この人たち私を罠にはめて婚約破棄させてプロポーズしてきた理由がひどい

ルーシャオ

第1話 はめられた!

 世界に冠たるベルドランド大帝国、その首都シーグシティにある帝立ベルドランド寄宿学校ボーディングスクール


 小さな都市ほどもある広大な敷地に、年頃の上流階級の子女が寮生活を送る学校、なのだが。


 寄宿学校中央にある憩いの場、時計台広場の前で、チェックスカートにブレザーという寄宿学校の女子学生制服を着たアーサ・ニーフィンガルは、男子学生制服の詰襟のシャツにブレザーとリボンを合わせた金髪の青年、怒り狂った婚約者のタッチェル伯爵後継エドワルド・レオナルド・ベイロン・タッチェルから婚約破棄を通告されていた。


「私という婚約者がありながら、学校中で不特定多数の男とこれみよがしに歩き回るお前のような売女と、これ以上関係を持つことはできない! 婚約は破棄する! ニーフィンガル男爵家にも知らせておくからな、もう後悔しても遅いぞ!」


 周囲の学生たちが遠巻きに声をひそめる中、ミルクティーのような明るいブラウンの髪色をした令嬢アーサは、必死で弁解しようとする。


「誤解です、エドワルド様! 私、そんなことは」


 そんなことは。そこまで言って、アーサはふと脳裏に最近の記憶が蘇った。


 そのせいで、目が泳ぐ。


「そんな、ことは……ええと、カルロとレヴィルスのことでしたら、完全に誤解です」

「うるさい! 良家の子女とあろうものが、あんな商売人の息子どもとテーブルを囲んでいるのを何度も見せられていたんだ! 私を蔑ろにした報いを受けるがいい!」


 アーサがどう足掻いてもエドワルドの怒りは鎮まりそうもなく、鼻息荒く大股で去っていくエドワルドの背中を眺めているしかなかった。


 そこへ、赤毛の青年と黒髪の青年が浮き足立ってやってくる。


「よう、アーサ! よかったな!」

「本当本当。これで気兼ねなく試食会ができる」


 アーサの肩を叩き、お祝いムードを演出する二人の青年は、まるで空気を読んでいない。いや、読む気がない。むしろこの状況を歓迎すらしている。


 寄宿学校の制服を着崩す赤毛のカルロ・アーネイジ・ファーデンと、寄宿学校の制服をシックに無断改造した黒髪のレヴィルス・ボニファシオ・デ・アルマエリス。大変上機嫌の二人の手を思いっきり払い落とし、アーサは叫ぶ。


「あ、あなたたちのせいなのに、何でそんなにはしゃぐのよぉ! どうするのよ、婚約破棄って! 不名誉極まりないじゃない!」


 そんな抗議、どこ吹く風、とばかりに二人はしたり顔だ。


「アーサ。いいことを教えてやろう!」

「それは僕の口から。現タッチェル伯爵は女を取っ替え引っ替えするクズでね、それを見てきたエドワルドは父親を嫌って潔癖症、ってわけだ。だから君が僕たちと話すことすら嫌だった、ってこと」

「おいこらレヴィ! 俺のセリフを取るな!」

「というか、二人はそれを知ってて、エドワルドの前であんなに話しかけてきてたの?」


 アーサの指摘に、二人は顔を見合わせ、そして露骨な作り笑いで誤魔化そうとした。


 そう、この二人は最近何かとアーサに付きまとい、アーサをスカウトしようとしていた。その事情は——まあ、追々。ともかく、アーサは嵌められたのだ。周囲のお坊ちゃんお嬢様たちが何事かと怖がる中、アーサはキレる。


「馬鹿ー! 何でそういうことするのよ!」


 しかし、カルロとレヴィルスの二人はあっさりと受け流す。


「落ち着けって。お前だって、あんなのと結婚したかないだろ? どうせ結婚したら女は家にいて夫に尽くすもの、だとか時代錯誤なことを言うぜ?」

「うっ、それは確かに」

「それに比べれば、僕たちはずっとマシだと思うけどね。君を縛ったりしないし」


 アーサもそれは分かっている。今どき、紳士淑女の古き良き貴族の理想像なんて古い。誰もそんなものを守っていないし、貴族は男性も女性も外で働くような時代だ。エドワルドは年齢の割にはとても保守的なところがあった、まず『時代錯誤』を押し付けてくることは想像に難くない。そればっかりは、アーサもノーサンキューだ。


 だからと言って、婚約破棄にまで追い込まれるとなると、貴族としてさすがに外聞が悪すぎる。アーサは泣きそうになりながら文句を言う。


「でもぉ……お父様になんて言えばいいのよ。タッチェル伯爵家に歯向かうなんて無理よ、私が悪いってことになるじゃない、絶対」

「いいだろ、別に。俺と結婚しようぜ、アーサ。世界中の美味いものをたらふく食えるぞ」

「いやいや僕と結婚しよう、アーサ。世界各地の珍しいお菓子を毎日食べられるよ」


 カルロとレヴィルスは満面の笑みを浮かべて、アーサへ手を差し伸べる。


 もし一般的な貴族の令嬢がこの二人から求婚されれば、すぐに心は傾くだろう。どちらと結婚するかを迷うレベルだ。


 それもそのはずで、この二人はベルドランド大帝国が誇る、世界を二分する大商会の後継息子だからだ。世界の東半分をファーデン商会、世界の西半分をデ・アルマエリス商会が牛耳る、と語られるほどで、その功績からファーデン家はベルドランド大帝国の植民地であるトワイン王国の副王家の座を、デ・アルマエリス家は新大陸総督パリス公爵家の財政顧問の座を得ていた。


 だが、憤る今のアーサにとってはそれは問題ではない。


 この二人は平然としているが、アーサには乙女として、とても大事なプライドの問題がある。


 この二人、アーサを食べ物で釣ることに何ら抵抗がない。というよりも、食べ物で釣れると思っているあたり、アーサに対する二人の扱いは淑女に対するそれではない。


「私が食べ物に釣られると思って! ちくしょー!」


 アーサは捨て台詞を吐いて、その場から逃げるしかなかった。

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