第5話 国際博覧会
そして現在。アーサは朝っぱらからカルロとレヴィルスに呼び出され、というよりも女子寮を出た瞬間捕まって両腕を掴まれて連行され、ずるずるとカフェテラスまで引きずられてきた。
貸し切られたカフェテラスの椅子にアーサはぞんざいに置かれる。テーブル上に、花びらのように薄切りオレンジが乗ったオレンジタルトがワンホール、搾りたてのオレンジジュースもセットで用意されていた。
アーサが手を伸ばそうとしたら、座ったカルロの手に制された。
「いいか。半年後に
何だそんな話、と思いつつ、アーサはカルロの手を横に払い、フォークに手を伸ばしたら、今度は椅子に腰を下ろしたレヴィルスがフォークをさっと奪い取った。
「今までその話は各商会や
「僕も同じだよ。新大陸の商品を一つ、目玉に据えられるほどのものを選べ、と」
「はあ……それがどうかしたの?」
オレンジタルトを前にお預けを食らっているアーサは、ぶっきらぼうだ。
とはいえだ、それは
カルロとレヴィルスは展示側で参加するほうだ。つまり、絶対に面倒くさくて準備に忙しい側だ。そんな二人がアーサに話を持ってくる時点で怪しい。
いやそれよりも、つい先日、アーサは二人の仕掛けた罠にはまり、婚約破棄の憂き目に遭ったばかりだ。なのに二人はしれっとしている。
「何だアーサ、やる気がないな。美味いものをいくらでも食べられるぞ」
「それは分かってるだろうに、何か気がかりでも?」
ほらこの態度だ。二人は揃ってアーサが協力することをすでに確信している。
アーサは文句を言わずにはいられない。
「あのねぇ、婚約破棄食らった私に何か言うことはないの!? あなたたちのせいじゃない! もー!」
分かりきってはいたが、カルロもレヴィルスもまるで意に介さない。
一応、カルロよりは常識のあるレヴィルスは、心配するそぶりを見せた。
「もしかして、エドワルドが何かを言ってきたのかい?」
「私には何も。家のほうにはもう婚約破棄の話が行ってて、幸いお父様はしょうがないって言ってくれたけど、やっぱり申し訳なくて」
そう、婚約破棄はアーサとエドワルドだけの問題ではない。家同士の結束が破棄され、それを見込んでいた将来の計画もご破算になったのだ。ニーフィンガル男爵家はそれほど財産的に困ってはいないが、男爵という爵位、今までほとんど知られてない毒見役という仕事をしていた手前、やはり貴族社会では知名度も低く肩身が狭い。だからこそ長女のアーサがタッチェル伯爵家と婚姻を結び、これからの時代を生き残るためニーフィンガル男爵家の社交界での知名度向上の後押ししてもらおう、とアーサの父は考えていただろうが、必ずしなければならない、というほど切羽詰まってもいなかったようだ。それだけは、アーサにとって救いだった。
それをカルロとレヴィルスが知れば、調子に乗るから言わないが。
カルロは何かを思い立ったらしく、手を叩く。
「よし、こうしよう。アーサ、俺とレヴィ、それぞれ一品ずつ選ぶのを手伝ってくれ。その代わり、俺たちはお前とお前の家の名誉回復を全力で手伝う」
「罠に嵌めておいて言うことじゃないよね?」
「アーサ、こうも考えられないかい? 僕たちと仲良くなれば、ニーフィンガル男爵家は皇帝陛下へお出しする厳選された最高級食品を二大商会から優先的に手に入れられるようになる、と。何ならちゃんとした契約を結ぼう、もちろんニーフィンガル男爵家に有利な条件をいくつかつけてね」
それはそれで魅力的な話だ、とアーサでも分かる。そこいらの貴族なら二大商会とコネクションができると跳んで喜ぶだろうし、アーサだって美味しいものを食べられると思えば確かに嬉しい。だが、いい話には落とし穴があるものだ。
「上手くいかなかったら私のせいでしょ? 知ってるんだから」
アーサは二人を疑いの目で見る。
アーサからすれば、二人は上手くいかなかったときの言い訳、スケープゴートのためにアーサを引き入れようとしている、そのように見えてしまうのだ。というよりも、その可能性を無視できない。そうなってしまえば、婚約破棄以上に恥だ。皇帝陛下の
カルロとレヴィルスはわざとらしく笑い飛ばす。
「おいおい、いくら何でも俺はそこまで恥知らずじゃないぞ」
「これはあくまで僕たちの仕事、上手くいかなければ僕たちの責任だ。君に責任を負わせることはないよ」
「どうだか。ニーフィンガル男爵家のアーサに手伝いを頼んだせいで二人とも失敗した、だなんて言い触らされちゃたまんないわ」
アーサの棘のある発言を聞いて、カルロは意外そうな顔をした。
「アーサ、もしかして俺たちを信用してないのか? 何でだ?」
「私を婚約破棄に追い込んどいてその言い草はないんじゃない!?」
まあまあ、レヴィルスが興奮するアーサをなだめる。
「結果オーライだと思うけどね。とにかく、まずは僕たちは君の信用を得なければならないわけだ」
「当たり前だよね? 友達ですらないのよ?」
「となれば簡単、一緒に仕事をしてみよう」
そう言って、レヴィルスはすっとアーサへ取り上げていたフォークの柄を差し出す。
「このオレンジタルト、どこのパティスリーで作ったのか、当てられるかい?」
やっとオレンジタルトに手を出すことができる。アーサはフォークを受け取り、小皿に取り分けてさっそく口にした。
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから、アーサは回答する。
「アザレア・アンド・マーガレッテ。タルト生地にかすかにハッカの香りがあるし、このオレンジの並べ方は見たことある」
オレンジジュースを一気に飲んで、アーサは喉を潤す。アザレア・アンド・マーガレッテは首都では新進気鋭の、女性パティシエ二人が経営するパティスリーだ。定番のお菓子やケーキの味にちょっとしたアクセントを加え、女性らしい細やかで華やかな見た目が話題を呼んでいる。他の店に比べて規模は小さいが知る人ぞ知る名店で、アーサは学校から休日の外出許可をもらったときに一度だけ食べに行ったことがある。
レヴィルスはアーサの回答に満足したのか拍手をして、本題に入った。
「僕はこれを学園内で、一週間で、五十個を売りたい。個人からそれだけの注文を得るのは無理だ、だからできれば店舗など大口顧客と交渉して卸したい。さてアーサ、君ならどうする?」
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