第3話 試食会で釣られた

 新学期が始まり、皆が新しい教室に慣れてきたころのことだ。


 校舎の中庭で、試食会の名目でガーデンパーティが開かれていた。学生主催のもので、教師の目が届かず羽を伸ばす絶好の機会、ということで普段は積極的におしゃべりしない男子学生と女子学生も、軽食片手に話に花を咲かせている。


 白いテーブルクロスの上にはサンドイッチやケーキのプレートが並び、食堂で使われる大きな陶器のポットが置かれて、その脇にはこんなチラシがあった。

『ファーデン商会より、新入荷の紅茶を提供いたします。お気に召しましたらぜひファーデン商会へご連絡を』


 それを見た女子学生たちが色めき立つ。


「この紅茶、ファーデン商会の新作? 本当?」

「そんないいものが学校で飲めるなんて! お菓子もいいのかしら?」


 何かと流行とお茶会を好む女子学生たちにとって、話題の種となる目新しいもの、美味しいもの、そして高品質を謳うものは、決して見逃せない。さらには甘い香りのエッグタルトやシフォンケーキを目の前に、伸ばす手を引っ込められる女子学生だっていない。次々と陶器のポットは空になり、ウェイター役のアルバイトの奨学生たちが忙しなく動く。


 そこに、赤毛の青年、カルロが広告を打つ。


「好きなだけ堪能してくれ。そして宣伝しろ! うちの商品はどこまでも品質第一、帝国貴族のお眼鏡にかなう品を提供できるのはファーデン商会だけだ!」


 女子学生たちはしっかりとその声を聞いている。自分たちのお茶会に、実家の屋敷で飲むために、ファーデン商会の紅茶を手に入れたいと思い、チラシを一枚、また一枚と持っていく。それはやがて執事や父母の手に渡り、巡り巡ってファーデン商会へと注文が入る、というわけだ。


 一方で、男子学生たちは街の上流階級のサロン、カフェに憧れる年頃だ。カフェの飲み物の定番といえば、コーヒーだ。彼らは少し大人びたくて、背伸びをして紅茶よりもコーヒーを選ぶ。


「へえ、これが新大陸のコーヒーか! 東の植民地産のものとは違うなぁ」

「これなら砂糖がなくても十分飲めるな。いやあ、街のカフェじゃこんないいものは出回っていないぞ」


 ベルドランド大帝国において、コーヒーの淹れ方の主流はドリップだ。エスプレッソのように砂糖を二個も三個も放り込んで飲む習慣はなく、ブラックコーヒーが主な飲み方なのだが、当然慣れていない若者にとっては受け付け難く、苦く感じる。しかし実は焙煎ローストやブレンドで大きく味が変わり、飲みやすくなるということまでは、若者たちは知らない。


 彼らに受け入れられるブラックコーヒーを用意した黒髪の青年レヴィルスが、営業スマイルで宣伝文句を口にする。


「どうぞ、世界の果てまで行って探し求めてきた品です。デ・アルマエリス商会は世界最高品質のものを、一年を通して安定供給しますよ。お見知りおきを」


 大盛況の試食会を兼ねたガーデンパーティーは、実のところ、ファーデン商会のカルロとデ・アルマエリス商会のレヴィルスの商品展示会でもあった。販促のために場を設け、互いに商品を売り込む。これから先、貴族の家を継ぎ、または上流階級に嫁ぐ学生たちの舌を魅了して、末長く自社の商品を愛用してもらおう、というわけだ。


 そして、中庭へそんな思惑など露知らずやってきた一人の女子学生が、ひょいと知り合いの女子学生たちのところに顔を出す。


「何? どうしたの? 甘い匂いがするけど」

「あら、アーサ! あなたも試食させてもらったら?」

「試食?」


 アーサはきょろきょろとテーブル上を見る。空いているカップにポットから紅茶を注ぎ、香りを嗅いでから、一口含む。


 アーサは常人よりも少し長く、舌の上で紅茶を転がす。飲み干してから、もう一度紅茶の香りを確かめた。


「んー……いい香りだね、トワイン産の夏摘みセカンドフラッシュかな。これならお菓子とは合わせないほうが、紅茶の香りと味を楽しめるのに。果物はない?」


 アーサはウェイター役の奨学生へそう尋ね、マスカットのゼリーを入手した。美味しさに舌鼓を打ち、堪能している。


 その後方、耳聡くアーサの評価を聞いていたカルロは、聞き間違いかと自分の耳を疑いつつ、アーサを覗き見る。


「カルロ、どうした?」

「いや……何でもない」


 手伝いの男子学生をあしらい、カルロはさりげなくアーサへ注意を向けていた。


 そのアーサは、次は堂々とレヴィルスの持ち込んだコーヒーのテーブルへやってくる。男子学生に混じって、サーバーからコーヒーをカップへ注ぐ。


「コーヒーもいただきまーす」


 モカシェイプのカップを手に、アーサはまた香りを嗅いでから、一口飲む。何度かその動作を繰り返し、納得したようにこう言った。


「このキャラメルみたいな香り、新大陸産のアカヒラね。でも惜しい、これは焙煎ローストがちょっと長すぎで苦味が強いわ。もったいない、飲みやすい新大陸風にするなら中煎りにすればよかったのに」


 そう言いながら皿に乗ったプラリネチョコを貪るアーサは気付いていない。自身の後ろで、目を丸くするレヴィルスがアーサを凝視して、やってきたカルロとどういうことか、と目を見合わせている。


「レヴィ、聞いたか」

「ああ、あの女子は? 誰なんだ?」


 思い立ったら行動するのはカルロだ。アーサの肩を掴み、振り返らせる。


「おい」

「はい!?」

「俺はカルロ、こいつはレヴィルス。お前はどこの娘だ?」

「え、えっと、ニーフィンガル男爵家のアーサです」


 聞いたことのない家名に首を傾げつつ、カルロとレヴィルスはアーサへ質問を続ける。


「男爵家? お前はよく紅茶やコーヒーを飲むのか?」

「まあ、お付き合いでときどきは。何ですか、私は飲んじゃいけないんですか?」

「そうじゃない、だが」

「アーサ、アカヒラの名をどこで?」

「え? 家で飲みましたよ、だってあるんだもん。お父様が焙煎ローストしてくださって」


 アーサの受け答えに、カルロとレヴィルスは顔を見合わせ、一つ頷いた。


 二人はアーサの腕をそれぞれ掴む。


「ちょっと来い」

「ちょっと失礼」


 何が何だか分からないアーサは引きずられるようにして、ガーデンパーティの会場から連れ去られた。

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