第2話 お茶会で反省会
帝立ベルドランド寄宿学校、女子寮三階。アーサともう一人の女子、ジェニーの相部屋だ。
日当たりのいい南向けの角部屋で、ささやかなお茶会が開かれようとしていた。白のふわりとしたワンピースにブレザーを合わせ、淡いピンクベージュの長い巻き毛を揺らすジェニーは、いかにもな良家の子女然としており、その美しい顔立ちに惚れる男性は後を絶たず——なのだが、とある事情で彼らはジェニーに近づけない。
それはさておき、ジェニーはテーブルに突っ伏すアーサを見て、あらあら、と困った顔を浮かべていた。
アーサは落ち込みきっている。もっとも信頼できる相談相手のジェニーに、愚痴を漏らしていた。
「どうしよう、ジェニー……婚約破棄って、もう、人生終わりじゃない」
ジェニーはまるで子供を扱うように、アーサの頭を撫でる。
「落ち込みすぎよ、アーサ。そんなにエドワルドのことが好きだったの?」
「ううん、別に。結婚は義務だし、タッチェル伯爵家は目立った借金もないからマシかと思って」
「そんなことで結婚相手を決めるの? だめよアーサ、今どき古いわ!」
ジェニーの強めの言葉に、アーサは思わずえっ、と声を漏らす。穏やかなジェニーにしては珍しい口振りだった。
「私と違ってあなたは自由にできるじゃない。これからの時代を生き延びるためには、あんな古臭い芋貴族に黙って付き従うなんて絶対だめ。いい?」
エドワルドとタッチェル伯爵家に対しては散々な評価だが、アーサはそれも正しいと思わざるをえない。カルロとレヴィルスが言ったように、これからの時代を旧態依然の『時代錯誤』な感覚で生きていくことはできない。たとえ貴族であっても、没落などあっという間だ。巻き込まれなかっただけよしとしなければならない、とアーサはようやく前向きに考えられるようになってきた。
それに、ジェニーからすれば、アーサは多少無理矢理でもまだ相手を選べるだけマシというものだ。ベルドランド大帝国現皇帝の第二皇女ジェニーは、自分の意思で婚約を揺るがせにすることなど絶対に許されない。彼女にとっての婚約した上での結婚とは、国益のため、皇帝家のため、必ず遂行しなければならない任務なのだ。
アーサは起き上がり、頭に乗っていたジェニーの手をそっと握る。
「分かった、ジェニー。慰めてくれてありがとう」
「慰めたのではないわ。助言したのよ。大好きなあなたのために」
ジェニーはそう言って、ウインクをした。世の男性がその顔を見れば、一目惚れを量産してしまうような破壊力だ。
アーサは椅子から立ち上がり、戸棚へ向かう。
「それはそうと、紅茶とコーヒーをもらってきたの。ジェニーはどっちがいい?」
アーサはジェニーの前に二つのラベル缶を置く。それを見たジェニーは、優美に悩ましげな眉を作る。
「うーん、迷うわね。紅茶は
「もらったの。というか、押し付けられた」
事実である。アーサはカルロからは紅茶を、レヴィルスからはコーヒーを押しつけられたのだ。それだけではない、どちらがより美味しかったかをあとで評価するようにと一方的に言いつけられた。そんなことは一旦忘れて、いいものはいいのだから、アーサはジェニーとのお茶会に使わせてもらうことにしたのだ。
ジェニーは整った爪先で紅茶の缶を指差す。
「今日は紅茶にしようかしら」
「分かった。ちょっと待ってて」
アーサは紅茶を淹れる支度をしはじめる。暖炉にある大きめの鉄瓶の中のお湯を白磁のまんまるのポットとアセンズシェイプのティーカップに注ぎ、十分に温まるまでに茶葉とミルクと砂糖の準備を整えた。
「紅茶に合うお菓子といえば……無難にクッキーかな。それとも砂糖菓子系がいい?」
「任せるわ、私のテイスター」
「本当は毒見役だったのに執事みたいなことになってるよね」
「学校で毒見役なんて必要ないでしょう。こと食事に関してはあなたの舌を信頼しているのよ、アーサ」
ふふ、とジェニーは上品に微笑む。その言葉はいつもアーサにかけられている、ジェニーの信頼厚いアーサは満更でもない。
ただし、今は少し複雑な気持ちにもなる。
「カルロもレヴィルスも、同じこと言ってた」
「あら、私とソフィ以外にもバレてしまうなんて」
「お菓子に釣られて試食会になんか出るんじゃなかった。あのときお腹が空いてたから」
後悔先に立たずとはよく言ったもので、アーサはため息を吐く。ポットのお湯を部屋に備え付けの簡易キッチンの流し台へ捨て、茶葉を入れてから再度鉄瓶の沸騰したお湯を勢いよく注ぐ。
まるで呼吸のように手慣れたやり方でティーポットをテーブルに運び、コゼーをかぶせる。砂時計をひっくり返して、砂が落ち切る前に銀のプレートにクッキーを並べる。お湯を捨てたカップが二つ添えられると、あっという間にお茶会の支度が整った。
「ほらほら、落ち込まないで。温かい飲み物と美味しいお菓子があれば幸せでしょう?」
「うん」
アーサはジェニーの気遣いに感謝して、カップに少し緑がかった透明な飴色の紅茶を淹れ、その湯気の温かさに一息ついた。
そもそものことの発端には、こんなことがあったからだ。アーサは三週間前の出来事を思い出す。
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