第10話 奢ってもらうご飯は美味しい
やがて、街角のトワイン王国の旗が掲げられている店の前に来て、「ここだここ」とカルロが遠慮なく入っていった。レッドカーペットがあるしどう見ても高級感あふれる料理店なのだが、置いていかれたくなくてアーサは店へと飛び込む。
すでにカルロは、トワイン出身と思われる浅黒い肌の男性と現地風に抱き合って挨拶を交わしていた。
「よう、シーヴァティ。羊肉のスパイス煮込み二つ、それとチャパティ多め、デザートも適当に持ってきてくれ」
カルロは勝手知ったる我が家のごとく、店の二階へと上がる。扱い的には成金のどら息子、というわけではないらしく、給仕たちとも顔見知りのようで愛想よく振る舞っていた。
二人が窓際の席に着いて、ほんの数分足らずで料理がやってきた。トワイン王国の羊肉のスパイス煮込みを、シチューを手本に本国式にしたものだ、とアーサは見て取る。現地の料理そのものであれば辛味が強すぎて本国人の口には合わないが、どうやらサフランなどで赤い色味へ近づけているようだ。これならゲテモノということもなく、難なく食べられる。
「スパイス煮込み、食べたことあるか?」
「うん。ある」
「マジかよ」
「トワイン王国には七歳のころに行ったもん。スパイス市場で迷子になって大変だった、鼻が」
チャパティをちぎりながら、アーサは羊肉のスパイス煮込みへ浸したり、現地風よりは小さく切られた野菜や肉を味わう。思ったとおりかなりマイルドな味となっており、逆にアーサとしては物足りなさもあるが、それは贅沢というものだ。黙々と胃へ送り込む。
それを見ていたカルロは、ちょっと呆れているようだった。
「ガツガツ行くよな、お前」
「朝ごはん食べてないからお腹減った」
それは本当のことだ。朝食を摂りに食堂へ向かう前にカルロに呼び出されたのだから、アーサは腹の虫が鳴りかねない空腹具合だ。
「まあ、何だ。少食アピールする女子よりはいいか。いっぱい食って育てよ」
「育ってるんだけど」
「お前何歳だよ」
「十六」
「まだ伸びるから心配すんな、伸びなくても嫁にもらうから心配すんな」
「余計なこと言わなくていい!」
カルロよりも大分早く食べ終えたアーサは、ウェイターを呼んでお品書きも見ずに次の注文を出す。
「
「デザートに大盛りはないだろ」
「じゃあ三人前ください」
なぜかウェイターはカルロに目配せをしていた。いいのか、と聞いているようだが、カルロは頷いていた。三人前も食うのか、と言われていたのだろう、きっと。
カルロが羊肉のスパイス煮込みを食べ終わるころには、デザートもテーブルの上に出揃う。
貝型の白い大皿の上に、丸っこいドーナツがこれでもかと積まれている。ココナッツフレークをまぶし、ほのかに香るバラのシロップが何とも上品だ。アーサはグラーブジャムーンを前に、顔を綻ばせてフォークで口に運ぶ。
カルロもまたグラーブジャムーンにフォークを刺し、恐る恐る口にする。ひと齧りしたところで、口元に手を当てた。
「お前……よく食えるな……!」
「甘いよね、グラーブジャムーン。世界一甘いらしいよ。キール食べる?」
「いやそれも甘いだろ」
「ミルク粥嫌いなの?」
アーサの勧めで、カルロはやっとグラーブジャムーンを飲み込んだ口に、ガラス食器に入ったキールをスプーンで掬って一口飲む。
キールは牛乳で煮込んだ砂糖入り粥に、ドライフルーツやナッツが乗っているものだ。しかしそれもまた、カルロは頭を抱えてやっと飲み込んでいた。ウェイターが持ってきた水を勢いよく飲み干し、こう言った。
「甘い、すっげー甘い」
「カルロのほうが慣れなきゃいけないんじゃないの、それ」
「デザートは守備範囲外だよ……お前、凄いな」
「えへん。これ食べたらさ、アーシー橋のとこにある屋台でホットドッグ食べない?」
「まだ食うのか!?」
結局グラーブジャムーンとキールはアーサが食べ尽くし、さらに川沿いの屋台をはしごして寄宿学校まで歩いて帰った。カルロはいつの間にか、アーサの後ろをよろよろついていく羽目になっている。そんなに食べただろうか、カルロが朝に弱いだけかもしれない、アーサはそんなふうに受け止めた。何せ、男性は食欲旺盛だ、と世界中を旅した父と出会った人々によって刷り込まれているアーサにとって、このくらいは大したことではない。
ようやく寄宿学校に帰ってきた二人は、女子寮と男子寮へ分岐する別れ道の前で、レヴィルスと遭遇した。
「やあ、おかえり。納品は……カルロ、顔色が悪いよ」
「……悪い、休む。食い過ぎた」
それだけ言って、カルロはふらふらとしながら男子寮へ戻っていく。弱っているカルロの後ろ姿を見届けてから、アーサはレヴィルスに話しかけた。
「カルロって思ったより食べないのね。部活はフットボールとテニスをやってるって言うから、たくさん食べるのかと思った」
「そうかな。僕よりは食べるよ」
「ふーん。レヴィルスは何か部活をしてるの?」
「僕はインドア派でね、ピアノやガラス工芸にならたまに顔を出すよ」
「へー。女子はあんまり部活はしないから新鮮」
アーサとレヴィルスが他愛ない世間話をしているところに、女子寮からやってきた背の高い女子学生が声をかけてきた。
「あら、アーサ。久しぶりね」
「ソフィ! 帰ってたんだ!」
幼馴染のソフィヤ・ランダイテと気付き、アーサは喜んで抱きつく。ソフィヤの家の事情もあってしばらくぶりの再会となり、ソフィヤも胸ほどしかない身長のアーサを抱きしめて頭を撫でる。ジェニーとソフィヤは、アーサにとって最愛の幼馴染であり、今もなおその友情は変わらない。
それはそれとして、とばかりに、ソフィヤはアーサをそっと離し、レヴィルスへ顔を向けた。
「デ・アルマエリス、少し話があるわ。いいかしら?」
「ええ、お付き合いしますよ。アーサ、それじゃあまた」
「うん。分かった」
まるで風のように、ソフィヤとレヴィルスの二人はどこかへ去っていった。
それがアーサに聞かせたくない話をするためだ、とは、アーサは考えつかない。
「何の話だろ……まあいっか」
すっかりアーサの興味は、今日の昼食へ向かっていた。トワイン王国の料理にちなんで、カレーライスなんかいいかもしれない。想像するだけでスキップしてしまうほど楽しみだった。
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