまでの甘さを保ちながら、特産品の柑橘類ベルガモットを加えて庶民はこっそり楽しんだ。今は砂糖なんかいくらでも手に入るから家庭で作るには使ってはいるらしいが、伝統的な作り方を守る工房は砂糖を一切加えていない」


 なるほど、とアーサは頷いた。砂糖は種類や使い方にもよるが、普通は甘ったるくなりやすく、適量に加減することが難しい。大量生産となればなおさらで、殊更甘味を求める大衆の味覚に合わせるとどうしてもそうなってしまう。だからこそ、手作業で味を確認しながら作る伝統的製法なら、このキャンディのように上品な甘味を維持することができる。甘味の材料は蜂蜜やおそらく葛、樺から採れるものということも、一役買っているだろう。


「その歴史を売りにするのね?」

「そうなるな。本国の伝統、希少性、保存性、加えて植民地の砂糖に頼らない天然の甘味。有り難がる人間は多いだろうな」

「ふーん……でも、探せば似たものは他にありそうだよね。それに、本国と植民地の対立を煽る感じになるから、嫌がる人はいるかも」


 アーサの指摘を、カルロは黙って聞いている。怒ることも、反論することもない。それは何よりも、よりよい食べ物を貪欲に求めるアーサの意見に耳を傾けたいがためだ。


 案の定、アーサはさらにいいものを、とこう提案した。


「むしろ、これの他にもある本国や植民地の砂糖菓子、キャンディをメインにしたやつが欲しいな」

詰め合わせアソートってことか?」

「うん。全部を混ぜ合わせて、甘い美味しいところを集めました! って感じにしたら、売れるんじゃない? お茶会では使わないけど、自分の部屋でゆっくりするときとか、ちょっとしたおしゃべりで口にしたいかな」


 自分ならこの味のものはこうする、これをどんなシチュエーションで食べたいか、どんな人と食べたいか。アーサのその想像力と確かな分析力に、カルロは得心がいった。


「なるほど。詰め合わせアソートなら一種類ずつの数の少なさを補えるし、混ぜてしまえば本国と植民地の連帯感を示すことにも繋がる」

「本国を知らない人たちは本国の砂糖菓子を、植民地を知らない人たちは植民地の砂糖菓子を知ることができる機会です、みたいな売り文句がいいよね。植民地の砂糖菓子は多めにしたほうがいいかな、そのほうが全体的に甘くなるし。色はともかくサイズはできるだけ揃えてね、見栄えがいいから」


 その売り文句は、アーサがあちこちで見聞きしてきたことそのままだ。多くの場合、本国と植民地は何もかも事情が異なり、本国は経済レベルの低い異邦の植民地を見下し、植民地は本国を一部の人間しか辿り着けない場所と遠く感じるものだ。つまり、そこには分断の危険性がいつもあり、それをどうにかまとめようと皇帝も政治家も苦心している。


 そういうときに、政治家のレセプションパーティでよくある手として、本国と植民地の料理、甘味、物品、工芸品、はては建築物まで融合したものを目玉に据えることがある。その手を応用して、国際博覧会エキスポジションの展示商品として注目を集めるようにすればいいのだ。


 カルロは納得すれば、すぐに行動に移す。アーサから空になる前にキャンディの瓶を受け取り、席を立つ。


「分かった、他にも探してみる。できたらまた監修してくれ」

「うん。そのくらいなら」


 名残惜しく瓶を眺めるアーサへ、カルロは気になっていたことを尋ねた。


「ところで、レヴィルスのほうはどうなってる? もう商品はできたのか?」

「あ、昨日試食したよ。新大陸産のトマトの水煮ホールトマトの缶詰」


 それはカルロがベッドで寝込んでいる間のことだった。

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